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『草祭』/恒川光太郎/新潮文庫


別れは突然やって来るものらしい。中学三年生の初夏、ぼくの親友椎野春が行方をくらました。春の父親からの電話に、ぼくは妙な胸騒ぎを覚える。

ひょっとしたらあの場所ではないか。小学校五年生のある日、同級生と語らって他校の上級生相手に喧嘩へと出向いた頃を思い出した。

散々に負かされて、春と二人きりで逃げたあの日、ぼくたちは不思議な場所へたどり着いた。目に見えない、確かに何かが存在しそうな広い野原。春はそこへ向かったのではないか。

<けものはら>と呼ばれているその地をただ一人ぼくは目指す。案の定そこには、家出をしたかに思われた春がいたのだが。ー「けものはら」

七年前のあの日、私は美奥の町にたどり着いた。幼い一人娘を置いて。ふとしたきっかけで、私は長船さんという五十近い男性と出会う。男女の関係ではない。

行く所がないのなら、家に来ないか。長船さんの言葉に甘えた私は、以後奇妙な同居生活を送ることになる。時々訪ねてくる長船さんの妹に、二人の仲を疑われながらも。

男女の関係にならずとも、長船さんに想いを寄せる私。その気持ちは、いつか一緒に海外へ行ってみたい。そんな言葉となって表れるくらいだった。

ある日、私は長船さんと共に彼の実家を訪ねる。両親が亡くなってから、もはや誰も住んでいない空き家。そこには自分が、少年時代から精魂傾けたもう一つの町が存在する。

子供じみた彼の言葉に戸惑いつつも、共に訪ねた私は夢のような場所を目の当たりにする。ー「朝の朧町」

どこにあるとも知れない町<美奥>。そこではさまざまな奇妙な出来事が起きていく。母親に無理心中を強要された結果、少年が行き着くことになった結末。

夫が殺されるという壮絶な過去を抱えた女の、流れ着いた先の行き先。<美奥>の町で起こる出来事は、どれほど奇妙でもやがて川の流れのように消え去っていく。

この不思議な町を舞台とした五編から成る連作長編。読後、そのスケールの大きさに茫然とするであろう。

mixi2018年10月28日より転載


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永遠の今日

『秋の牢獄』/恒川光太郎/角川ホラー文庫


それはいつからだったのだろう。女子大生の藍は、同じ日を繰り返し体験していた。

いつまで経っても十一月七日の水曜日を重ね合わせるように過ごしていった。

本当ならテレビに出られるんじゃない?のんきに返してくる友人の、繰り返される行動にうんざりしながら。時には何か奇跡でも起きるかと、普段は行かない回転寿司屋に入ったりした。

繰り返される十一月七日を過ごすうち、藍は隆一という青年に出会う。彼女と同様、同じ日を過ごしている「リプレイヤー」だと称する隆一は同じ仲間を紹介していく。

仲間を得たことで安堵した藍は、彼らと共に旅行へ行くなど楽しい一日を過ごしていく。だが、やがて仲間が一人、また一人と行方をくらます事態が巻き起こる。ー「秋の牢獄」

春の夜、ぼくは道に迷った。酔っていたせいかと思った。しばらく歩いているうちに、一軒の民家を発見する。そこには翁の面を被った男が一人住んでいた。

「私はずっと待っていました」

ぼくに長々と身の上話をしてきた翁面の男は、それを最後に掻き消えてしまった。残されたぼくは、家から出られなくなってしまった。

男の言う通り、身代わりになったことで家に取り憑かれてしまったのだ。脱出する方法はただ一つ、日本全国に移動するこの民家に近づく者を招き入れること。

だが、行く先々で民家の正体を知る人々は近づきこそすれ、中へ上がり込もうとはしなかった。

このままではあの翁面の男のように、長い年月を民家と共に彷徨わなければいけなくなる。

焦燥に駆られる中、海の近くに移動した際に事情を知らぬ男に出くわしたぼくはようやく。ー「神家の没落」

もしもある日、一日がまるで変わらぬままだったら。もしもある日、古い民家に彷徨い込んで日本全国を移動することになったら。

もしもある日、思わぬ能力を持ったがために自分の未来が決定されてしまったら。三つのもしもをそれぞれの物語にした、未曾有の短編集。



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mixi10月25日より転載

僕は弟を売った

『夜市』/恒川光太郎/角川ホラー文庫


裕司は高校時代、野球が上手くて有名だった。そんな裕司が高校を退学してから数年。彼といつの間にかつき合っていた女子大生のいずみは、初めて一人暮らししているアパートへ行く。

幾ばくかの不安と期待を滲ませながら訪問した。夜市(よいち)に行かないか。裕司の一言に、彼女は特に考えることもなしに承諾する。

夜市。それは普通の人間が足を踏み入れると危険な場所だった。この世の者でない人外の者たちが巣食う市場。案の定二人は帰れなくなり道に迷う。

市場の売人がこう告げる。ここでは何かを買わないと、元の世界には戻れない。君たちは何を買うつもりだ?

売人と会話をしているうちに、裕司は恐るべき過去を話し始める。自分は昔、この夜市で弟を売り飛ばした。ー「夜市」

何故あの日、私は古道に足を踏み入れたのだろう。まだ七歳でしかなかった私が迷子になった。その時出会った女性の言葉に従い、古道を通じて家に帰り着いた。

古道のことは誰にも話してはいけないよ。自分自身に誓ったはずなのに、秘密を洩らす時が来てしまう。

十二歳の夏休みに、私はうっかりと親友のカズキに古道のことを話してしまう。行くことを躊躇う私に、

「おまえ嘘つきだからなあ」

心ない一言に腹を立て、自らの名誉のために私はカズキと古道へ再び入り込む。だが、どこへ進むべきかわからず道沿いにあった茶店に飛び込んだことが二人の運命を変える。

ここは君たちが来るべき場所ではない。牛車で旅をしていたレンと名乗る若い男についていく形で、私たちの旅が始まる。ー「風の古道」

第十二回日本ホラー小説大賞を受賞した表題作と共に、現世とは違う別世界について描いた二つの作品。

それぞれの別世界観が巧みに描かれていて、著者がデビューした当時から独特の世界観を構築していたことに驚かされる。

二編どれも味わい深く、同じ創作者として手本にしたいほどだ。恒川光太郎という作家を語る上で、必ず読んでおきたい一冊。

mixi2018年10月21日より転載。

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風わいわいとの日々

『雷の季節の終わりに』/恒川光太郎/角川ホラー文庫

ここではないどこか。地図にも載っていない隠れ里「穏(おん)」で暮らす少年・賢也は、雷の季節に姉が行方をくらまして以来、自分がここに住むべきでないという疎外感を味わう。

穂高という、どこか男っぽい雰囲気を湛えた少女と仲良くなった賢也はようやく物寂しさから解放されたかに見えた。

が、穂高たちと秘密で探索した墓町という場所へ行ったのがきっかけで、彼の日常は微妙に変わっていく。

お前さんには何かが取り憑いている。恐らく風わいわいだ。謎の老婆からそのようなことを言われた直後から、少年は墓町を一人でうろつくようになる。

墓町には厳しくもどこかのどかな優しさを湛えた闇番をする男が、毎晩のように訪れる賢也を黙認していた。

墓町。ここは黄泉の国ともいうべき場所であり、生者のいる「穏」とは一線を画していた。

何者も通わない静寂の一夜もあれば、この世に未練を遺した死者が己の居場所を求めてさまようこともあった。

闇番の職務は、いわばさまよえる死者たちが「穏」へ舞い戻ろうとするのを未然に止めるものであった。

非日常的でどこか他人事にしか見えない光景。賢也が毎晩目撃する墓町の情景は、あくまでも傍観者としての日常に差し障りのないもののはずだった。

歯車が狂いを生じたのは、ある死者との出会いからであった。どこの誰とも知れない人ではなく、賢也と面識がありある日を境に行方をくらました人物。

その死者が、同じ「穏」の人間に殺されたと訴える。その犯人は、賢也も想像していなかった意外な相手だった。

この晩の出会いをきっかけに、賢也少年は開けてはならぬパンドラの箱に我が身を突っ込むこととなる。

「穏」と外界を行き来する渡り鳥風わいわいは、いかなる理由で賢也に取り憑いたのか。彼が物心ついた頃から抱いていた疎外感の正体は何か。

すべての謎を解き明かすために、やがて少年は二度とは戻れぬ旅へと導かれようとしていた。


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mixi2018年9月2日より転載。

私は誰?

『史群アル仙のメンタルチップス〜不安障害とADHDの歩き方〜』/史群アル仙/秋田書店



わが国における大人のADHD(注意欠陥・多動性障害)はどれだけの数になるのか。小生は寡聞にして知らない。

ただ大人の発達障害として認知されるようになったADHDと診断されるまでの著者の悪戦苦闘は、読んでいて身につまされる思いだった。

子供の頃落ち着きがなかったことで徐々に周りからの疎外感に襲われた著者。やがては強烈な対人恐怖症にまで発展し、愛犬だけが信頼できる存在となっていく。

それでも抱いていた漫画家への夢が断ち切れず、愛犬にその思いを話すことで社会性に目覚めていく。

まずは漫画を描くための材料を買わなければいけない。既に中学校を卒業していた著者が、そこからバイトを探し奮闘するまでが大変である。

当時はまだADHDであるかわからず、単なる注意散漫なだけの若者という目で見られていたため多くのミスや叱責の日々だったという。

それでも自らの創意工夫で乗り切った彼女は、本格的に漫画家を目指すため上京する。ここで順調に行けば、そのまま希望を叶えたのかもしれない。が、

「人生、そんな甘くないで・・・」

作中でしばしば出てくるこの言葉通り、著者には試練がこれでもかというくらい降りかかってくる。

まず原因不明の動悸がして働くのが困難になってしまう。仕方なく精神科を受診すると、そこでの診断が後々まで彼女を苦しめることになる。

一人暮らしで働くなんてとんでもない!むしろ実家に帰ってゆっくり静養しなさい。病院を変えてもそのような忠告の繰り返しで、次第に生きる気力を失う。

以前にも増した人間不信とそれに相反する人恋しさ。自傷と被害妄想に悩まされていく著者は、漫画家への道を断念していくかに見えたが。

全編読んでいて、我が事のように痛みを感じる壮絶な内容である。自分の障害の正体がわからず苦しみ続ける彼女の生きざまが、読み手の心を揺さぶる。

現在進行形で、それでも夢を諦めなかった著者のその後に生きる勇気を与えられた。



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2018年6月1日mixiより転載。

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