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今日の物語も、少し切ない物語です。 でも、バッドエンドでは無いので・・・ *** *** *** 各地で発生する暴動や凶悪事件の報道が、ある時期を境に減り始めた。凶悪事件の発生自体が減ってきたのか、あるいはテレビ局も悲惨なニュースにうんざりしたのかもしれない。いずれにせよ、それらに代わって巨大隕石衝突による地球滅亡までの残り時間を、少しでも有意義に過ごすための番組が増えていった。視聴者のメッセージを延々と紹介し続ける番組もあった。全国で電話不通の箇所が出始めた頃、当初は災害時の緊急連絡手段としてスタートしたこの番組は、そのうちに趣を変えていった。 『それでは次のメッセージです。埼玉県在住の・・・・・・』 アナウンサーはあえて無感情にメッセージを読み上げる。それがかえってメッセージに込められた想いを際立たせていた。 『久美子、いま何処にいる? 僕は今も、君と暮らしたあの街に住んでいる。部屋もあの頃のままだ。もう一度。もう一度だけ君に会いたい』 世界滅亡の日を前に、誰かを探し求める者、秘かな想いを告白する者、過去の懺悔をする者、番組で紹介されるメッセージの内容は様々だった。しかし、誰もが『最後の日』を穏やかに迎えたいと強く願っていた。 ◇ ◇ ◇ 『視聴者の皆さん、ついにこの日が来てしまいました。しかし、今日も出来る限り皆さんのメッセージを伝えてまいります。政府の指導により、本日も電力は供給される見通しです。インターネットも現在機能していますので、ぜひメールにてメッセージをお送りください』 僕はこのところ、家にいる間はずっとこの番組をつけていた。この番組を見ていると、なぜか心が穏やかになった。 『ヤスオ君、元気ですか? ヤスオ君が転校する日、わたしは初めて学校をズル休みしました。ヤスオ君の家に行ってみたんだけど、もう家は空っぽでした。急いで駅に行ってみたけど、人が多すぎてヤスオ君は見つかりませんでした。いつかどこかで偶然ヤスオ君に出会う日を夢見てきましたが、もう無理みたい。ヤスオ君、もしこれを聞いていたら、わたしのこと少しだけ思い出してください』 『僕は今日、加奈子に感謝の言葉を伝えたい。もし人類が今日滅亡することなく、いつの日か再び繁栄の時代を迎えることができたなら、僕は生まれ変わって君を探す。今日までありがとう、加奈子』 僕はテレビを消すと、いつものように病院に出掛けた。病院では、最後まで勤めを果たそうとする医師や看護士たちが、懸命に医療活動を続けていた。 「長い間、本当にお世話になりました」 僕が顔見知りの看護士さんに声をかけると、看護士の山本さんも笑顔で答えてくれた。 「とうとう、この日が来ちゃいましたね。優子さんの意識は最後まで戻らなかったけど、優子さんは喜んでるんじゃないかな。今日、杉下さんと一緒に家に帰れることを。でも、無理はしないで下さいね」 「はい。いろいろありがとうございました」 優子は3年前のある日、突然病に倒れた。いくつかの病院を渡り歩いたが、どの治療も効果をあげることは無く、この1年ほどは昏迷状態が続いていた。体を動かすことも、僕の言葉に反応することも無い。先生の説明では、意識障害ではないので言葉は聞こえていて、理解もしているらしい。僕は1年間、ずっと優子に話しかけ続けている。 「優子。行こう」 山本さんの用意してくれた車椅子で病院の玄関まで行くと、僕は優子を背中におぶった。街中では一般車の運転が既に禁止されており、山本さんは車椅子を貸してくれると言ったが、僕は丁寧に断った。家まではひと駅の距離だ。それに・・・・・・ 優子の体は小学生のように軽かった。 「優子、家に帰るのは久しぶりだな」 「帰ったら、お気に入りの服に着替えよう」 「そして、一緒に昔行った旅行のビデオを見るんだ」 「北海道だろ・・・・・・ 那須、大阪。伊豆にも行ったよな。香港も行った。どこも楽しかった」 背中に優子の体温を感じながら僕は歩いた。最後の日だというのに、僕はとても穏やかな気分だった。 「優子、僕らにもう言葉は要らない。 思い出をいっぱい抱えて、僕らはひとつになるんだ・・・・・・」 <おしまい>
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