JunJunの備忘録

2007年1月11日〜2012年10月31日

旅日記

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Deep Osaka (下)

日付が変わって8月9日の1時。
飛田新地を後にし、プライベートガイドの友人による案内で、天王寺駅の近くにあるインターネットカフェに入る。
30分コースの利用でシャワーを浴びて水分を補給。
すっきりしたらマクドナルドで小腹を満たし、夜の天王寺動物園の横を歩いて新今宮駅へと出た。
いよいよクライマックス、あいりん地区の朝の出勤風景の見学である。
しかしこの時まだ2時半。
しばらく時間を潰そうと新今宮駅近くのコインパーキングに新聞紙を敷いて横になる。
プライベートガイドには定時の休憩を与えなければならず、友達には自由に休んでもらった。
つまり我々はホームレスと同じ生活をしているのである。
深夜のコインパーキングは静かだった。
近くには自動販売機があり、そこのコンセントを借りて携帯電話の充電でもしようかと考えたが、それはやめた。
3時過ぎ、巡回中のパトカーが近づいてくるのに驚き、友人を叩き起こして二人で座って喋っているふりをした。
そして夜も明けぬ4時前、だんだんと騒がしくなってきた。
自転車で往来する人、配達に回る車、足早に歩く人。
我々も新聞紙を畳んで歩き始めた。

あいりん地区、4時。
道路の両側にはマイクロバスやワンボックスタイプの車が並び、何台かには既に労働者が乗っている。
その顔は無表情で、今日という1日を迎える目に輝きはなかった。
あいりん地区をさらに奥へと入って行く。
三角公園からは、薬をやっているのか発狂した音声が飛び、脇に入った道は相変わらずの異臭とさまよっている浮浪者、ただ突っ立っている人などがいた。
少ない街灯に照らされる電柱や電線、ゴミの散った道路など、すべてが発展途上国で見てきたものと同じであった。
歩いて見学した後は、とある交差点の隅に立って定点観測を始めた。
最初のうちは停車しているマイクロバスを眺めているだけだったが、途中で1人の労働者がやって来て近くで座り込んだ。
しばらくすると仲介業者か誰かがやって来て、労働者が話しかける。
労働者は、一昨日も昨日も4時に来て待っているのだが仕事がもらえない、何時に来れば良いかと聞く。
しかし仲介業者はその労働者を適当にあしらう。
歳を重ねれば用済みになるのだという現実を、最後に目の前で見せつけられた。
2人のやり取りも一段落したので、新今宮駅へ戻る。
始発電車の10分前まで駅のシャッターが閉められており、初めて駅の開店を待つという経験をした。

ガラガラガラと音を立てて上がり始めた駅のシャッター。
深い社会の西成区から、日常へと帰る道が開ける。
今日はこれから福島まで帰るのだ。
新今宮を4時56分に発車する環状線に乗り、5時14分に大阪到着。
大阪駅で、今回いろいろな大阪を見せてくれた友人と分かれる。
私は大阪5時55分発の東海道本線快速長浜行きに乗り、iPodのスイッチを入れる。
エンヤの音楽をスタートすると、まもなく重たくなったまぶたが閉じた。
壁に頭を寄せてすっかり熟睡し、目が覚めた時には南彦根まで来ていた。
あと2駅で米原である。
7時40分、寝過ごすことなく無事に米原駅で大阪から乗って来た快速電車を降り、8時04分発の普通大垣行きに乗り換える。
米原駅で電車を待っていると、目の前に特急しらさぎ2号が停まった。
車内はガラガラで、急いで値段を調べる。
米原から大垣までの1駅区間1,380円を多く払ってこの特急に乗れば、福島に1時間早く帰れることが分かった。
早く帰りたい衝動に駆られたが、1,380円で1時間はちょっと高いな、と思い断念する。
1,000円切っていれば利用した。
こうして普通電車が入るまで待ったが、米原8時04分発、普通大垣行きの電車はJR東海の特急車両を使用した普通電車だった。
これはラッキーだと思い、リクライニングを倒して大垣まで快適に移動することができた。
米原から34分で大垣に到着した。
そろそろ朝ごはんと歯磨きがしたかった。
大垣駅の電光掲示板を見ると、ホームライナーなる文字が。
首都圏ではホームライナーは夜に走るものなので、すぐさまスマートフォンで調べる。
するとお手持ちの青春18きっぷでも利用できることが判明。
自動券売機で310円のライナー券を買い、コンビニで朝食を調達した。
ホームライナー豊橋4号は、米原から乗って来た特急車両で、これまたリクライニングを倒して快適に豊橋まで移動した。
しかも今度の車内は空いており、これで310円という価格設定は満足であった。
ただ、5分前に走る快速電車からは豊橋での上りの乗り継ぎがスムーズだが、ホームライナーからは乗り換えられないのが残念だった。
大垣8時58分に発車したホームライナーは、豊橋に10時26分に到着した。

名古屋の都市圏を車窓から眺めた後は、豊橋10時41分発の普通電車に乗り、浜松11時15分着。
そのままホームの向かい側に停車していた11時29分発の興津行き普通電車に乗り、途中の島田では乗り換えず、あえて焼津で島田発沼津行きの普通電車に乗り換えた。
沼津に到着したのは13時50分。
そろそろお腹も空いてきた。
沼津よりも20分電車に乗った先の熱海の方が乗り換え時間は多いので、そこで昼食を調達することにする。
沼津まで来ると東京まであとひと山だな、と安堵する。
沼津14時発の普通電車に乗り、トンネルを抜けて熱海14時20分着。
食料を調達した後、熱海14時35分発の東京行きに乗る。
熱海から宇都宮までは、普通列車グリーン車で移動する。
車窓には相模灘のきれいな海が広がり、20分程で小田原に到着する。
小田原で8分の乗り換え時間を挟んで、15時04分発の湘南新宿ライン特別快速の高崎行きに乗り継ぐ。
グリーン車ではリクライニングを倒し、だいぶ西の空へと傾いてきた太陽の影を追いながら、ウトウトとする。
国府津、平塚、茅ヶ崎、藤沢と湘南を走り、大船、戸塚、横浜へと入る。
横浜で乗客が増え、ここで大阪からお世話になった東海道線とは、さようなら。
湘南新宿ラインはいったん横須賀線の線路へと入り、武蔵小杉。
つづいて埼京線に入って、大崎、渋谷、新宿、池袋と都内の名立たる地名を走破する。
赤羽を出ると埼玉県に入って、16時46分に大宮駅に到着した。

久しぶりの大宮駅では、あそこのうどん屋には同級生がバイトしているんだよな、とか、あそこのコンビニにも同級生が働いているんだよな、とか考えながら駅ナカを散策する。
そうして大宮17時03分発の東北本線、宇都宮行きに乗る。
大宮からも快適なグリーン車で移動。
宇都宮には18時21分着。
適度な乗り換え時間を挟んで18時33分に黒磯行きは発車した。
グリーン券は、沼津から黒磯で買ったが、列車の都合で熱海から宇都宮までのグリーン車利用だった。
グリーン券代950円で4時間弱の快適な移動が出来たので、疲れも少しは減らせただろうと思う。
黒磯には19時26分に到着した。
もう外はすっかり真っ暗である。
今日は日の出前から電車に乗り、日が暮れてもまだ電車に乗り続けているという何とも奇妙な1日である。
黒磯では7分の乗り換え時間で、19時33分に福島行きが発車。
いよいよラストスパート、みちのく路を北へ北へと急ぐ。

大阪を出てから約15時間半、21時30分に金谷川駅に到着した。
もう夜の闇も深くなっている。
こうしてディープ大阪を巡る弾丸旅行は無事に終了した。
今まで知らなかった関西に足を踏み込み、とても楽しかった。
今度は、神戸、京都にも足を伸ばしたいな、と思う。

(おわり)


最後に
今回は1ヵ月前に思いつきで大阪行きを決めました。
飛行機、新幹線、高速バスなど様々な交通手段を検討しましたが、「金はないが時間はある」という学生の身分を生かして、青春18きっぷでの旅行をしました。
東京からではなく福島から出発して、福島に帰って来る、ということに重点を置き、実家のある埼玉へは寄らずに素通りしました。
しかし、福島に戻った翌日には再び青春18きっぷを片手に東北本線で埼玉へと向かいました。
埼玉と福島とは在来線で片道4時間の距離で、往復にすると8時間にもなりますが、一度福島に戻って良かったと思います。
やはり今住んでいるのは福島ですし、私は福島が大好きです。
一晩でも自分のベッドで休み、エナジーをチャージして帰省できたのでとても気持ち良かったです。
今回のDeep Osakaでは、丸1日私に付き合い、大阪を案内してくれた友人あつさんに、本当に感謝します。

ありがとうございました。

Deep Osaka (中)

13時過ぎ、北千里駅から阪急電車に乗って梅田へと元来た道を戻った。
梅田から環状線に乗り、今度やって来たのはコリアタウンの広がる鶴橋。
こちらで焼肉をいただこうと思って来たのである。
JRの駅を降り改札を出ると、そこは焼肉店の看板だらけ。
店の外では片言の日本語を話すガールやボーイが客引きをやっている。
定番と思われる一帯を1周2周と周ったがピン!とくる店がなかったので、線路の反対側へと向かうがこちらにお店はなく、ガード下にメニューを出したお店があったので、ちょっくら足を踏み入れてみた。
昼の時間帯が終わったためか店内は空いていて、店員さんにまだ営業しているかを尋ねると、あと15分で注文を打ち切ると言われたので、この店で昼食を取ることに決めた。

15時前に入った鶴橋駅の高架下にある焼肉店は、コックもウエイトレスも全員朝鮮人だった。
焼肉はおいしく、店員の対応も半島の文化特有の温かいおもてなしで有意義なひとときを過ごすことができた。
遅めの焼肉ランチを終えて、少し辺りを散歩しようと鶴橋駅界隈の商店街へと足を伸ばす。
少し駅から離れたところにコリアタウンは広がっており、そこはハングルの看板であふれていた。
壁には「大統領選挙に投票しよう」と書かれたポスターも貼られており大変驚いたが、まだ「金正恩将軍様万歳」と書かれたポスターではないだけショックは小さかった。
商店街は全体的に薄暗くじめじめとしており、キムチの材料を扱う店は生臭い独特の臭いが鼻を突いた。
店の軒先で話す人々は朝鮮語が主で、韓国で日本人相手に商売をする商店街へ来たのかと錯覚するほどコリア化が進んでいた。

鶴橋の在日朝鮮人の街を視察した後は、大阪の橋下市長が補助金の打ち切りを宣言している人権博物館の見学を予定していたが、閉館時間が迫っていた為に急きょ見送りとなり、代わりに日雇い労働で有名なあいりん地区の現地指導に入ることを決めた。

17時。
鶴橋から環状線で4つ目の新今宮駅で下車。
駅の北東方向には通天閣が見える。
東には世界の大温泉「スパワールド」があり、我々は南に広がる釜ヶ崎(通称あいりん地区)に足を踏み入れる。
辺りはまだ明るかったが、1日の仕事を終えた労働者たちで街は賑わっており、彼らの怒りを買わないようなるべくジロジロ見ないで地区内を歩いた。
雑に敷かれた電線、ただ広いだけの道路、目的もなく突っ立っている人間、ゴミや汗など様々な臭いの混じった空間、柄の悪い雰囲気など、そこは発展途上国と同じであった。
これで道端に牛の1頭でもいればインドと同じである。
日本の指折りの大都市で、このような場所があることに驚きを隠しきれなかったが、そういう生活をしている人間を見ることは、途上国を回って免疫がついていたので幾分ショックは和らいだ。
もし途上国の現実を知らずにここへ来ていればさぞかし驚いただろうが、逆に途上国との比較も出来なかっただろうから、どちらが良かったのかはわからない。
ただ、あいりん地区の現実は、想像していた以上に厳しいものだった。
通りには、インターネットが使用でき冷房完備の個室で1泊1000円程度のビジネスホテルが並んでいる。
もちろん温水のシャワーが出ることだろう。
自動販売機の缶コーヒーは50円。
お弁当は100円。
しかし炊き出しもやっているので、食事代はタダ。
この物価は、下手な発展途上国よりも低いと思われる。
後日この近辺の給与水準を調べたが土工は弁当付きで日給1万円らしいが、なかなか仕事に就けないらしい。
プライベートガイドの友人によると、あいりん地区における結核の感染率はアフリカと同等レベルで、咳をしている人には気を付けるべきだ、とアドバイスをもらった。

18時。
あいりん地区の現地指導も一段落したので、JRに乗って難波へと移動した。
大阪は地下街が非常に発達しており、午前中の梅田につづき難波もとても長い地下街が広がっていた。
この地下街にあったauショップでスマートフォンの充電の為にケータイを預け、その間に難波から少し歩いたところにある日本橋へと向かった。
大阪の日本橋は、東京の秋葉原と同じで、電気街からオタクの街へと変貌を遂げた街で、通りを歩いている客層や雰囲気は正にアキバだった。
日本橋散策を済ませた後は難波の地下街にあるバーで1杯の休憩を挟み、再び梅田へと戻った。

20時。
大阪最大級の高級飲食店街である北新地に、友人いきつけの焼き鳥屋があるというので案内してもらう。
そしてそこのお店で歓迎会を開いてくれる。
ビールは僕の大好きなキリンビールで値段もお手頃、焼き鳥と刺身はこの上なく美味しく、どんどん箸が進む。
あっという間に時間が経ち、そろそろ最終電車の時間も迫って来たので、名残惜しくも店を後にすることとした。
夕食会の後は、ホテルでくつろぐ、わけではない。
これからディープ大阪のクライマックスが待っているのである。

深夜の環状線で梅田から天王寺へと移動する。
まずやって来たのは天王寺駅からほど近い西成区の飛田遊郭。
通称は飛田新地。
ここは『飛田新地料理組合』が管理する日本最大の遊郭である。
日付も変わる頃という真夜中にこのような料亭街に入るのはチャレンジャーだが、期待に反して客引きはいなかった。
はじめ駅から歩いて来てなかなか料亭街を見つけられず、街があまりに小さく通り過ぎてしまったのではないかと不安になったのだが、それは高い壁に阻まれ巨大な空間であった。
飛田新地は、北から「青春通り」「メイン通り」「大門通り」「妖怪通りその1・その2」となっており、青春通りの料亭は若い女性が主で、妖怪通りの料亭は良いサービスを提供できる女性が多いそうだ。
インターネットには、生活保護の支給日後などは混雑すると出ていた。
現在も料亭として営業している鯛よし百番は、大正中期に遊郭として建てられた建物を使用しており、国の登録有形文化財となっているが、依然として飛田新地は観光地ではないので、そこをわきまえないと黒い人に痛い目に遭うと言われている。
実際に歩いてみて、付近の再開発された高層ビル群から予想もつかないような大正時代の風景が広がっていた。
ガス灯こそないものの黄色の街灯が異様な雰囲気を醸し、葬式で見かけるような大きな提灯が各料亭の玄関につけられていた。
一軒一軒の料亭には女の子の名前が付けられており、それはもう本当に独特な空間であった。
そして頭を上げて斜め上を見ると天王寺の高層ビルである。
平成と大正。
長く閉ざされ観光地化という道を歩まず、男の本能に訴えかける独自の路線で歩んで来た故に、現代まで伝統として残ることができたのだろうと感慨深くなった。
歩いていると時折、店からオヤジが出てくる。
目を合わさぬよう恐る恐る観察したが、それはすっきりした顔であった。
深夜の飛田新地を歩くことができたのは、とても素晴らしい経験となった。

(つづく)

Deep Osaka (上)

2012年8月8日。
大学3年生の夏。
僕は、2年前の春にケニアで知り合った、大阪の友人の所へ行くことに決めた。
前日の8月6日まで大学は期末試験期間。
そのあと12日には祖父の7回忌という法事が控えており、それまでには埼玉の家へと戻らなければならなかった。
しかも大阪行きを決定したのは1ヵ月前。
航空券の早割チケットは取れず、夏休みということもあり深夜の高速バスは値段が張っていた。
仕方なくJRの普通電車が乗り放題の「青春18きっぷ」で、しかも現地滞在1日という強行で向かうことにした。

8月7日の夕方。
金谷川を17時35分に発車する上り黒磯行きに乗る。
先頭車両に乗ったのは、戦争状態となる黒磯での乗り継ぎを有利にするためで、電車に乗ると案の定、大型のスーツケースを抱えた旅行客で賑わっていた。
普段でもこの時間帯の電車は高校生で大変混雑しているので、特に不満を持つことなく本と1日分の着替えを入れたバッグを網棚に乗せて吊革につかまる。
ちょうどそこに学生団体の企画で交流のある大学の先輩が乗ってきて、郡山まで話題が尽きることなく話が弾んだ。
話をしながらも時々車内を眺めると、お弁当を食べたり、化粧を直したりする乗客もいる。
あちらこちらから遠方のいろいろな地名が耳に入り、夏休みであることを実感する。
都会の客はよく車内で弁当を食う客なので、楽しい。
しかし地元の客は車内でマクドナルドを食べるので、弁当は臭いが出ない分、都会の客は上品だな、と思うのであった。

金谷川から35分ほど経て電車は郡山に到着した。
郡山で地元の住民は入れ替わるが、席に座っている大型スーツケースを抱えた大半の旅行客は、そのまま黒磯へと向かった。
そして19時23分に黒磯到着。
ここが東北と関東との境界になっており、予想通り“黒磯ダッシュ”と呼ばれる戦争が勃発した。
このような戦争は、青春18きっぷが使える期間、地方の乗り換え拠点駅で発生する。
2時間3時間と同じ電車で移動してきた18キッパーが、その乗り換え駅からまた長時間同じ電車に乗るために、座席の確保は大前提で、より条件の良い席を確保しようと、走って移動するのである。
しかも地方の電車は、2両から4両編成といった短い車両なので、倍率は尚更高い。黒磯といえば栃木県は那須高原の奥に位置し、普段は数える程の客しか利用しない。
僕は、東北本線の移動は慣れたもので、座ることさえ出来れば彼氏と彼女との間に割ってでも座れるので、特に急ぐつもりもない。
改札を出たところにあるニューデイズでおにぎりを調達しようと考えていたが、ホームがあまりにごった返した上に、乗り換え時間も短かったので諦め早々と宇都宮行きの電車に乗り継いだ。
そして8分後に発車する黒磯19時31分発の宇都宮行きに乗車する。
ロングシートの真ん中あたりに座って読書。
20時21分に宇都宮到着。
同じホーム向かい側に停車していた20時24分発の上野行きに乗り換え、ここからは首都圏入り。
上野には22時08分に到着し、山手線と総武線を乗り継いで御茶ノ水へ。
吉野家の牛丼で腹を満たしたら中央線で東京駅へ。
東京駅のトイレで歯磨きをして、23時10分発の快速ムーンライトながら大垣行きに乗車した。
快速ムーンライトながら号は、東京と大垣とを走る夜行の快速電車で、普通乗車券と指定席料金だけで乗車できる。
倍率が高いために、1ヵ月前の午前10時、発売と同時に売り切れることが多く、僕はえきねっとで予約して購入した。
このムーンライトながら号は5年前に一度利用したが、あの時とは車両や時間、停車駅も変わっていた。
今年の夏は、東京を出ると品川、横浜、小田原、沼津、静岡、浜松、名古屋、岐阜、そして終点の大垣のみ。
発車の約10分前に乗車が始まり、僕は指定の席に着いた。
するとまもなくスーツケースを持った男子学生3人が乗って来て、1人が僕の隣に座った。
隣がキモいオタクだったら嫌だな、と思ったが幸運なことに爽やかな学生であった。
女性ではなかったのが残念だったが、一晩を隣で過ごすには十分満足である。
東京駅を定刻で発車し、隣の学生と話を始める。
彼らはよさこい踊りのサークルに所属していて、今回は高知で開かれるよさこい祭りに出るためにムーンライトながら号に乗っているのだという。
都内の大学で素材を研究しているという彼と、今回の旅行の計画から、大学での勉強の話、サークルの話、恋愛の話とたわいもない会話が続いた。
その間にも列車は、品川、横浜、小田原、沼津と停まり、沼津を出たところで浅い眠りに入る。

翌朝8月8日。
午前5時前、明るくなった窓の外に心地の良い列車の揺れで目が覚めた。
あと30分もすれば名古屋に到着である。
隣の彼も目が覚めたらしく、簡単な朝のあいさつを済ませる。
そして5時24分に定刻で名古屋を発車、終点の大垣には5時53分に到着したところで一期一会となった彼とは分かれた。
その後日、Facebookで僕のアカウントに友達申請をしてきたのは、一夜を隣で過ごした彼だった。
プロフィールを見るなり、なんと同じ高校だった。
しかも同じ学年。
つまり同級生だったのである。
一期一会のつもりだったが、これから長い付き合いになりそうである。

大垣に到着した僕は5分の乗り換え時間で、大垣を5時58分に発車する網干行きの普通電車に乗る。
早朝ということで地元の乗客はほとんどいないように見え、ムーンライトながら号に乗って来た東京や大阪の客で、車内は標準語と関西弁とが各々飛び交う微妙な空間が広がる。
すっかり日の昇った車窓の外を眺めながら、今日は長い1日になるだろう、と思って気合いを入れる。
関ヶ原を越え、列車は6時31分に米原着。
同じホーム向かい側に停車していた、米原6時36分発の新快速姫路行きに乗り換える。
そして朝の通勤電車に揺られ、8時05分に新大阪駅に到着した。

新大阪駅で降りた僕は改札口を出て、2階にある郵便局へと向かった。
そこでは8時15分に、大阪を案内してくれるプライベートガイドと待ち合わせていたのである。
駅員や土産物売り場の店員に郵便局の場所を聞きながら、広い駅の中を探す。まもなく、それほどの苦労もなく郵便局が見つかった。
しかしまだプライベートガイドの友人は見えておらず、ゆうちょATMで現金を引き出す。
ATMでお金を下ろして通路に出ると、友人は到着していた。
5ヵ月ぶりの再会である。

まずは新大阪駅の正面口へと向かった。
東京駅から5分おきに出ている東海道新幹線で、毎日多くの人がこの新大阪駅へとやって来る。
正面口はとても広く、適度に古いながらもきれいに整備されたエントランスの前には、ビジネス客の利用を待機するタクシーが並んでいた。
駅前には幾つものビルディングが林立し、まさに都会そのものである。
そしてこの正面口から、駅の反対側の出口へと向かうのだが。
どう行っても駅の中を通って反対側へとは行けない。
やっと見つけた改札口の横から延びる細く人気のない通路を進んだ先に、新大阪駅東口はあった。
とても新幹線の、それも東京駅と並ぶ駅の出口とは思えない程の人気のなさ。
時々通るのは、駅員だけ。
そんな新大阪駅東口を出ると、そこには被差別部落があった。
そう、今回の大阪は、ディープ大阪。
同和、在日、生活保護、遊郭を考える目的があるのだ。
そして、その問題について深く理解し、安全に現地を見学するために、僕のプライベートガイドが大阪を案内してくれるのであった。

新大阪駅東口から西淡路一丁目へと出る。
ここには市立東淀川人権文化センターと名付けられた同和向けの公民館が用意されていた。
掲示板を見ると、料理教室や手芸のイベント告知がなされていたが、実体はいかなるものかは分からない。
正徳寺、市営日之出北住宅を見ながら西淡路小学校へ向かう。
ここの小学校は、悲惨だった。
規模は小さな学校で、正門のところには龍の置き物が。
そして龍の前には、こんな話が書いてあった。
「昔むかし龍がいて、龍の扱いはとても難しく、龍はみんなから嫌われていた。しかし、龍は空へと飛んで行くことができた。」
周囲には所々にボロ屋がある。
帰ってから地図を開くと、西淡路小学校のすぐ近くには、規模の大きな淡路小学校があった。
間には特に大きな道路や川を挟んでいるわけでもなく、これほど近くに小学校が建っていることが、おそらく予想できた。
それから新幹線の高架下を少し歩き、東淀川駅近くの跨線橋を渡って新大阪駅へと戻った。

9時半、新大阪から環状線に乗って大阪駅へ。
昨年改修工事の終わった大阪駅は、天井が高く近未来的な駅舎にと様変わりし、改札を出て少し行ったところにある立ち食いそばのお店で、モーニングAセット(うどん)を注文。
関西のあっさりとしたつゆがおいしかった。
その後、大阪が世界に誇り日本一と自負する梅田の地下街を歩き、中之島へと出る。
朝日新聞の建設中のホールを右手に見ながら、日本銀行大阪支店、橋下市長にいる大阪市役所と眺め、大阪府立中之島図書館の中に入る。
中之島図書館は、住友吉左衛門の寄付により、外観はルネッサンス様式、内部はバロック様式を基本とした格調高い建築である。
この図書館で調べたかったのは、大阪の差別に関する歴史を著した文献。
殺人的な冷房に当たりながら、同和に関連した書籍をあさる。
出版元の多くは人権を掲げた団体であり、内容も陳腐なものであったが、現在の人権教育というものがどのような形で行われているかを知るには十分であった。

11時に中之島図書館を後にし、梅田から阪急電車に乗ること30分。
やって来たのは日本で最初に自動改札機が設置されたことで有名な北千里駅。
千里ニュータウンの北の玄関口であるこちらは、高級志向の閑静な住宅街。
駅の改札を出ると、プライベートガイドの友人がチャーターしてくれたハイヤーが待機してくれていて、丘の上のニュータウンを車で回ってくれた。
途中、大阪大学の内部にも案内してもらい、その広大な敷地と充実した立派な設備にはさすが第一級の国立大学であると感動した。
大学の後は、モノレールの線路を挟んだ向かい側にある豊川という被差別部落の地区も案内してもらったが、こちらは閑静な住宅街とは一転、農村部の貧困な集落が残っていた。
大阪市内から離れているだけに、朝一番に見学した新大阪駅裏手に広がる西淡路1丁目よりも荒れている印象を受けた。

(つづく)

山形冬紀行その4

土曜日の始発電車で福島を出発し、山形県に入って冬の山寺を参拝してから、NHK連続テレビ小説「おしん」の舞台となったことで一躍脚光を浴び、全国的にその名を知られることになった尾花沢市の銀山温泉へとやってきた。

銀山温泉へは、山形新幹線のJR大石田駅から路線バスが出ている。
約40分ほどの距離で、運賃は片道690円。ちょっと高めの設定のような気もするが、これしか足がないので仕方がない。

山形駅を14時45分に発車する普通電車で、15時39分に大石田着。15時55分のバスで定刻16時31分のバスだった。
途中、車窓から眺める景色はやはり雪国。道路の両脇にはバスの車体よりも高いのではないかというほどの積雪量。以前、夏に北海道へ出掛けたことがあったが、その時は道が広いのでびっくりしたが、冬場のことを考えると広い道路もうなずける。


イメージ 1
(銀山温泉バス停)

この銀山温泉のバス停、待合室が昭和って感じでいきなりの昔オーラに感激。
中には木製の腰掛けと公衆電話が置いてあり、携帯電話が普及する前にタイムスリップした感じだ。
あまりのテンションの高まりに、財布から105度数のテレフォンカードを出して、公衆電話に挿入してみた。
何年ぶりに使っただろうか。
「59」度数、残っていた。
というよりかは、この公衆電話ちゃんと使えた。

私も105度数のテレフォンカードが残り59のところで携帯電話の生活に変わったのかぁとしみじみした。


イメージ 2
(共同浴場の脱衣所)

銀山温泉にやってきてまずは夕暮れの写真を撮り、つづいて入浴。
有名な銀山温泉とは、いかほどのものなのか。

ここで困ったことが発生。
銀山温泉には共同浴場が二つあり、一つは最近できた「しろがね湯」、もう一つがこちらの「大湯」。
しかし「しろがね湯」の方は、午後5時以降は地元の人オンリーなのだそうだ。
時計を見ると午後4時50分。まだ5時前だから大丈夫かなぁって「しろがね湯」へ行ってみると、おじいちゃんに「ダメダメ」って言われた。
『なんだい』って思って「大湯」の方へ行くと、こりゃひどかった。
インドへ行った時の国鉄の駅にあったシャワーの次くらいにヤバかった。日本の有名観光地にこんな浴場があるとは思わなかった。
外気零下の中、脱衣所はドア1枚挟んだだけでヒーターは、なし。しかも床はずぶ濡れ。
浴室は3人がやっと入れるほどの小さな浴槽。シャワーは熱湯と水の調整が超難しいものが1つだけ。
挙句の果てに天井からは冷たくなった滴がポタポタ、身体に冷たく当たる。

幸いなことに自分以外誰も客がいなかったので好みの温度に調節して入浴することができたが、これはひどかった。
地元の人は暖房の効いた新築の共同浴場でゆったりしやがって、銀山温泉は観光客には厳しいところだなぁと思った。
と言うのも、私はよく福島市郊外の飯坂温泉へ行くのだが、こちらは共同浴場が9つもあり、入浴時間も早朝から深夜まで対応している。もちろん地元客と観光客の区別などしない。
脱衣所には冬はヒーター、夏は扇風機が動いている。

銀山温泉は山形の山奥なだけに、まだまだ遅れているなぁと思って浴槽を出た。
今度は共同浴場ではなく、ちゃんと宿泊してのんびりと一夜を過ごしたいと思う。


イメージ 3
(共同浴場「大湯」浴槽)


温泉自体は含食塩硫化水素泉ということもあり、硫黄のにおいが強くぬるぬる感がなかった。
飯坂温泉の単純温泉に慣れてしまった僕の身体は、強い温泉では刺激がありすぎた。


イメージ 4
(温泉街)

夜になり吹雪いてきた。
銀山温泉の温泉街自体はそれほど大した規模ではなく、あまり期待しすぎると落胆するが、前もって「大したことないよ」と聞いていた自分にとっては逆によく見えた。
思っていたよりは風情があって、わざわざここまで来たかいがあったと思った。

そういうことであらかじめ銀山温泉には2時間の滞在時間しか入れておらず、これではちょっと不足も感じたがお土産屋に寄ることもなく無駄な出費を抑えることが出来た。


バス停に戻り、待つこと5分。
まもなく大石田駅行きの最終便がやってきた。
18時21分の便は数分遅れ、僕だけを乗せて出発。終点まで貸し切りだった。
予定では駅に18時51分に着き、18時59分発の「つばさ」158号に乗る予定だったが、温泉から数分遅れだったので半ば諦めていた。
そうしたらなんと路線バスが突如、普通のガソリンスタンドに寄るではないか!
運転手さんスタンドの店員に向かって「満タンでねー」とかって叫んじゃって、『あの、僕これから福島帰るんですけど…』って。笑
それで乗客(←僕一人)に向かって「ちょっとガソリン入れて行くから」って一言。
土曜日の夜だし、雪すごいし、客一人しかいないから、まぁ良いんだけどね、この自由さには感激した。
なんでも効率化が求められる時代に、運賃を支払うお客様を車の都合で振り回すっていうのは、インド以来の体験で、逆に日本でもまだ残っていることにホッとした。デジタル化の時代に何でもきれいに見せることだけに終始し過ぎなんだよ、って思う。

ちなみに話は少しずれるが、宮城県の某大手バス会社の末端路線では、「今日も人いないだろう」って言って路線バスが指定されていない道路をワープするような体験をしたという知人もいる。
こういう自由さが豊かな社会を築くのではないかねぇ。

さて、ガソリンスタンドに立ち寄ったバスは最初の遅延5分に加え、10分ほどが加算されて15分遅れで大石田駅に到着。

もう山形線では福島まで行けないので、羽前千歳まで普通電車で行き、そこから仙山線に乗り換えて仙台を経由して福島に帰った。


イメージ 5
(仙台駅)

大石田19時27分に発車し、羽前千歳20時15分着。
山形線から仙山線に乗り継ぎ20時25分に羽前千歳を発車。山形県から宮城県に入り、仙台には定刻21時30分のところ、雪の影響で5分遅れ。
駅前の吉野家で牛丼でも食べようかなぁと企んでいたが、時間が押しているのでNEWDAYSでおにぎりを買って車内で。
福島まで行く最終電車の仙台21時58分発松川行きで、23時40分に金谷川へと戻って来た。

(おわり)

山形冬紀行その3

寒河江からとんぼ返りして、山形14時45分発の新庄行きに乗車。
午後の鈍行列車に揺られて心地よい空間が広がる。山形線は、普通列車と山形新幹線「つばさ」号が走るので線路が良く、乗り心地が良い上に途中駅でつばさの待ち合わせがあったりと、首都圏の鉄道と感覚が一緒である。
天童、さくらんぼ東根、村山と進み、15時39分に大石田駅に到着。


イメージ 1
(大石田駅)

さすが新庄の近くまで来ると、積雪量が半端ではない。
駅前は融雪装置が入るようだ。


イメージ 2
(大石田駅の案内板)

この小さな改札口から、東京へダイレクトにつながる。


イメージ 3
(尾花沢市役所)

大石田駅前から尾花沢市営の銀山温泉行き路線バスに乗る。
市営バスということもあり、しっかり市役所前を通る。
市役所の雪かき風景をはじめて見た。
発展途上国では水へのアクセスが悪く生活が向上しないのと同じように、雪国でも雪の降らない地方と比べて生活する上での仕事量が多いので、負担となり格差につながっている。
積雪対策を施した建物や、除雪費用などいろいろと出費がかさむ。


イメージ 4
(路線バスより)

バスの車内から前方を走るダンプカーを見つける。
雪は解ければ水となり消えてしまうが、固まりであるうちはダンプカーまで出動させないといけないというのは、こわい。


イメージ 5
(銀山温泉)

バスに揺られること40分弱。
念願の銀山温泉に到着した。

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