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舞台や床を見てお気に入りの技芸員を応援するような感想は書き易いが、時として辛口の批評をしなければいけないときがある。それは、人形浄瑠璃が立体的な芸能であるゆえかもしれない。耳で聞くものと目で見るものに調和が取れていること、また三業それぞれにても「客に見せる」芸として、成立していること、こちらも聴く耳・観る目を鍛えなければ良きところ悪しところの判別がつかない。中々、大阪や淡路の人のように子どもの頃から肌で知っているわけではないので、公平に見ていくことは難しいのだが、中傷ということではなく良き意味で努力をしてもらいたいという意思を伝えることはあってもイイのじゃないかと思う。と、ここまで前置きした上で12月の文楽『源平布引の滝』<竹生島遊覧の段>と2月の文楽『敵討襤褸錦(かたきうち つづれのにしき)』<春藤屋敷出立(しゅんどうやしき しゅったつ)の段>にて気が付いたことを書き記す。
まず前者から、話の筋や舞台構成・演出については申し分なく工夫されていて面白くまた涙を誘う良き場面になるはずだったと思うが、床も舞台も駄目だったように思う。最初、私の行った日だけがまずかったのだろうと「残念だった」くらいに思っていたのだが、別の日に行った人や初心者じゃないファンや色々な人にも尋ねてみたところ、思いはひとつだった。即ちまず床から評すると、単に悪声というのでなく管理されていない声で床に上がっていたのにビックリした。どう聞いても風邪声で床にいる。それなら休演して欲しい。立端場や切場を語れなくても端場をちゃんと語りたい若手だっているはずなのに、中堅でありながら義太夫になっていない。人手不足であっても芸能の質は落とすべきではない。そういう意味で、実盛の津国大夫・左衛門の呂茂大夫・宗盛の文字栄大夫・小まんの南都大夫には憤懣すら覚えた。1・2月公演までに何とかできるのか、それにしても12月公演中毎日その状態でプロとしてどうだったのだろう?若手の靖大夫もその段では連座することで悪し様に言われることになるのは些か可哀想のようにも思える。最近手が向上しつつある期待の清志郎には弾き難い床であったことが残念だった。
舞台もやりにくかったことだろう。その中においても玉女はどうしたのだろう?精彩が無い。今回は斉藤の別当実盛を遣っている。2003年7月の文楽劇場は吉田玉男、2005年2月の国立劇場小劇場は5代吉田文吾さんが遣われた主役級の人形であるのだが、主演が引っ込んでしまっているように見えた。玉男さんや文吾さんは、玉次郎や文五郎や2代栄三らを見ているだろうから、その後どちらかがその役を遣る時代になって、昨年までの間に色々工夫を試みて結果としてのそれぞれの見せ方をしていたのだから玉女さんは初役なりの遣り方でよかったのだと思うのに、晩年の玉男さんの遣り方で遣ろうとしていたように思う。どんなに師と弟子であっても、体格・体型が違い、表現力が違い、役つくりが違い、考え方や思いが違えば同じようになんかできなくて当然だから、恐がらず師匠の教えの内のできることだけ自分の工夫と融合させて、今の年齢・年季の自分ができることをした方が良いように思う。誰も玉女さんに文吾さんや玉男さんを投影するわけではないのだから、玉女は玉女なりの個性を見せてもらえればそれで良いと思う。行き詰まっているようで心配だ。
10年以上前から毎日のように文楽に来ている方に聞いた話では、勘十郎でさえ襲名して3年くらい駄目だったと、舞台で浮いていたと言っていた。「さえ」と敢えて言ったのには、今の勘十郎は悪役・娘役・主役・チャリ場の3枚目の人形のいずれを遣っても見事に操るから。強いて言えば遣い手の表情が豊だという点が違うのだろう。それは玉男さんや文吾さんでも枯れた中にも人形に意思を伝える・命を吹き込む表情が見て取れたからそうなのだろう。勘十郎もその役の顔を作り役になりきりながら、その意思を人形に載せているように思う。出遣いなのに遣い手が見えず人形が人のように見える瞬間はきっとそんな時なのだろう。次回同じ役が回ってきた時、玉女の実盛になっていて欲しい。
今度は後者、件の大夫さん達は第3部だったのでまた別だが、どうも津国大夫と文字栄大夫は更に発声を頑張って欲しい。少し離れるとなんとしても聞きづらい。本題の第2部の玉女さん今度は静の演技を人形と伴にするようだった。簑助が頼りない長男役の人形をいじって場違いな状況を上手く演じている所で、ただ人形を動かさない「静」を遣っていたが、それでは聡明な次男は表現できていない。賢弟愚兄をどう観衆に解らせるか、簑助の芸と如何に掛け合わせるかそれにより舞台効果はかなり違うように思ったが、未だ玉女は「迷いの路」を出ていない気がした。頑張れ!玉女!今日も外野の応援席は言いたいことを言う。
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