73回目の原爆忌
昨年7月7日に国連において核兵器を違法兵器と位置付ける「核兵器禁止条約」が採択されました。また、朝鮮戦争に終止符を打てるか?の希望がかかる米朝首脳会談も開かれ、対話による平和模索も緒につきました。日本政府は、唯一の戦争核被害国として核兵器禁止条約に参加し、対話による平和構築に力を入れなさい。アベ首相よ、民主主義と主権の教養を持て。
今回はそれ以外の非常に困った事態をお耳に入れ、平和への力をいただきたいと思います。
核兵器廃絶は原発廃絶とともに
―原水協幹部による「情報操作・「知られざる核戦争」協力を危惧するー
矢ヶ崎克馬 (2018年7月30日)
§1核戦争には二つある:
①巨大破壊と放射能の核戦争、
②放射能被害を見えなくする情報操作核戦争
はじめに
(1)核戦争は二つの分野で行われてきた。
誰でも知っている核戦争は、巨大な破壊力と放射線被曝をもたらす核戦争だ。これは広島・長崎に対する原爆投下と530回にも及ぶ大気圏内核実験、地下核実験、未臨界核実験などで臨戦態勢を保っている。劣化ウラン弾も、巨大破壊は伴わないが、放射能汚染をもたらし放射線健康被害が記録されていることでこの第一種の核戦争に分類する。
第二種の核戦争は核の健康被害・犠牲者を低く見せ、放射線被害を認識せずに甘んじて犠牲になる人々を作る。ECRR(ヨーロッパ放射線リスク委員会)によれば、全世界で1億人に迫る放射線被曝による犠牲者が見えなくさせられている。核使用に対する人々の意識の閾値を下げ核抑止戦略による核兵器使用・原発の維持をしやすくするための情報操作という分野の核戦争なのだ。ひどい犠牲者切り捨てを行ってきたが、市民があまり意識していない核戦争なので、小生は「知られざる核戦争」と呼んでいる。この情報操作核戦争はヒロシマナガサキで内部被曝を無いものとするところから出発した。小生は内部被曝を「隠された被曝」と皆様に紹介している。内部被曝を隠すことをてこに「知られざる核戦争」は実施された。
「知られざる核戦争」の国際的実施体制はIAEA(国際原子力機関), UNSCEAR(放射線被ばくに関する国連科学委員会), ICRP(国際放射線防護委員会)などの組織の下にほとんどすべて
の国の政府が付随している。放射線被ばくに対する考え方、放射線被ばくの健康被害の認識、核に対する社会的防護基準を全世界にわたって支配している情報操作体制なのだ。誤った「核と共存する」という意識(戦時体制意識)を定着させ、犠牲者を無視する:人格権を否定する戦争なのだ。「知られざる核戦争」は核兵器を使いやすくし、核被害を無いものとする核推進権力の世界市民に対する総合的情報戦である。
第二種の情報操作の核戦争「知られざる核戦争」で最も深刻な犠牲の実情を報告しているのはECRR(ヨーロッパ放射線リスク委員会)で、大気圏内核実験の犠牲は1986年まででおよそ7000万人と推定している。さらに深刻な情報操作は「核の平和利用」として商業原発を推進させてきたことだ。原発は日常的な核汚染の上に度重なる大事故で人類と地球をむしばみ続けている。商業原発は「平和利用」と位置付けてはならない。
(2)福島原発事故後には最も熾烈な「知られざる核戦争」が行われている
福一事故後の情報戦も、「健康被害は全くない」と核被害を無いものとするアベ政治の官庁挙げての虚偽の一大キャンペーンが圧倒的だ。「知られざる核戦争」が今まさに総攻撃の様相を呈している。
政府が認めるだけでも広島原爆の168発分の放射能が放出された(きちんと見れば400〜500発分とされる)。健康被害が無いはずがないのである。
政府や東電、福島県などの自治体、それを支える「専門家」は必至で「健康被害は無い」の大合唱をしている。なぜか?それは実際に被害が出ているからなのだ。その意味で日本では歴史上もっとも大胆な嘘をついて、権力挙げて実施されている過酷な核戦争「知られざる核戦争」の修羅場が続いている。
(3)原水協幹部の情報操作「知られざる核戦争」加担―健康被害無いー
今年も「原爆忌」がやってくる。世界的な核兵器廃絶運動が継続している。悲しむべきは核兵器禁止の最前線に立つべき日本原水協の幹部達が、日本政府が行っている第二種の核戦争「知られざる核戦争」の虚偽の情報操作に全面協力していることだ。
アベ首相はオリンピック招致が決まった時の記者会見で「健康に対する問題は、今までも、現在も、これからも全くないということははっきりと申し上げておきたいと思います。」と言明した。健康被害の公式認知はまさにその言明通り進んでいる。しかし事実は決定的に異なる。
事実とアベ言明のギャップを埋めるために「知られざる核戦争」:情報操作は熾烈を極める。全官庁あげての風評被害対策、復興庁による「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」。「嘘で固めた「放射線のホント」パンフ大宣伝、農林省による「今、私たちにできること、風評に惑わされない生活をしよう」、「食べて応援しよう」キャンペーン。
民間では、児玉 一八 , 清水 修二 , 野口 邦和 等による「放射線被ばくの理科・社会」、池田香代子、清水修二、野口邦和、安斎郁郎らによる「しあわせになるための『福島差別』論」等々。
「被曝による健康影響はあるのかないのか」という問題に対して「これを判断する基準は『どちらが人々とりわけ被害者のしあわせにつながるか』ということであるべきだ」(P158)。「科学の問題」ではなく「社会的合意の問題」である(同)。「『放射線被曝による健康の影響はこれまでも、またこれからも考えられない』という結論が出るのが、(福島)県民にとって、一番望ましい」(P150)。「被曝の健康影響が限りなくゼロに近かった…と明言すること」に「人々がどれほど安堵するか」こそ「重視」するべきである(P64)。」
福島差別論では放射能問題は事実の問題ではなく社会的合意の問題であり「放射能被害が無いと思うことが幸せの道」と説いているのである。さらに
「福島事故の健康影響全否定論は、その裏面として、論理上は必然的に、「使える核兵器」や核兵器使用の容認論、結局のところ、帝国主義が準備している核戦争の肯定論へと進んで行かざるをえない内容を萌芽的に含んでいる。事態は、そのような危険な論理を、核兵器に反対すべく組織されてきた、日本の原水爆禁止運動の指導部のトップの一人(野口邦和・原水爆禁止世界大会実行委員会運営委員会共同代表)が中心になって主張するに到っている。このような文字通り「恐ろしい」異常事態が進んでいる。」(上記斜体文字部分は:山田耕作、渡辺悦司:幸せになるための福島差別論批判
http://www.torikaesu.net/data/20180321_yamada_watanabe.pdf))
日本の情報操作の極め付けは、ICRPさえも肯定している「健康被害の可能性」を一切否定することだ。全官庁と野口らが「社会的合意を取り付けるために虚偽の大キャンペーンを行っている。福一原発事故で拡散された広島原発168発分(政府発表)の放射能下でも「健康被害は一切ない」として、健康が破壊される可能性さえも否定していることである。
国際常識となっている認識さえも切り捨てて、「放射線被害は全くない」との「知られざる核戦争」を現にアベ政権が、野口らのサポートを受けて、全官庁あげて実施しているのである。
核を巡っては「密猟者が猟場管理人と同一人物(ベーバーストック)」と称されている事態が、放射線を防護すべき委員会に核推進・原発推進の国家や企業の利益を代表する委員が顔を連ねているだけでなく、核戦争に反対する陣営にも蔓延する。何というグロテスクな状態なのか。
ここで改めて指摘したいのは、「知られざる核戦争」と表現される核戦争に核兵器禁止運動に指導的役割を果たすものが密猟者として関与していることは重大である。これらの情報操作キャンペーンは福島県をはじめとする住民の思想統制、福島県による「復興」「帰還」、等々にもろに利用されている。
公衆に対する被曝制限は、法律は年間1mSvであるにもかかわらず年間20mSvのまま「復興」へ避難者支援打ち切りで強制的ともいえる帰還を促している。
原子力緊急事態宣言を継続したまま、現実の汚染をほぼ10分の1に過小評価し、健康被害は全くないとし、人々を核害に甘んじさせ、核害から保護せず、強制的に帰還させ、現実を無視した「見事な復興」を演出する。また、オリンピックを「健康被害は一切ない」の嘘キャンペーンの下に開催する。原水協の幹部らは多大な貢献をしているのである。
核を巡っては「密猟者が猟場管理人と同一人物(ベーバーストック)」と称されている事態が、放射線を防護すべき委員会に核推進・原発推進の国家や企業の利益を代表する委員が顔を連ねているだけでなく、核戦争に反対する陣営にも蔓延する。何というグロテスクな状態なのか。
§2 密猟者と猟場管理人が同一人物
(1)「天動説」的反科学の支配
―原子力ムラ構成員が安全監視委員や市民の被曝防止委員に―
昨年、日本学術会議は幹事会で、『子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題 −現在の科学的知見を福島で生かすためにー』[平成29年(2017年)9月1日 、日本学術会議 臨床医学委員会 放射線
防護・リスクマネジメント分科会]を承認し発表した。
復興省は「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」を指示した。政府一丸となって「食品・水は安全だ」、「知ってもらう(健康被害は皆無)」、「食べてもらう」、「来てもらう」を強制する。放射線健康被害を一つでも認めるならば、パンドラのふたを開けることになる。彼らは必死に放射線原因を否定する。
「臨床医学委員会 放射線防護・リスクマネジメント分科会」が、「チェルノブイリ事故後のような放射線誘発甲状腺がん発生の可能性を考慮しなくともよい」と結論付けているUNSCEARについて、検討・批判しているベーヴァ
―ストックは、UNSCEARが科学の全一性を保たない。それは「圧倒的な委員が利益相反行為を行うからだ」としている。「UNSCEARに専門家を派遣しているのは、ほとんどが原子力を推進利用している国である。いわば、密猟者と猟場番人が同一人物という形である」(キース。ベーヴァ
―ストック:福島原発事故に関する「UNSCEAR
2013年報告書」に対する批判的検証、科学
1175(
2014)
https://www.iwanami.co.jp/kagaku/Kagaku_201411_Baverstock_r.pdf)と断じる。同委員会が国際原子力推進ロビーの
�!
��論的支柱であることを喝破しているのである。
日本では密猟者と猟場番人が同一人物の舞台はさらに広範で激しい。「臨床医学委員会放射線防護・リスクマネジメント分科会」は4人までもが「首相官邸・原子力災害専門家グループ」に所属しているのだ。そのほかにも明瞭に利益相反の者が多数いる。学術会議といういかにも高尚な皮を被って、密猟者が猟場番人となっている。
学術会議の声明に対する総合的あるいは個々の反論は、山田耕作氏の批判論文『学術会議報告「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」の問題点学術会議報告「子どもの放射線被ばくの影響と今
§3 今進められている知られざる核戦争
(1)個別の研究者は調査・研究するな
福島原発事故後ほどなくも主として文科省から各大学長と各学会長宛てに「放射能に関するデータは政府が発表するデータである。個別の研究者が調査したり研究したりすることの無いように」という趣旨の通達がなされた。チェルノブイリ事故後にIAEAウィーン会議(1996)で今後生じ得る原発事故に際して、①避難させるな、②情報を統一せよ、③専門家を自由に動かせるな、との指針をまとめたが、その方針を受けてのことであった。
(2)記録を残さないことと放射能と関係づけないこと
日本政府は福一原発事故処理を測定しないことと健康と環境被害を放射能とは関係ないとすることによって乗り越えようとしている。放射能に対してまさに政府と核産業の利益を世界の中心に据え、「天動説」の世界を構築することにより、特異な危険であることが証明された放射能被曝を「健康影響ない」とし、原発を住民犠牲により存続維持させようとしている。今も放射線モニタリングポストを撤廃しようとしている。これを支えているのが科学上の密猟者なのだ。「密猟者」が猟場管理人の振りをしてふりまくニセ科学が時代錯誤の増幅をする。専門家とか、学術会議委員などと権威ぶっているが彼らが医師ならば既に医の心を失った住民屠殺のための権力の兵卒なのである。このような「専門家」は「知られざる核戦争」�!
�まさに兵器なのである。
学術会議は科学のあり方を『軍事的安全保障研究に関する声明』(同会議)の精神に沿って根本的に見直すべきである。
学術会議はこの直後に発表された「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」声明と相前後して「提言 我が国の原子力発電のあり方について」を発表している。そこでは学術
会議の長い間の沈黙を「変節」ととらえ、「原子力関係の専門家が、閉ざされた集団として信頼を失った事実を謙虚に省み」とも発言している。しかしなぜ閉ざされた集団となったか等の反科学倫理に走ったことについての原因究明は皆無であり、改善の力にはなりえない。あまりにも現状を肯定しすぎて切迫感が感じられない。科学の誠実さを政治に反映しようとする責任感が欲しいと思う。
(3)科学を破壊する行為がここまで行われた
学術会議は以下のことについてこそ科学的立場を明確にする必要がある。
①原子力関係専門家がなぜ閉ざされた集団となったか?
②原発安全神話の構築をどのような科学の目で見たか?神話を科学に取り戻すのにどのような方策を持つか?
③事故直後諸外国が支援を申し出たが、日本はアメリカの「友達作戦」などを除いて原子炉関係では基本的に一切受け付けなかった。諸権限を内閣総理大臣に集中する「原子力緊急事態宣言」は事故当日出されたが、炉心のメルトダウンの発表は遅れ、避難指示も遅れ、甲状腺保護のための安定ヨウ素剤を配布せず、SPEEDYも隠ぺいされた。
④事故直後政府から大学長や学会長を通じて「データ発表は国が行う。個々の研究者は控えるように。」と伝達がなされた。まさに科学的調査の封じ込めである。
⑤ストロンチウム、ウラニウム、プルトニウム等のアクチナイド、甲状腺被曝量を科学的に測定せず明らかにしていない。「データがない」、「関係ない」が「虚構の安全な世界」を作り出している。
⑥とりわけ弘前大学の研究者グループが甲状腺の被曝量をちゃんとした測定調査により明らかにしようとしたとき、福島県が「住民の不安を増長する」という理由で調査を終結させた。科学的検討を感情・精神的事由で阻止した。このような科学の破壊を学術会議の当該分科会に属する委員などが執行に関与しているのではないか?
⑦最大規模で明るみに出た小児甲状腺がんを「密猟者」が「放射能事故との因果関係は見出されていない」と突っぱねる。また福島県以外の県に対しては基本的な健康調査すら行っていない。これらによりその他膨大な放射能による健康被害を不問にしようとしている。学術会議委員は手を貸すふるまいをしてはいないか?
⑧声明では医療被曝について小児の人権を配慮しているかに見える。医療被曝においては曲がりなりにもリスクについて本人の了承が必ず取られる。しかし原発周辺の被曝や原発事故での住民の被曝は本人の了承どころか有無を言わさず暴力的に被曝させる。どこに「人権を重んじて被曝の了承を求められた」住民が存在するのか?このような人権破壊に対して学術会議は申し訳ないと思う「人としての心」を持つのか?
⑨7年後の今でさえ、爆発した炉心は外界と通じており空に海に放射能汚染をもたらされる。環境は引き続き汚染の増強に晒されている。廃炉検討委員会が「石棺」という手段に言及したときに、福島県は「復興を妨げる・精神不安を掻き立てる」と抗議し、その方向性を遮断した。一体日本は科学的手段よりこのような風評被害の逆売りを許すのか?
⑩安倍首相がオリンピック誘致を決めた記者会見時に「健康被害は過去も、今も、将来も皆無である」ことを明言した。そのシナリオに乗って住民の防護基準が引き上げられ、避難地域が解消され、復興と帰還が強制されている。「行政上では」一切出ていないことにされる健康被害は現実に無くなるのか?すべて住民犠牲なのだ。これらの悪政を支えている一環がこの学術会議声明である。
⑪小児甲状腺がんを調査している福島県民健康調査検討委員会が行った調査結果を科学の目で検討すべし。例えば、「2巡目で甲状腺がん疑いと診断された59人のうち、先行調査で精密検査が必要なB判定だったのはわずか5人(8%)。残り51人(92%)はA判定。」という事実は、同委員会が「放射線の影響とは考えにくい」ことの一つの理由に挙げている「被曝からがん発見までの期間が概ね1年から4年と短いこと」の理由とすることを根本から否定する事実である。また手術実績を見ると過剰診断やクリアランス効果を否定する事実に満ちている。これらを真摯に科学的に検討することが「学術」として求められている。なぜ真摯な科学的検討が行えないのか?
学術会議は「臨床医学委員会 放射線防護・リスクマネジメント分科会」に巣食う密猟者に従うのではなく正当な科学的見地に戻り、学術会議を生き返らせるべきである。
§4 戦後一貫した「知られざる核戦争」(放射能の犠牲者隠し)の執行機関
原爆投下後、アメリカ政府・軍部は原爆を「破壊力は巨大だが、放射能による悲惨な被害は皆無である」という虚構を核戦略とした。「原爆は通常兵器と同じ」であるという徹底した報道統制を行い原爆の犠牲者は闇に葬られた。
その虚構を真実に見せるために彼らが行ったことはABCC=放影研の設立、1950年国際放射線防護委員会(ICRP)の設置、1955年国連安保理事会の直轄機関として国際原子力機関(IAEA)を設け、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)、を連携作動させた。これらの機関がまさに国際原子力推進ロビーだ。
国際原子力推進ロビー
IAEAは電離放射線の程度と影響の情報の収集と評価、核不拡散体制のもとに監視・原発推進機構として創設された。原発推進のためには、チェルノブイリ法の住民保護規定を「移住によって最大のストレスを住民にもたらした」として「住民を避難させてはならない」、「情報は統制のとれたものだけに限定せよ」、「専門家・医師を自由に振る舞わせてはならない。十分に管理せよ」などと主張し続けた。またチェルノブイリの健康被害を「甲状腺がん」だけに限定した。
UNSCEARは原子力ロビーの理論的被害過小評価整理役。報告書は、ICRP
の基礎資料として過小評価の被害体系に用いられている。
ICRPが防護しているのは原発産業。民間団体のICRPは核産業などの資金提供により運営される。彼らの防護3原則の第1原則に「正当化」をうたう。放射能を扱う活動が、「害よりも大きな便益をもたらす」時にその活動が正当化されるという。人格権(リスクにより命を失う)と産業利益を天秤にかける功利主義。率直に言えば、「原子力発電プロセスで人を殺しても正当化される」と人間の生存権を否定する功利主義であり、民主主義の根本的破壊を主張する。原子力推進各国が原子力産業をICRP防護原則により殺人を公認する「特殊産業」にしているのだ。
次の原発事故ではチェルノブイリの「住民保護」はさせるな!
ICRP2007年勧告はチェルノブイリ事故後の原発事故処理をIAEAの目指す“住民を被曝させっぱなしで国と企業に最低限の出費で切り抜けさせる”国際基準を提示した。以前の被曝状況は計画被ばく状況だけ。「線量拘束値」(被曝限度値)は年間1ミリシーベルトであった。これを2007年勧告で、被曝状況に緊急被曝状況(事故などが生じた際の被曝状況)と現存被爆状況(事故後の被曝状況)を追加し、「参考レベル」(あくまで被曝線量)として年間20ミリシーベルトから100ミリシーベルトの被曝線量を勧告した。事故時に於いてもオーソライズされた被曝線量を設置し、各国政府に採用させ、大量被ばくを住民に押し付ける棄民を「国際指針」として具体化したのだ。これを日本政府は現行法を破って�!
�無法に)採用した。無法採用を可能にしたのは、内閣総理大臣に全権が集中する「原子力緊急事態宣言」。その執行マナーは、事故処理にALARA(as low as reasonably
achievable)(防護第2原則「最適化」)精神を発揮して、「国や企業にあまり負担を掛けない範囲で、そこそこに(reasonableに)汚染対策を行え」、というものだ。
付記すれば、昨年国連で採択された核兵器禁止条約の前言に
「本条約は、締約諸国が一切の差別なく平和目的での核エネルギーの研究と生産、使用を進めるという譲れない権利に悪影響を及ぼすとは解釈されないことを強調」と記述されている。原発を平和利用と位置付け、各国の「譲れない権利」としている。
このような認識を核兵器禁止条約に盛り込ませているのは紛れもなく国際原子力ロビーの「知られざる核戦争」によるものだ。
核分裂は膨大な放射性原子を生み出し、放射性崩壊は現実の科学では制御することは全くできない。福島原発事故でも明瞭になったが、「フェイルセイフ」(事故が生じた時に破局には至らないようにコントロールできる)が成り立たない。いわば火山で温泉は利用できるが、マグマはコントロールできない、という関係に似ている。自然現象では致し方ないが、人間が作り出すことでのファイルセーフはいかなる場合でも必要であり、それば成り立たないならば、その事業は行ってはならない。
原発の度重なる事故による重大な放射能環境汚染・健康影響が出ていること、並びにその導入が核兵器戦略を補強する目的であったことにかんがみ、道理を重んじ平和を追求する諸国は、商業原発を禁止し、他の核エネルギーの平和的研究と明確に区別すべきだ。
私たちは被曝を回避する必要性とその権利を改めて確認する。
福島原発事故から7 年経った現在、依然として事故は収束せず、放射性物質の大気と海中への放出が続いている。アメリカ西海岸でセシウムのかつてない大量の海洋汚染が確認されている(11Bq/m3)。ドイツキール研究所のシミュレーションによれば7年後は太平洋中が汚染にまみれている。日本海も瀬戸内海も含めて。
公衆に対する被曝制限は、法律は年間1mSvであるにもかかわらず年間20mSvのまま「復興」へ避難者を強制的ともいえる支援打ち切りで帰還させようとしている。全ての資金援助が終了する来年4月が避難者に真の危機が訪れるときだ。
核兵器とともに原発を全廃しよう。
情報操作で被害を見えなくしてきた「知られざる核戦争」は、被害者切り捨て。
核兵器禁止は第2の核戦争(知られざる核戦争)の禁止とともに進めよう。
-----------------------------
昨日に続いて避難者通信をお届けいたします。
(1)第21回定例ゆんたく学習会
8月4日(土) 14;00〜16:30
牧志駅前ほしぞら公民館 パソコン室
講演テーマ:核戦争は二つある
①巨大破壊と放射能の核爆発
②核の犠牲を隠す情報操作の核戦争
質問。ユンタクオシャベリ
より安心・より安全の食糧情報パンフ謹呈します!
学習会後に交流会として「お茶会」(喫茶店でゆんたく交流)をします。
ご自由にご参加ください。
(2)73回目の原爆忌に寄せて(第2弾)
原発を「核の平和利用」と考えるのはやめましょう
―核兵器禁止運動は「原発廃絶」を掲げるべきであるー
§1 原発は「核の平和利用」ではない
(1)原発は核兵器の補完物として登場した
核兵器製造にはウラン濃縮が基本だ。プルトニウム製造にもウラン濃縮が基本なのだ。
核戦略を維持するためにはウラン濃縮工場を経常的に稼働させ続けなければならない。
核兵器だけの目的では平和時には過剰生産に陥る。しかしウラン濃縮工場をいったん停止するならば、立ち上げて通常運転に快復するまでに相当の時間が必要だ。工場を止めたのではいざ核戦争となった時に間尺に合わない。ウラン濃縮工場を定常的に運転するのには財政負担も大きく、それを解決しようとする核戦略が「核の平和利用」であった。原発の推進はその後の核支配体制の基本となったのである(NPTなど)。
(2)核独占・核不拡散体制は原発推進体制
核戦争が全人類に惨害をもたらすものであり、したがって、このような戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払い、世界及び人民の安全を保障するための措置をとることが必要である。
そこで昨年までの国際的枠組みであったNPTの条文構造を見ていくと、
1番に核兵器の不拡散、2番に原子力平和利用、であり、核兵器の削減、はやっと3番目に出てくる。「原子力発電」は「核兵器不拡散」の義務付けとセットになる位置づけである。
「核の平和利用」という建前のペテン性が核戦略上ではっきりしている。ここでは放射線被曝防止の観点は全く排除されている。
<核拡散防止条約> 核保有国が米ロ英仏中以外に増えることを防止する条約。1963年国連で採択、70年に発効した。現在190ヵ国が加盟。
核不拡散条約の構成
(1)核拡散を抑止(第1条[核兵器国の不拡散義務]、2条[非核兵器国の拡散回避義務])
第三条 [転用防止のための保障措置]国際原子力機関
(2)原子力平和利用原発・核爆発(第4条[原子力平和利用の権利]
5条[非核兵器国への核爆発の平和的応用の利益の提供])
①原子力の研究、生産及び利用⇒奪い得ない権利
②設備資材、科学的技術的情報⇒最大限度に交換
③非核兵器国の応用の発展に貢献
(3)核兵器の削減(第6条[核軍縮交渉])第七条 [地域的非核化条約]
(3)原発は潜在的核兵器
自民党政治家の原発と核兵器に対する認識が所々でほころび出ている。
原子力技術はそれ自体平和利用も兵器としての利用もともに可能である。どちらに用いるかは政策であり国家意思の問題である。日本は国家・国民の意志として原子力を兵器として利用しないことを決めているので、平和利用一本槍であるが、平和利用にせよその技術が進歩するにつれて、兵器としての可能性は自動的に高まってくる。日本は核兵器を持たないが、(核兵器保有の)潜在的可能性を高めることによって、軍縮や核実験禁止問題などについて、国際の場における発言力を高めることができる。(岸信介、「岸信介回顧録」、廣済堂出版、83年)
11年10月に、石破茂自民党政調会長(当時)が以下のように説明する。
原発を維持するということは、核兵器を作ろうと思えば、一定期間のうちに作ることができるという「核の潜在的抑止力」になっていると思っています。逆に言えば、原発をなくすということはその潜在的抑止力をも放棄することになる、という点を問いたい。(中略)核の基礎研究から始めれば、実際に核を持つまで5年や10年かかる。しかし、原発の技術があることで、数カ月から1年といった比較的短期間で核を持ちうる。加えて我が国は世界有数のロケット技術を持っている。この2つを組み合わせれば、かなり短い期間で効果的な核保有を現実化できる。(「SAPIO」2011年10月5日号)
(4)原発事故のどさくさに紛れた「原子力基本法」改正
<市民の知らないうちに原子力基本法が改定されていた>
2012年6月20日
元の原子力基本法第2条:
(基本方針)
第2条 原子力利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。
ところが、福島第1原発事故のどさくさに紛れ、12年6月20日に、原子力基本法の改定が行われ、第2条第2項として安全保障の文言が付け加えられ、以下のように改定された。
(基本方針)
第二条 原子力利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。
2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。
(民主、自民、公明の提案による)
原子力は「我が国の安全保障に資することを目的として」行うことにされた。とんでもないことである。提案した諸党の「我が国の安全保障」が国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全とは別記して主張しなけらばならない概念であり、事故後の原発廃絶を阻止する必要性をこの条文として追加したものと理解しなければならない。
§2 核兵器禁止条約と原発
昨年国連で採択された「核兵器禁止条約 前文」 に残念な表記がある。
本条約は、締約諸国が
一切の差別なく平和目的での核エネルギーの研究と生産、使用を進めるという譲れない権利に
悪影響を及ぼすとは解釈されないことを強調
核兵器禁止条約の前文には、上記の文言が含まれる。「核不拡散条約」の支配体制をそのまま維持するもので、目的を核兵器に絞るために、「放射能から人類を守る」という観点を犠牲にしたものではないか?妥協の産物としか言いようがない。IAEA、UNSCEAR,
ICRPなどの情報操作がこのような前文作成の土台になっている。
§3 科学の原理からの誠実な警告を無視する体制はファシズム
―温泉管理はできてもマグマ管理はできないー
我々は、核の研究はやむ得ないものと受け止めるにしても、少なくとも商業原発を「核の平和利用」として位置付けることを廃止すべきである。
多くの良心的市民が学問的意味合いで「核の研究」は排除してはならないと思っている。客観的事物である「諸対象」に対して探求を行うことは排除してはならないだろう。
しかし、自発的原子核崩壊を制御することは現在の科学力では全くできない。これは「核分裂の原子炉の管理が破たんした時、制御不能となる必然性を持つ。フェイルフリーが成り立たないのである。いわば、火山の周辺現象として温泉は利用できても、マグマを制御できないことと同じである。自然現象とはやむを得ず共存しなけらばならないのが人類の宿命だ。しかしその恐ろしい破綻をきたすシステム「原発」を人工的に作り出して自ら危険を掘り起こすのは御免蒙る。絶対避けるべきだ。
この認識は既に科学の原理からの大きな警告として発せられ続けている。しかし国家戦略と功利主義で科学の誠実な警告は無視続けられている。
ICRP(国際放射線防護委員会)曰く「リスクより公益が大きいときには原発は許される」。
すなわち原発が日常的に殺人を犯しても発電という公益の方が大きいならば殺人が許される(ICRP防護3原則の第1)と開き直るのである。
人命を人格として大切にしあうことが民主主義の根幹である。全ての市民に人格権があり、大切にしあうのが民主主義だ。私たちは「すべての人が大切に扱われる社会」を目指している。
原発産業はこの民主主義を根本から平然と覆す。その挑発的宣言がICRP防護3原則なのだ。
科学の原理からの警告を無視続ける商業原発は平和利用ではありえない。我が国においても、この警告と関連して「原子力研究・開発の3原則」なるものが発せられたが、3原則など初めから適用不可であった。学問の自由は国家権力と原発産業の資金力により完全に封殺され、あの恐ろしい集団「原子力ムラ」が構成され、「安全神話」がまかり通った。事故後7年の現在「放射能安全神話」が国家的大キャンペーンで市民の人格権を奪う。原子力分野におけるファシズムである。
原発は核の平和利用ではない。
これを命を大切にする全ての市民の共通理解として広めるべきである。
原水爆禁止運動目標に、原子力発電の廃止を人類共通の目標として掲げるべきである。