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今日の物語は、少しだけ重くて長いかも・・・・・・です。


     ***     ***     ***     ***

 できるだけ静かな部屋で横になり、目を閉じる。深呼吸を繰り返し、リラックス。頭の中はできるだけ空っぽがいい。しばらくそうしていると、目を閉じた暗やみの先にかすかな光が見えてくる。ここからが肝心だ。かすかな光に全神経を集中させる。頭の先から爪先まで全神経だ。

 次の瞬間、一面霧に包まれた見慣れない景色の中、ポツンと開いたひとつの穴と、その淵に立つ自分に気付く。半径1メートル程。穴の底からは僅かに光が漏れている。穴の中を覗いてみれば、それがとても深い穴だと分かる。しかし、恐れては駄目だ。勇気を出してその穴に飛び込む。

 その間、もはや時間の感覚は無い。1秒か1分か・・・・・・ もしかしたら、もっとずっと長い時間かもしれない。気が付くと、穴の底に何の衝撃も無くフワッと着地している。

 そこは果てしなく広い空間だ。その場所こそが、この方法で辿り着くことができる『心の底』だ。自分自身の心の底。

 心の底は自由に歩き回ることができる。そこを歩き回って最初に気付くのが、穴から漏れていたかすかな光の正体だ。まるで古い8ミリフィルムを襖に投影しているように、ぼんやりと映し出されている映像。心の底のあちこちに、そんな映像が沢山浮かび上がっているのだ。それこそが、心に刻まれた『想い』である。

 映像のひとつひとつには意味がある。心に刻まれた古い記憶であったり、将来の夢であったり、想いを寄せる人の姿であったり。

 僕は幼い頃を過ごした田舎の風景を見つけた。最近では珍しい縁側のある古い民家が映っている。庭先には、泥だらけになって走り回る幼い頃の自分がいた。


 そして、僕にはここで必ず訪れる特別な映像があった。

 その映像は7年前。妻のユリ子が入院して1年が過ぎようとしていた頃だ。妻は既に自分の運命を知っており、そのうえで僕に話しかけた。僕ももはや場を無理に取り繕うことなく、本音でユリ子と向き合った。

「今日はいい天気だな」
「そうね。もう一度こんな日に、あなたと一緒に散歩してみたかったな・・・・・・」
「できるさ。今の医学では無理でも、いつかユリ子の病気も治せる日が来るはずだ。僕は何年でもユリ子と一緒に病気と戦う。もう一度ユリ子と並んで歩ける日までね」

「ありがとう。でも少し疲れちゃった。私はもう、あなたの心の中だけでいいわ」
「心の中?」
「そう。あなたとずっと一緒にいられる場所」
「ユリ子! そんな弱気じゃ駄目だ」
「ごめん。でも、お願いなの。もし私が死んだら、その時には心の中で私と一緒にいてくれる? 独りぼっちは怖いの」
「ああ。約束するよ。だから安心して頑張れ」


 突然映像が変わり、別のユリ子が写し出された。そのユリ子は元気そうな顔をしており、映像はとても鮮明だった。薄れた記憶の映像とは異なる特別な映像だった。

「やあ、ユリ子」
 映像の中の妻に挨拶をする。

「こんにちは」
 ユリ子は答えた。

 ユリ子が言ったように、ここではいつでも元気なユリ子に会うことができた。しかも、心の映像ではユリ子と会話することもできる。

「今日はユリ子に話があるんだ」
「なに?」

「僕はユリ子との約束を守れないかもしれない」
「約束って?」

「実はね。このところ僕は、自分の新しい人生を歩んでみるのもいいかなって考えてしまう」
「それがどうして約束を破ることなの?」

「僕はユリ子とずっと一緒に歩いていくと誓った。なのに、そんなことを考えてしまう・・・・・・」
「アハハ! なに言ってるのよ。あんなの約束じゃないわよ」

「あの時、俺は本気で誓った」
「そうね。あなたは本気で言ってくれた」
「すまない」

「ねえ」
「なんだ?」

「あなたが育った古い家のこと、私に話してくれたよね」
「ああ。懐かしい場所だ」

「その家、今でもあるの?」
「いや。取り壊されて、今ではマンションが建っている」

「家が無くなったら、あなたの想い出も消えちゃった? 全部忘れちゃった?」
「そんなことはない」

「でしょ? 私のことも、想い出の中だけで大切にしてくれればいいのよ。心の扉も開けちゃ駄目。想い出は、想い出らしく大切にすればいいのよ」
「・・・・・・」

「ユリ子! 今の話、聞かなかったことにしてくれ! やっぱり僕はずっと約束を守る」
「もーっ! なに言ってるの!」

 ユリ子は怒っているような困っているような複雑な表情をした。そして次の瞬間、ユリ子は僕の目の前から突然消えた。

 僕は自分の部屋で目を開いた。すぐに目を閉じ、再び心の底を訪れたのだが、不思議なことに何処を探してもユリ子は見つからなかった。

 ユリ子は、僕の心から消えていた。

 ユリ子は僕の心の中でまで、自らを消し去ってしまったのだろうか。ユリ子だって、本当は自分のことをずっと心に刻んでいてほしいはずなのに。

「これじゃあ、7年前と同じだ・・・・・・」


 7年前のユリ子は、先々の闘病生活を憂い、そして何よりも僕への負担を想い、自らの命を断った。


<おしまい>

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が、頑張れー☆超頑張れー☆

全力で物陰から応援しています。

また、コメント書き込みにきま〜す♪♪

2008/6/17(火) 午前 2:40 [ ★ことみ★ ]

こんばんは、ご無沙汰をしてましたm(_ _)m
ユリ子さんはいつまでも覚えていて欲しいけど、でも
彼に新しい人生を歩んで欲しい、そう願っているんですね。
本当は7年前から同じ事を想っていたのでしょう。
ぽち☆

2008/7/2(水) 午前 0:07 [ - ]

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はるさん 感想ありがとうございます!
そうですね・・・ 本当は7年前から同じだったのかもしれません。

2008/7/3(木) 午前 0:11 [ ペンネーム じゅんた ]


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