ここから本文です
北海道の中年鉄ちゃん(そろそろ初老?)の戯れ言日記
変なゲリラ的記事を時々織り交ぜながら、6月のブログ終了まで国鉄時代の写真を再掲させていただいてます。

書庫全体表示

記事検索
検索

全587ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

あんまりだ…

イメージ 1

おはようございます。
82レにスカされ、2093レにもスカされました。
何のために三脚持って午前2時半からうろついてたんだか…。あんまりだわ。



追伸です
4:58、恐らくは遅れ?時変?の2093であろう貨物が追分を通過していきました。
慌てて撮りはしましたが…未練がましく?ウロウロしていて良かったのかしらね?菜の花全然絡まなかったけど…。

イメージ 1

いい感じでした。
もう少し、このまま飲み続けようと思います。
弱火万歳!

ハタハタと氷下魚

イメージ 1

肉の消費は若いのに任せました。
炭の威力が落ちかけてきている絶妙な加減で、炙っております。

あぁ、肉よりも魚が美味い…ジジイになったなぁと。

若い連中が去り、酒を片手にポチンと独りで魚を(肴を)炙っているのんべタレでございます。

こういう時間がやめられない…。

最北の地、稚内へ札幌から行くには急行「宗谷」か「利尻」・・・ってな、妙な常識?があった中で、実は一番使い勝手があった急行列車とは・・・

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3
303D 急行「天北」

天北線回りで、多少時間は余計にかかったけれども・・・・札幌駅を午前中に発つダイヤは、明らかに稚内趣向でのセッティングでしたね。
実際、天北線回りながらも、足は決して遅い方ではなかったようです。

この当時、「天北」の後部2両は稚内到着後に、急行「礼文」として旭川へ走り、翌朝早くに再び「礼文」で旭川から稚内に戻って、またまた「天北」として札幌へ戻るというスーパー運用?を誇っておりました。

「宗谷」の陰に隠れながらも、実は利用客が結構多かったんですよ・・・ま、もっとも「これを逃したら、しばらくあっちに行く汽車がない」ってな実状もございましたが。

やはり「天北」は、14系客車よりキハ56系の方がずっと似合うと思う私なのでありました。キハ400系は微妙なところですなぁ。

イメージ 1
釧網本線 混643レ 浜小清水〜北浜
高校2年の春休み、道東フリーきっぷを握りしめ、はるか釧路・網走まで出かけたメインの列車って実はこれでした。

DEは予定どおり重連で来てくれましたが、肝心の貨車はなし・・・・見た目は普通の荷物車併結の普通列車と・・・ひどく落胆したことを覚えております。

浜小清水駅で下車して、冬期休業中?の原生花園駅方向へ道路をテクテクと・・・・海から吹き付ける風は果てしなく強くて寒くて・・・その試練に耐えて待った末にやって来たのがコレと。

まぁ、今となってはいい思い出です。行って良かったと素直に思います。

全587ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事