|
東かがわ市大内町中筋にある與田寺は厄除けの寺として有名です。 |
全体表示
[ リスト ]
こんにちは、ゲストさん
[ リスト ]
|
東かがわ市大内町中筋にある與田寺は厄除けの寺として有名です。 |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
與田寺
寺伝によれば、奈良時代の天平11年(739年)に行基を開山として醫王山薬王寺薬師院の号で法相宗の寺院として創建され、後に空海により宗派を真言宗、寺号を神宮寺に改められたという。
嵯峨天皇の時代に勅願寺となり、応長元年(1311年)には国内談議所の―つに定められ、13世紀後期から始まる増吽による中興の時代は後小松天皇より虚空蔵院の院号を下賜されて、1,000を越す末寺を有する讃岐国屈指の大寺院となった。
安土桃山時代に豊臣秀吉の長宗我部氏攻めの兵火を受けて堂塔伽藍の大半を焼失したが、江戸時代初頭に高松藩初代藩主松平頼重の帰依により復興される。明治時代になってから、與田郡の所在であることから神宮寺から與田寺に改められた。
「厄除けの寺」、「四国八十八箇所総奥の院」として広く知られ、年間約20万人の参拝者を集める。
2018/4/21(土) 午後 0:17 [ 文化財を大切にしましょう ]