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強制失踪条約(強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約)
(International Convention for the Protection of All Persons from Enforced Disappearance)

 政府報告

(1)第1回政府報告


ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

  『マスコミ市民』拡散する精神/委縮する表現(100)
 ◆ 拉致問題を切り捨てた日本政府
   前田 朗(東京造形大学教授)


 ◆ 強制失踪委員会

 安倍晋三首相は拉致問題の解決に向けて取り組んできた、ということになっている。本年五月一九日の拉致被害者家族会や「救う会」などが都内で開いた国民大集会に出席し、「拉致問題は安倍政権の最重要課題」と強調したのは周知のことである。
 ところがトランプ・金正恩会談の進展につれて徐々に姿勢を変えてきた。「対話は意味がない。制裁あるのみ」という基本姿勢から「前提条件なしで話し合う」に変化したことはさまざまな推測を呼ぶことになった。

 実は安倍政権は昨年一一月にジュネーヴの国連人権高等弁務官事務所で開催された強制失踪委員会の場で、拉致問題を切り捨てる方針を表明した。


 「前提条件なしで話し合う」に変化したことと因果関係があるかどうかは不明だが、強制失踪委員会で何があったのか。政権は語らないし、マスコミも報じない。

 筆者は強制失踪委員会の審議を傍聴していないので、限られた資料と、本年三月にジュネーヴに滞在した際の関係者からの聞き取りに基づいて判明した範囲で事の次第を報告したい。

 二〇〇六年一二月、国連総会において強制失踪条約が採択された。
 国の機関等が人の自由をはく奪する行為であって、失踪者の所在等の事実を隠蔽することを伴い、かつ、法の保護の外に置くことを「強制失踪」と定義し、「強制失踪」の犯罪化及び処罰を確保するための法的枠組み等について定めている。条約第二六条に基づいて強制失踪委員会が設置された。
 条約当事国は条約第二九条に基づいて報告書を提出し、委員会で審議の結果、勧告が出される。
 日本政府は今回初めて報告書を提出し、昨年一一月五〜六日、委員会審査に臨んだ。

 日本政府は冒頭から朝鮮民主主義人民共和国による日本人拉致問題を取り上げ、詳しく報告した。
 事前にメディアや関係者にも繰り返しレクチャーし、拉致問題に力を入れているとアピールした。委員会が拉致問題について勧告を出すと期待を膨らませた。

 ところが思いがけない事態になった。強制失踪委員会は拉致問題を取り上げなかったのだ。委員会が質問したのはなんと日本軍「慰安婦」問題であった。

 ◆ 苦渋の選択?

 一日目(一一月五日)の審査直後、日本代表団はパニック状態だったらしい。大使の目はうつろになっていたという。
 二日目(翌六日)の審査までに、日本政府は対応を決しなければならない。というのも、日本政府は「慰安婦問題は条約締結以前の問題だから、委員会が取り上げるべきではない」と繰り返してきた。
 この主張によれば、拉致問題も条約締結以前の問題だから、委員会が取り上げてはならないことになる

 拉致問題が取り上げられると宣伝してきた日本政府は窮地に追い込まれた。「慰安婦」問題か、拉致問題か、予想外の二者択一を迫られた。

 大使レベルで判断できる問題ではない。一日目夜から翌日未明にかけて、日本代表団は必死の思いで東京に連絡を取ったことだろう。
 ことは外務大臣でも即断できない。当然のことながら官邸の判断だ。
 時間は限られている。筆者はこの間の事情を詳らかにしていない。推測するのみだが、安倍首相の判断で、「慰安婦」問題を優先したのだろう。

 委員会で、日本政府は改めて「条約締結以前の問題を委員会は取り上げるべきでない」と主張した。拉致問題を取り上げるな、という驚愕のメッセージだ。大使の手はわなわな震えていたという。

 一一月一九日、委員会から「慰安婦」問題の解決を求める勧告が出された。
 これに対して一一月三〇日、日本政府は「条約は本条約が発効する以前に生じた問題に対して遡って適用されないため、慰安婦問題を本条約の実施状況に係る審査において取り上げることは不適切です」「国連に求められる不偏性を欠き、誠実に条約を実施し審査に臨んでいる締約国に対し非常に不公平なやり方といわざるを得ません」と、猛烈な抗議の手紙を委員会に送った。

 ここまで来ると後戻りはできない。安倍政権は拉致問題を切り捨ててでも、「慰安婦」問題の責任回避を優先した。一一月六日、官邸で何があったのか。その判断経過をもっと知りたいものである。

『前田朗blog』(Sunday, July 14, 2019)
http://maeda-akira.blogspot.com/2019/07/blog-post_48.html


国連委、元慰安婦への補償不十分

2018-11-19  【ジュネーブ共同】

 国連の強制的失踪委員会は19日、日本に対する審査の最終見解を公表した。旧日本軍の従軍慰安婦問題について、元慰安婦らへの補償は十分とは言えず「最終的かつ不可逆的に解決した」との日本政府の立場に遺憾の意を示した。
対日外交紛争望まず=慰安婦問題「教訓に」−初の記念日で韓国大統領
【ソウル時事】

 韓国の文在寅大統領は14日、中部・天安で行われた「慰安婦の日」式典で演説し、「この問題が韓日間の外交紛争につながらないよう願う」と表明した。その上で「両国間の外交的な手法で解決される問題だとも考えてはいない」と指摘し、2015年末の日韓政府間合意を否定する立場を改めて示した。

 大統領は、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」をうたった日韓合意に直接言及しなかった。この問題が政府間合意では解決できないという考えを堅持する一方、合意の扱いをめぐる対立が対日関係全般に影響を及ぼす事態を避ける方針を強調した形だ。

 大統領はこの中で、慰安婦問題を「韓日両国間の歴史問題にとどまらず、戦時下の女性への性暴力問題、人類の普遍的な女性の人権の問題だ」と定義。「われわれ自身や、日本を含む全世界が女性への性暴力や人権問題について深く反省し、二度と繰り返してはならないという確固たる教訓とすることで、初めて解決できる」と呼び掛けた。

(2018/08/14-16:49)




20180814
【ソウル共同】

韓国は14日、旧日本軍の従軍慰安婦問題に絡み、韓国政府が同問題を「国内外に広く知らせ、被害者を記憶するため多様な行事と広報を行う」と法で定めた初の記念日を迎えた。

全国各地でこの問題を後世に伝えるための行事が企画され、被害に対する意識が高まっている。


2018/08/14 

文大統領、慰安婦記念の式典出席

 【ソウル共同】

旧日本軍の従軍慰安婦問題を巡り、韓国政府が被害の記憶を国内外に伝える記念日と定めた14日、同国中部の天安で政府主催の式典が開かれ文在寅大統領が出席した。

文氏は演説で、慰安婦問題は日韓間だけでなく、戦時の女性への性暴力で人類の普遍的な人権問題とした上で「韓日間の外交紛争につながらないことを望む」と述べた。



在日慰安婦テーマに劇「歴史の隅に光を」 3世の役者、全国巡業

 在日コリアンの慰安婦を主人公にした劇「キャラメル」を、滋賀県彦根市で劇団「石(トル)」を主宰する在日3世の役者きむ・きがんさん(44)が完成させた。11日の栗東市公演から、全国巡業を始める。

 劇は、朝鮮半島の貧しい村で育った2人の女性が主人公。2人は「日本で働いたらキャラメルをもらえる」とだまされ、台湾と中国で日本軍の慰安婦に従事させられる。その後、大阪市で在日コリアンとして、つらい経験を隠して生きてきた。その2人が再会し、互いの尊厳を取り戻す物語を、きむさんら3人の役者が演じる。

 きむさんは、脚本を書くために韓国で慰安婦支援者団体に取材するなどしてきた。慰安婦だった在日コリアンは宮城県などに実際におり、きむさんは「関西にも慰安婦だったことを隠して生きた在日の女性がいたと思う。歴史の隅に追いやられた人たちに光を当てたい」と話している。

 公演は、11日午後6時から栗東市綣2丁目の栗東芸術文化会館、14日午後6時半から大阪府東大阪市の市立男女共同参画センターで。その後も兵庫県や東京都を巡る。

 前売り2500円、当日3千円、学生1500円。問い合わせはk.kija.tol@gmail.comへ。(

【 2018年08月02日 09時22分 】
    
酒井 紳一さんが投稿をシェアしました。20時間前
長いけど読んでください。

イメージ
泉水 美和子 5月22日 22:10
5年前、従軍慰安婦が話題になり、めちゃくちゃなことを言う政治家に腹を立てて、わたしが父から聞いた話を投稿しました。
今年も何人かの方が、その時のものをシェアしてくださいました。ありがとうございます。当時、投稿したのが【本文】です。でも、その時、いろいろな方が教えてくださったことから、【捕捉】を付けたくなりました。その都度、シェアしてくださった方のところには送りましたが、まとめて再度投稿します。よろしかったら、読んでください。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【本文】
写真は、私の父が18か19才。
第二次世界大戦の終わり間際に、徴兵されたときの軍服姿です。
父にとって、わたしは50才になるころ産まれた第1子(母は23才!)です。だから、わたしの世代にしては珍しく父が戦争体験者なのです。
父のアルバムで、この写真を見つけ、かっこよかったので、父の日の贈り物に絵皿に焼き付けてもらいました。白黒写真をカラーにしてもらいました。
でも、絵皿を見た父は、複雑そうな顔でお礼を言ってくれて、当時はなんでもっと喜んでくれないのか、不思議でした。今は、父の気持ちがわかりますが。
父に戦争の話を初めて聞いたのは、中学生の頃。
兵隊で中国大陸、ビルマまで行った父の話は、楽しい話でした。ビルマでは、「日本の兵隊さんが来てくれた」と村で大歓迎を受け、いろいろな料理でもてなしてくれ、中にカレーがあって、でも、これは辛いから日本人には無理と言われ、意地になって食べたら、気絶してしまったとか。
銃撃戦の中、後方で車の用意をしていたとき、流れ玉がスネをえぐり、倒れながら、「やった!野戦病院送りだ。看護婦さんにやさしく看病してもらえる」と思ったら、恐い軍医さんに「玉は貫通してるから、消毒して、あとは唾付けとけば治る」と、すぐ戦場にもどされ、あと一歩、前に出てればなーと、へこんだスネを見せながら、笑ったり。
高校3年の時、世界史のレポートで第二次世界大戦についての課題があり、関係資料を漁っていたら、従軍慰安婦問題の資料に出会いました。
高校生のわたしには、衝撃的な問題でした。
父に、これは本当にあったのか尋ねると、「あったよ。」
日本から来た女郎さんや芸者さんは、偉い人の愛人として迎えられていた。一般兵士には、朝鮮人の女の子たちがあてがわれ、粗末な小屋の前には、兵士が列をなしていたそうだ。
父に「お父様も並んだの?」と聞くと「可哀想でそんなことできなかったよ!」
まあ、聞く娘もなんですが。
「かわいい子たちだったねー。時々、休みがあり、その時は朝鮮の女の子たちを河原に遊びに連れて行ってあげたんだ。お礼にって、みんなで朝鮮の歌を唄ってくれた。看護婦募集に応募した子や、河原で洗濯していて、誘拐されたって子たちだった」
「野営地を移動する時、自動車(トラックの荷台)に具合の悪い女の子たちを乗せたら、上官からお父さんたち、死ぬほど殴られて、その子たちは、歩いてこれるならついて来いと、そこに捨てられた。可哀想でね。生き延びてくれていたらと思うよ」
父が語ってくれた戦争。
事実として、存在した拉致され朝鮮人の女の子の従軍慰安婦。
少なくとも父は、きっと亡くなるまで、彼女たちに申し訳ないと思って生きてきた名もない日本の少年兵士でした。
大阪市長で維新の共同代表は、どの立場でしゃべったのか知りませんが、非常時兵士には従軍慰安婦が必要だったなんて言われると、父まで侮辱されたような気になり、不愉快極まりないです。
人として、無理やり慰安婦とされた女の子たちに同情し、せめて自分たちは加わらないと決意をしていた兵士もたくさんいたのです。
年のいった兵隊さんで、「自分の娘と同じくらいの女の子たちが可哀想だ」と言って、加わらない人もいたそうです。
女性は性の道具のように、平然としかも、戦争を知りもしない人が、なぜあんな発言を公共の電波でするのだろう。なぜ、彼を支持し続ける人がいるのだろう。同じ日本人として、情けなさすぎる。
軍がやったのか、民間がやったのかなんて、わたしにはわかりません。
ただ、戦地で、朝鮮人の女の子の従軍慰安婦に出会ったわたしの父は、今、存命ならば、心からの謝罪をしたに違いない。何もできなくて、申し訳なかったと。
きっと、話を聞いていた17才のわたしと父の会った朝鮮人の女の子たちは、同い年くらいだったことでしょう。子を持つ親として、娘を持つ父として、この時の父は、どれほど思うことがあったろうか。
親となったわたしは、娘に事実を伝えようと語ってくれた父の勇気を誇りに思います。口をつぐむこともできたのだから。この事実を語ってもらえて、感謝しています。わたしは、謝罪の心を持てるから。そして、人に語ることが出来るから。
最後に、
父が河原に遊びに連れて行った女の子の中で、河原で拉致された子が話ったことです。
「こういうところで、洗濯していたら無理やりさらわれて車に乗せられ
、ここに連れて来られた。きっとお母さんは、わたしが川に落ちて死んだと思って、泣いているだろう。生きていることを知らせたい。でも、今の自分は見せたくない。どうすればいいんだろう。戦争が終わったら、お母さんに会いたいのに。」
この少女たちと、今、街中ですれ違う中学生や高校生との違いは、産まれた時代と場所だけ。同じ女の子です。
隣を歩いている女の子が、突然、拉致されて、不特定多数の男性の相手をする慰安婦にされてしまうなんて、考えられますか。
怯えて泣き叫ぶ女の子たちを殴りつけ、力ずくでレイプする。あきらめて抵抗しなくなった女の子たちを来る日も来る日も、集団レイプする。
それが従軍慰安婦の実態ですよね。
喜んで自分が兵隊さんたちの役に立ってるなんて、考える女の子がいると思う人は、いるのでしょうか。
他の国もやっていようがいまいが、そんなこと言う必要はない。
自分たちのやった行為のみを考えるていくべきです。そして、言い訳やごまかしをするのではなく、人と人の感情でお詫びすることは、しなくてはいけないと思います。
これは、私の創作ではありません。
日本軍に従軍した今は亡き父が、語ってくれた事実です。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【捕捉】
この投稿の中で、18、9歳のぺーぺーの新兵だった父が、休みの日に慰安婦の女の子たちを河原に遊びに連れていった話があります。どうやって、連れ出したのかを聞いていませんでした。普通に考えたら、あり得ないことです。
でも、この投稿に韓国人の方が、父が聞いたのと同じ状況で拉致された元慰安婦の方をモデルにしたアニメーションを送ってくれました。
それを見て、分かりました。
父は、軍の中で自動車部隊として、物資や人を乗せた車の運転をしていたといっていました。
アニメの中で、慰安婦たちは月に1回、車に積まれ、街中の病院に性病の検査に連れていかれていたというシーンがあったのです。
ああ、これだなと思いました。
父は、そのトラックの運転をする時があったのでしょう。
そして、帰り道、ちょっとだけ、バレないように河原に寄り道していたのだと思います。
多分、わたしの投稿を読んだ方で、同じ「なんで女の子たちを連れ出せたの?」と疑問に感じた方がたくさんいたと思います。
投稿後に、教えてもらった以上のことを捕捉しておきます。

転載元転載元: acaluliaのブログ

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