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1月1日のNHK−BShiで竹本住大夫さんが、お弟子の竹本文字久大夫さんに稽古をつけながら、野澤喜左衛門2から学んだ「音」を使うことを説明し、自主稽古をするように鍛えている場面が出ました。悪声でもこれができるようになると、声を張り上げる事無く「女・子供の声」が発生できるようになるということを、住大夫さん御自身で体得されていてそれを住大夫さんより元々声の良い文字久さんに勧めている映像でした。文字久さんが中々おできにならないので、業を煮やしてしかりつけているようにも思えました。体得するというのは並大抵の努力でできるものではなく、朝にも晩にも声を抜く訓練をして要約身につけられるものであるにも拘らず、一心不乱に稽古をして体得できていない弟子に克つを入れていたようにも見えました。確かに12月公演までの床ではそれがなされておらず、高齢の住大夫さんにして師として面映い部分があるのかもしれません。
放送終了後に耳に残った言葉などをブログに感想として載せたところ、「音」についての質問がありました。がしかし、1度だけ聞いたことを文章だけで表現するにはいかにも難しく、資料アサリをしてみたところ、住大夫さんの著書に同一の部分がありました。これを引用するのが一番間違えが無くまた適当であると判断しました。以下引用です。出典は、文藝春秋刊 「文楽のこころを語る」です。
>>p210〜212 コラム4
浄瑠璃は声やのうて、お腹とイキと音で語るもんでっせ
◆お腹とイキの関係は切っても切り離せません
私は若いころから声が悪いので、女性や子どもは苦手でしたが、そんな私に、先代の(十二神将 注、3代目の喜左衛門も既に他界し鬼籍に名を連ねているが、ここで言う先代とは2代目の野澤喜左衛門のこと)喜左衛門師匠は「鼻使え」「眉間から声出せ」とやかましく言われました。それには、下腹と腰に力を入れて、息をいっぱい吸って、鼻の裏に抜けさせて眉間から声を出すのです。それがなかなかできまへん。理屈でわかっていても、体で覚えんとあきまへん。舞台でばばっちい声を出して、お客さんの前でよく恥をかきました。
それが、いつぞやふとできるようになったんです。《中略》
私は、うちの親父さん(十二神将 注、養父で6代目の竹本住大夫のこと)と越路兄さんの語りをよう参考にしてました。うちの親父さんは体も小さく腹力の弱い、声も悪い人でしたが、間のええ人で、浄瑠璃がはっきりしていました。浄瑠璃がはっきりしていることは、文章や詞がはっきりわかるということです。私も腹力が強いほうではないので、親父さんの浄瑠璃のええとこを見たり聞いたりしていました。
《中略》
◆情を伝えるのが、大夫の商売でんねん
大夫が声を出すためには、しっかりした呼吸法を身につけないといけません。声だけに頼ってたら声帯を痛めたり、文章がはっきりしないのです。体全体でゆっくり息を吐いて吸います。おへその下あたりに意識をおいてする、いわゆる腹式呼吸の応用です。声が前に出るということは、イキが前に出てるということですね。イキさえ出ていれば、小さい声でもお客さんによく聞こえるし、浄瑠璃もはっきりします。浄瑠璃は、声やのうてイキですね。
詞の流れのなかで微妙に表現を変えるために、「イキを止める」、「イキを詰める」という表現をしますが、吐く息吸う息が大切で、「イキを詰める」から、ここに間ができるわけです。この間で情を出すのですが、イキを詰めて間を開けていると自然と情が出てくるのです。
浄瑠璃の文章と文章の間の余韻を楽しむように、詞と詞の間、イキを詰めてる間に、お客さんに情を伝えるのです。「かわいそうやな」「哀れやな」「面白いなあ」と、心に響く情を伝えていきます。情を伝えるのが、、大夫の商売ですねん。
◆電車の車掌さんがアナウンスで「とう〜きょ〜う」と歌うように言います。あれも一種の音(オン)dす。
NHKの『文楽鑑賞入門』の録音で山川静夫さんと対談してるとき、音という言葉が出てきました。私が「声を浮かす」と言いましたら、山川さんが「電車の車掌さんが『つぎは、とう〜きょ〜うとう〜きょ〜う』という、あれも音ですか」と言われたので、「そうでんねん。音です。半音高い声で歌うてるように言いまんなあ。それを『イキを浮かしてる』とも言いまんねん」と説明したら、山川はんが「なるほど」と納得したはりました。
音を言葉で説明するのはむつかしく、結局、耳で聞き分けてもらうしかありません。「とう〜きょ〜う」と歌うようにアナウンスする、これも一種の音、音曲の音です。
《後略》
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いただいております。
来世にはもう少し早いタイミングで出逢えます様に。
お会い出来る時まで勉強しなくては!<(_ _)>心から
2015/4/27(月) 午後 9:47 [ 乙女餅 ]