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押入れの片付けをしているときだった。 紺色のクッキー缶の中から何通かの古い手紙が出てきたので、僕は 片付けの手を休め、思わず手紙を読み返していた。 高校時代のものが中心で、ほとんどが当時のガールフレンドからの 手紙だった。僕がまだ希望に輝いていた時代だ。毎日、明日が来る のが楽しみだった頃。今のように、明日に何の希望も持てず、ただ 惰性だけで一日を終える自分とは違う。 いつからだろう、人生の希望や目標を忘れてしまったのは。 掃除の途中で古い手紙を読み返してしまい時間を忘れるなんて よくある話だが、この話が変わっているのは、その中に一通の不思 議な手紙があったことだ。 差出人 『山口晴香』 ...名前も顔も思い出せなかった。 『こんにちは。突然の手紙で驚いたでしょうね。毎日学校で顔は合 わせているのに、ほとんど話をしたこともありませんものね。』 どうやら当時のクラスメイトのようだが、ずいぶん前のことなので やはり思い出せない。 『突然手紙を出したのには理由があるのですが、信じてもらえるか どうかとても心配です。たぶん信じてもらえずに、この手紙も破って 捨てられ、明日からあなたは私のことを無視するのかもしれません ね。でも、この手紙だけはどうしても書きたかったのです。勇気を 出して書きました。ですから、信じてもらえなくてもいいですから、 とにかく最後までは読んでください。お願いします。』 僕はきっと当時、この手紙に書かれている内容をを信じなかったの だろう。そして、山口晴香という女性を本当に無視するようになった のかもしれない。 『私は小さい頃から不思議な経験をしています。それは簡単に言うと 未来が見えてしまうという経験です。うまく説明できないのですが、 過去のことを思い出すのと同じような感覚で、未来のことが頭に浮か ぶのです。 たとえば、一年前のことを思い出すとするでしょ。北海道に旅行に 行った、途中で財布を無くして大変だった、でも結局親切な人が いて...と、次から次にいろんなことが思い出せますよね。私の 場合、それが未来のことなのです。』 いたずらの手紙かとも思ったが、僕は今再び、この手紙を最後まで 読まなくてはいけない気がした。 『そんな私が、ふと思い出した未来に、あなたが出てきました。未来 を思い出すなんて変な表現ですよね、でもこの表現が一番ぴったり なのです。悪いとは思いつつ、私はあなたの未来をいろいろと思い 出しました。私は普段、できるだけ未来のことを思い出さないように しているのですが(結構辛いのです、未来のことが分かってしまう と...)、今回はどうしても思い出したいと思ったのです。 ごめんなさい。 私が思い出した未来では、あなたはとっても努力して有名な大学に 入りました。卒業後は大きな会社にも就職しました(本当は大学や 会社の名前も思い出したのですが、伏せておきます)。仕事はとても 順調で、あなたは充実した日々を過ごしていたのです。 とても活き活きしているあなたは素敵でした。私もなぜか楽しく なって、更に先のことを思い出そうとしました。ところが、その後 何年かの「未来の記憶」がどうしても思い出せないのです。 再び「未来の記憶」が思い出せたのは、更に何年か先のあなたでした。 あなたはずいぶん変わっていました。 こんなことを、あなたに伝えるのは辛いのですが、続けます。 その何年かに何があったのかは分かりませんが、あなたはとても 無気力で、以前のように輝いた姿はもうありませんでした。 わたしは、とても悲しくて、あなたに以前のような輝きを取り戻して 欲しいと強く願いました』 手紙を持つ手に汗が滲んだ。まだ高校生の頃、今では名前すら忘れて しまったクラスメイトに、自分の人生をこうまで言い当てられていた のだ。 『わたしは、未来のあなたに、現在のような輝きを取り戻してもらい たいと思います。 取り戻してももらわないと困るのです。 あなたの素敵なところは、一生懸命なところ。 あなたの素敵なところは、諦めないところ。 あなたの素敵なところは、強くて優しいところ。 未来のあなたにそれを伝えたくて、こんな手紙を書きました。 最後まで読んでくれてありがとう。 山口晴香』 手紙を最後まで読み終わると、少し元気が出ている自分に気づいた。 こんな昔の手紙に勇気付けられるなんて妙な気もしたが、この手紙 を通して、まだ希望に満ちていた昔の自分が少し取り戻せたのだろう。 この手紙を昔に書いてくれた山口晴香という女性にお礼を言いたい と思った。しかし、高校時代の彼女に手紙を出すことなどできない。 僕は、現在の彼女にお礼を言うことにした。 明日とりあえず、高校時代を過ごした街に行ってみよう。彼女の 足取りを探してみよう。彼女とともに、もうひとつ大切なものが 見つかるかもしれない。 <おわり>
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読んでいて 鳥肌が たちました。 体中で感じました。 すごいことです。 というより 信じがたいことですが 文中の貴方の驚きが、人生の 経過を言い当てられた驚きが うそではないと 思わせてくれます。 是非 その方に お会いしてほしいです。 そして もし 彼女と 再会できましたら その後の お話も 書いてほしいです。 楽しみに 待ってます。
2005/6/7(火) 午後 6:41 [ アーバイン ]
コメントありがとうございます。 この話はもちろんフィクションですが、実際に以前、1通の手紙にとても元気をもらった経験があります。 ウン10年前...その手紙は差出人が書いてありませんでした。
2005/6/8(水) 午前 0:18 [ ペンネーム じゅんた ]
そうすか でも そんなことがおきてもいいのになあ なんて 考えちゃいましたよ。 さすが Novelist
2005/6/8(水) 午後 6:27 [ アーバイン ]
『再び・・・・前へ』このメッセージがダブってきました・・またお話聞かせて下さいね(フィクションは経験によってより深いものになっていると感じます)ご訪問ありがとうございました。
2005/6/10(金) 午後 8:07 [ sakura ]
「フィクションは経験により深まる」ですか...納得! フィクションにも「真実」のメッセージを込めることが出来るのでしょうね。そんなフィクションを書けたらいいな、と思います。
2005/6/11(土) 午後 10:13 [ ペンネーム じゅんた ]