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 ☆ 「Yes! I can!」2000人がノーベル平和賞受賞者の応援に駆け付けた オスロの冬の夜
   鐙麻樹 | 北欧ノルウェー在住 ジャーナリスト&写真家

http://wind.ap.teacup.com/people/timg/middle_1513739289.jpg
CANのフィン事務局長と、被爆者のサーロー節子さん Photo:Abumi

 10日のノーベル平和賞授賞式が終わった夜、オスロでは2000人以上の人々が受賞者を祝いにパレードに参加した。
 オスロ中央駅から、カール・ヨハン通りをまっすぐに歩き、受賞者が宿泊するグランド・ホテル前まで歩く。ホテルのバルコニーから受賞者が姿を現し、人々に手を振る。これは毎年おこなわれている恒例行事だ。

 受賞者の姿はテレビ画面などで見ることが多い。
 この夜の行事では、現地の人々がみんなで歩き、思いを共にし、受賞者と最も近い距離を体感できる。


 この日のオスロは冷え込み、18時過ぎに行進は始まった。
 マイナス6度の中、肌に冷たい風が痛く刺さる。

 筆者はホテル前で撮影のために場所取りをしていた。駅方向からゆらゆらと近づいてくる行進は、大きな波のように見えた。
 この出来事を日本へと伝えようと、日本からは大勢の報道陣が駆け付けていた。

 ノルウェーに住んで9年目になるが、現地でここまでたくさんの日本メディアが集まっているのは初めて見た。
 被爆者の思いを日本へと伝えようと、各地で取材をする日本人の姿はノルウェーのメディアにも印象強く残ったようだ。知り合いのノルウェー人フォトグラファーたちが「日本のメディアがたくさん来ているね」と何度か話しかけてきた。

 19時頃にホテルのバルコニーからはICANのベアトリス・フィン事務局長と、カナダ在住の被爆者のサーロー節子さんが姿を現す。

 通りからは大きな歓声があがり、2人はその光景に感動しているようだった。

 ピースボートのツアーで参加した広島や長崎被爆者の姿も、ノルウェーのメディアで報道される(NRK)。筆者の隣では現地の通信社が動画をストリーミング配信でノルウェー各社に流していた。

 「Yes! I can!」(イエス!アイ・キャン!)という言葉を、人々は何度も繰り返していた。

 冬の冷たさは、人々の元気な掛け声と、明るく揺れるたいまつの光に打ち消されていた。

 Photo&Text: Asaki Abumi

 ※鐙麻樹
 北欧ノルウェー在住 ジャーナリスト&写真家
 オスロ在住ジャーナリスト、フォトグラファー。上智大学フランス語学科08年卒業。オスロ大学でメディア学学士号、同大学大学院でメディア学修士号取得(副専攻:ジェンダー平等学)。ノルウェーの政治、社会、教育、若者の政治参加、観光、文化、暮らしなどの情報を幅広く寄稿。オーストラリア、フランスに滞在歴あり。外国語能力:英語、フランス語、ノルウェー語、デンマーク語、スウェーデン語。2015年に産業革命の推進などを支援するイノベーション・ノルウェーより「ノルウェーを突出した方法で日本に広めた優秀な大使」として表彰される。『ことりっぷ海外版 北欧』オスロ担当、「地球の歩き方 オスロ特派員ブログ」でも連載中

『Yahoo!ニュース 個人(鐙麻樹)』(2017/12/12)
https://news.yahoo.co.jp/byline/abumiasaki/20171212-00079197/

パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2

 ▼ 神鋼ショックが原発にも、
   大飯・玄海再稼働延期の裏事情
 (ダイヤモンド・オンライン)


 かねて、10月8日に発覚した神戸製鋼所による検査データの改ざんを受け、原発を保有する電力各社は危機感を募らせていた。というのも、神戸製鋼は西日本の電力会社が採用する加圧水型軽水炉(PWR)の原子炉格納容器をはじめ、全国の原発の主要設備に多くの部材を納入しているからだ。

 データが改ざんされた神戸製鋼の製品が原発で使用されていることが判明すれば、真っ先に稼働停止に直結しかねない。電力業界の対応は誠に素早かった。
 しかし、その電力業界らしい“横並び”の対応が、かえって“お上”である原子力規制委員会の怒りを買ってしまった。


 11月9日に行われた原子力規制庁の会合には東京、中部、関西、九州の4電力の原発担当幹部が出席し、神戸製鋼のデータ改ざん問題について規制委側に「原子力施設の安全性に対し、直ちに重大な影響を与える問題ではない」と回答する資料を提出した。

 すると、規制委の山中伸介委員は「非常に不満足。(原発の)安全上重要な部分に、神戸製鋼の製品が使われているかどうかを聞いている」と“出直し”を指示した。

 その後、電力各社がさみだれ式に、規制庁に報告を行う事態になり、結果的に対応が後手に回った。
 関電、九電の両社は、再稼働延期の理由について、神戸製鋼のデータ改ざん問題への対応に時間がかかるためとしている。

 ▼ 終わりが見えない安全確認
 「給与の完全復活が遠のいた」。ある関電社員はこう嘆いた。

 関電も九電も早期に原発を再稼働させ、収益を改善させるシナリオを描いていた。特に関電は大飯3、4号機を再稼働させた後に、電気料金の値下げを予定していたが、そのスケジュールも先送りになってしまった。

 電力業界からは規制委に対する恨み節も聞こえてくるが、更田豊志委員長は「むちゃなことを言っているつもりはない。原発を運用する者としての責任」と意に介さない。今後の対応も、「長期戦になる可能性はある」と述べた。

 つまり、神鋼ショックによる、電力業界への“とばっちり”は、まだ終わりが見えないのだ。

 電力各社は、まずは原発の安全上重要な機器に絞って安全確認の調査を進めてきたが、今後は調査対象を広げざるを得ない。

 神戸製鋼の報告書によると、データ改ざんは5年以上にわたって行われていた。さらに過去へさかのぼって調査が必要になる事態も予想される。

 やはり原発は、見通しの立たない事業。今後も“外野”に振り回される可能性は少なくない。

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 堀内 亮)

週刊ダイヤモンド編集部

『ダイヤモンド・オンライン』(2017/12/12)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171212-00152583-diamond-bus_all

  =ICANが受賞講演=
 ◎ ノーベル平和賞 サーロー節子さん演説全文 (東京新聞)


 十日オスロで行われた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))へのノーベル平和賞授賞式で被爆者サーロー節子さんが行った演説は次の通り。 
      ◇
 両陛下。ノルウェー・ノーベル賞委員会の高名なメンバーの皆さま。ここにいる、そして世界中にいる運動家の仲間たち。淑女、紳士の皆さま。
 ICANの運動を形づくる傑出した全ての人々に成り代わってベアトリス(・フィン事務局長)と共にこの賞を受け取ることは大変な栄誉です。私たちは核兵器の時代を終わらせることができる、終わらせるのだという、かくも大きな希望を皆さま一人一人が私に与えてくれます。

 ▼ 座視しない
 被爆者は、奇跡のような偶然によって広島と長崎の原爆を生き延びました。私は被爆者の一人としてお話しします。七十年以上にわたって私たちは核兵器の廃絶に取り組んできました。


 私たちは、この恐ろしい兵器の開発と実験から危害を被った世界中の人々と連帯してきました。
 (核実験が行われた)ムルロア、エケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニといった長く忘れられた地の人々。
 土地と海を放射線にさらされ、人体実験に使われ、文化を永遠に破壊された人々と連帯してきました。

 私たちは犠牲者であることに甘んじることはありませんでした。
 灼熱(しゃくねつ)の終末を即座に迎えることや、世界がゆっくりと汚染されていくことに対し、手をこまねいていることは拒否しました。
 いわゆる大国が、無謀にも私たちを核のたそがれから核の闇夜の間際へと送り込むことを、恐怖の中で座視することは拒否しました。
 私たちは立ち上がりました。生き延びた体験を分かち合いました。人類と核兵器は共存できないのだと声にしました。

 ▼ 叫び声聞こえた
 きょう、この会場で皆さまには、広島と長崎で死を遂げた全ての人々の存在を感じてほしいと思います。雲霞(うんか)のような二十数万の魂を身の回りに感じていただきたいのです。
 一人一人に名前があったのです。
 誰かから愛されていたのです。
 彼らの死は、無駄ではなかったと確認しましょう。

 米国が最初の原爆を私が住んでいた都市、広島に投下した時、私はまだ十三歳でした。私は今もあの朝を鮮明に覚えています。
 八時十五分、窓からの青みを帯びた白い閃光(せんこう)に目がくらみました。体が宙に浮かぶ感覚を覚えています。

 静かな闇の中で意識を取り戻すと、倒壊した建物の中で身動きできないことに気付きました。級友たちの弱々しい叫び声が聞こえてきました。「お母さん、助けて。神さま、助けて」

 そして突然、私の左肩に手が触れるのを感じました。
 「諦めるな。頑張れ。助けてやる。あの隙間から光が差すのが見えるか。あそこまでできるだけ速くはっていくんだ」。
 誰かがこう言うのが聞こえました。
 はい出ると、倒壊した建物には火が付いていました。あの建物にいた級友のほとんどは生きたまま焼かれ、死にました。そこら中が途方もなく完全に破壊されているのを目にしました。

 幽霊のような人影が行列をつくり、足を引きずりながら通り過ぎていきました。
 人々は異様なまでに傷を負っていました。
 血を流し、やけどを負い、黒く焦げて、腫れ上がっていました。
 体の一部を失っていました。
 肉と皮膚が骨からぶら下がっていました。
 飛び出た眼球を手に受け止めている人もいました。
 おなかが裂けて開き、腸が外に垂れ下がっている人もいました。
 人間の肉体が焼けた時の嫌な悪臭が立ち込めていました。

 このようにして、私の愛する都市は一発の爆弾によって消滅したのです。
 住民のほとんどは非戦闘員でした。彼らは燃やされ、焼き尽くされ、炭になりました。
 その中には私の家族と三百五十一人の級友が含まれています。

 ▼ 愚行を許さない
 その後の数週間、数カ月間、数年間にわたって、放射線の後遺症により予測もつかないような不可解な形で何千もの人々が亡くなりました。今日に至ってもなお、放射線は人々の命を奪っています。

 広島を思い出すとき、最初に目に浮かぶのは四歳だった私のおい、英治の姿です。
 小さな体は溶けて、肉の塊に変わり、見分けがつかないほどでした。死によって苦しみから解放されるまで弱々しい声で水が欲しいと言い続けました。

 今この瞬間も、世界中で罪のない子どもたちが核兵器の脅威にさらされています。おいは私にとって、こうした世界の子どもたちを代表する存在となりました。
 核兵器はいつどんなときも、私たちが愛する全ての人々、いとおしく思う全てを危険にさらしています。私たちはこの愚行をこれ以上許してはなりません。

 苦しみと生き延びるためのいちずな闘いを通じて、そして廃虚から復興するための苦闘を通じて私たち被爆者は確信に至りました。破局をもたらすこうした兵器について、私たちは世界に警告しなければならないのです。
 繰り返し私たちは証言してきました。

 しかし、広島と長崎(への原爆投下)を残虐行為、戦争犯罪と見なすことをなお拒絶する人たちもいたのです。
 「正義の戦争」を終わらせた「良い爆弾」だったとするプロパガンダを受け入れたわけです。
 こうした作り話が破滅的な核軍拡競争をもたらしました。今日に至るまで核軍拡競争は続いています。

 今も九つの国が都市を灰にし、地球上の生命を破壊し、私たちの美しい世界を未来の世代が住めないようにすると脅しています。
 核兵器の開発は、国家が偉大さの高みに上ることを意味しません。
 むしろ、この上なく暗い邪悪の深みに転落することを意味するのです。こうした兵器は必要悪ではありません。絶対悪なのです。

 ▼ 終わりの始まり
 今年七月七日、世界の大多数の国々が核兵器禁止条約の採択に賛成した時、私は喜びでいっぱいになりました。
 私はかつて人類の最悪な側面を目撃しましたが、その日は最良の側面を目撃したのです。私たち被爆者は七十二年の間(核兵器が)禁止されることを待ち続けてきました。これを核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。

 責任ある指導者であれば、必ずやこの条約に署名するに違いありません。署名を拒否すれば歴史の厳しい審判を受けることになるでしょう。
 彼らのふるまいは大量虐殺につながるのだという現実を抽象的な理論が覆い隠すことはもはやありません。
 「抑止力」とは、軍縮を抑止するものなのだということはもはや明らかです。私たちはもはや恐怖のキノコ雲の下で暮らすことはありません。

 核武装した国々の当局者と、いわゆる「核の傘」の下にいる共犯者たちに言います。
 私たちの証言を聞きなさい。私たちの警告を心に刻みなさい。そして、自らの行為の重みを知りなさい。
 あなたたちはそれぞれ、人類を危険にさらす暴力の体系を構成する不可欠な要素となっているのです。私たちは悪の陳腐さを警戒しましょう。

 世界のあらゆる国の、全ての大統領と首相に懇願します。この条約に参加してください。核による滅亡の脅威を永久になくしてください。

 ▼ 光に向かって
 私は十三歳の時、くすぶるがれきの中に閉じ込められても、頑張り続けました。光に向かって進み続けました。そして生き残りました。
 いま私たちにとって、核禁止条約が光です。
 この会場にいる皆さんに、世界中で聞いている皆さんに、広島の倒壊した建物の中で耳にした呼び掛けの言葉を繰り返します。「諦めるな。頑張れ。光が見えるか。それに向かってはっていくんだ」

 今夜、燃え立つたいまつを持ってオスロの通りを行進し、核の恐怖という暗い夜から抜け出しましょう。どんな障害に直面しようとも、私たちは進み続け、頑張り、他の人たちとこの光を分かち合い続けます。
 この光は、かけがえのない世界を存続させるために私たちが傾ける情熱であり、誓いなのです。 (オスロ・共同)=ノーベル財団公表の公式テキストによる

『東京新聞』(2017年12月11日 夕刊)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201712/CK2017121102000059.html

パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2

住民懸念でベトナム原発建設撤回
2017-12-02 08:33
 【ホーチミン共同】
ベトナムのチュオン・タン・サン前国家主席(68)は2日までに南部ホーチミンで共同通信のインタビューに応じ、日本が受注を決めていたベトナム初の原発建設計画を同国が白紙撤回した理由について「世界情勢の不安定さにより国民、特に建設予定地の住民の心配が大きくなった」と述べ、住民の安全への懸念が背景にあったとの考えを示した。東京電力福島第1原発事故などを念頭に置いた発言とみられる。

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