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こんにちは。 大変長らくお待たせいたしました。 本日より全8回にわたり、「成都出張日記」をお届けします。 今回の成都滞在は、9月16日から22日までの1週間で、2008年に発生した四川大地震の復興状況を視察するのが目的である。 中国の国家主導による震災復興のメカニズムと、日本の民間主導による震災復興のメカニズムとを比較研究し、四川省での復興事例を検証しながら東日本大震災の復興に役立てられないかと研究するために、四川省へと飛んだ。 9月13日から始まった中国滞在のメインは、この四川省の復興調査であり、これまでの北京はウォーミングアップに過ぎなかったのである。 力を入れた成都滞在。 日記の内容としては、観光メインの北京には劣ると思いますが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。 それでは、四川省へレッツ・ゴー!! (成都双流国際空港に着陸したCA4120便) 辛い四川省 2012年9月13日に仙台空港から出国した僕は、3泊4日の北京滞在を経て、9月16日の深夜に国内第5位の規模を持つ成都双流国際空港に降り立った。 北京から搭乗したCA4120便は、到着機材の遅れで90分遅延。 成都には定刻22時20分のところ、23時50分頃の到着となってしまった。 今回は、成都に同じく22時20分に到着予定の東京から来るANA便で、引率して下さる指導教授が到着している。 もう1人同窓生(友人K)が参加するのだが、彼は東京発北京経由のCA便で4時間早く成都入りしていた。 こうして私が最後に到着し、ターンテーブルで荷物を取り、到着ロビーへと出口を進む。 すると早速、指導教授、Kくん、そして僕の大学と交流のある現地の大学の教授が出迎えてくれた。 日付が変わった頃に、現地の大学の先生が案内する車で、成都市内のホテルに入った。 そして車はそのまま先生のご自宅へ。 ホテルのチェックインを済ませ、夕飯を食べに外へ出る。 しかしこの時すでに深夜1時半。 開いている店は少なく、路上で営業している串焼き屋で夕食を取ることにした。 (露天で食べた串焼き) これらの串は1本2元(約25円)程度で、これに瓶ビールを2本注文して到着を祝った。 これまでいろいろな所で散々な目に遭って来た僕だが、そのことを教授と友人Kに言ってもお構いなし。 「焼いてあるから大丈夫」の一言で片づけられてしまった。 そしてまもなく炭火で焼かれた串焼きが出され、一口食べてみると…。 辛かった。 とてつもなく辛かった。 火を吹きそうなほど辛かった。 4本出されたが、さすがにこれを全部食べたら明日お腹を壊しそうなので、無理をせずにKくんに食べてもらった。 ちなみに僕の指導教授と友人Kは、朝鮮民族の中国人なので、辛いものは得意なようだった。 初日の夕飯からビビりながら、夜は更けていった。 翌朝8時。 昨夜は結局3時過ぎに床に就いた。 辛さがお腹に残っていなくてホッとひと安心。 ショウロンポウと野菜、おかゆの朝食をホテルで取り、新幹線のきっぷを買いに通りへ出た。 9時過ぎにチケットを購入し、成都駅へと向かうのだが、高速道路と新幹線の高架化工事で市内は大渋滞。 5kmほどの距離をバスで1時間かけてやって来た。 (成都駅) 成都市の人口は1000万人、東京都と大体同じ人口を擁する規模である。 つまり大都会である。 そこの玄関口である成都駅は、近代的な駅舎で国内各地へ向かう列車が発着していた。 僕らはここから都江堰行きの新幹線に乗る。 (成都駅の中にある待合室) 成都から都江堰までは約40分の道のりだ。 日本の新幹線のように、出発と同時に200km/h以上に達し、到着の直前でスピードを落とす、というような高度な技術は持っていないのか、直線区間に入るまでスピードは上がらなかった。 それでも40分の乗車で15元(約190円)というのは、破格であると思う。 ちなみに四川省の省都「成都」と政府直轄市の「重慶」とは、新幹線で約2時間。 運賃は1,000円程度だと聞いた。 日本の新幹線もこの程度の料金設定にすれば、もっと利用客が増えるだろうな、と思った。 (都江堰行きの新幹線) さて、日本でも何かと話題の中国版新幹線に乗ってみたわけだが、先進諸国の高速鉄道技術を輸入しパクっているので、ハード面では特にヤバいと思うことはなかったが、時速200kmを超えると日本の新幹線ではあり得ないくらい横に大きく揺れるので、まだまだだなぁとの感想を抱いた。 そんなわけで、都江堰に到着である。 次回は、四川大地震の震源地へ向かいます。
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