|
NHKの大河ドラマ、2009年は「天地人」というのをやっている。今週は武田・上杉同盟にて、武田から嫁いできた菊姫が心を開いて上杉景勝の本当の意味での嫁になるというのをやっていた。ドラマの後の景勝地を紹介するコーナーは武田神社だった。この中で、「菊姫は『本朝二十四孝』の八重垣姫のモデルとされている。」と説明があった。時代事実としては、武田信玄の継嗣である四郎(4男という意味)勝頼が、織田信長への対策として上杉謙信の継嗣である景勝へ妹の菊姫をおくったということなのだが、物語の書かれた時代にはおそらく勝頼や景勝の名が信玄・謙信ほど有名でなかったために1時代戻した設定にしたようだ。物語では、表向きは北条・村上の手前不仲を装って実は斎藤道三に備えたということにしてある。道三は信長の岳父(嫁の実家の父親)だから、勝頼・景勝を変更するのと同じ法則を用いている。 物語は、1766年(明和3年)1月に大阪竹本座で初演されるまでに、近松半二・三好松洛・竹田因幡・竹田小出・竹田平七・竹本三郎兵衛の合作で作られた。 <以下、「あらすじ」を三省堂の文楽ハンドブックから引用する> 上杉家は武田の重宝諏訪法性(すわほっしょう)の兜(かぶと)を借りたままで返さない。両家の仲が険悪になっているところから、将軍義晴の北の方手弱女(たおやめ)御前の仲介で、信玄の嫡子武田勝頼と謙信の息女八重垣姫が結婚の約を結ぶ。ところが、義晴将軍が井上新左衛門と名のる曲者に暗殺されてしまった。犯人は上杉か武田か。謙信、信玄は曲者詮議に3年間の猶予を願い、それまでに犯人がつかまらぬときには、それぞれ息子の景勝、勝頼の命を差し出すと誓う。 それから3年がたった。武田信玄の屋敷に村上義清(よしきよ)が乗りこみ、勝頼の首を受けとるという。信玄の妻常磐井(ときわい)御前は、盲目の勝頼をその恋人の濡衣(ぬれぎぬ)とともに逃がそうとするが、義清が察知して勝頼を切ってしまう。 武田の家老板垣兵部(信方>のぶかた)が、勝頼の身代わりに生き写しの蓑作(みのさく)を連れてくるが時遅し。怒って蓑作を切ろうとする板垣を信玄が刺す。実は板垣は逆意をもっていて、生まれたばかりのときに勝頼と自分の子を入れ替えておいたので、義清に首を切られた盲目の勝頼は板垣の子、蓑作こそ本物の勝頼なのである。それを知りながら信玄はわざと放置しておいた。蓑作の勝頼は信玄の命令で濡衣とともども謙信の館にもぐりこみ、法性の兜の詮議をする。蓑作は花づくりの触れ込みだったが、なぜか謙信に武士にさせられる。濡衣は花守の関兵衛の娘で腰元にやとわれる。 八重垣姫は許婚(いいなづけ)の勝頼の絵像を掲げて回向(えこう:菩提を弔うこと>死んだ人のことを仏に対して祈ること)している。と目の前に絵像と同じ勝頼がいるのですがりつくが、男は蓑作だという。濡衣はこの蓑作こそ本物の勝頼だと教え、本心で夫を思うなら兜を盗み出せとそそのかす。姫はその言葉でまことの勝頼なのだと信じるのだった。と、謙信があらわれて勝頼に塩尻の景勝への使者を命じる。蓑作の勝頼が出発したあと、途中で殺害させるために刺客(しかく)にあとを追わせる。 八重垣姫は奥庭の神殿にまつられた法性の兜を手にすると、狐の霊力が乗り移る。諏訪湖の氷が張りつめると、狐渡りとよぶ一筋の線が生まれる。姫は氷上を一気に走ると勝頼に危急を知らせる。いっぽう、謙信の館では手弱女御前を花守り関兵衛が鉄砲で射つが、そこにいたのは娘の濡衣だった。関兵衛は実は斎藤道三、娘を手にかけてがく然とするのだった。最後は勝頼、八重垣姫の婚礼、兜は無事武田家へ戻り、生け捕った北条氏時、村上義清が処断されて万事めでたく解決する。 この作品にはもうひとつ別の物語がある。武田の軍師山本勘助は亡くなったが、その勘助の家に妻越路(こしじ)が2人の息子と住んでいる。兄の横蔵は横着者で、弟の慈悲蔵は孝心にあついが、母は横蔵に甘く、慈悲蔵に辛くあたる。慈悲蔵折檻の下駄が飛んだのを、表にいた長尾景勝がささげて、横蔵を召抱えたいと申し出る。景勝にそっくりの横蔵を影武者にしようという魂胆だ。武田につくか上杉につくか、赤子の枷(かせ)を断ち切るため慈悲蔵の子が殺されて女房お種が嘆くが、その子が実は将軍義晴の御愛妾の子だったという種明かしがある。いっぽう、横蔵はもとから武田に仕えているので、左眼をえぐりとって、景勝に影武者にはなるまいといって父の名山本勘助を名のり、武田への忠誠を示す。弟慈悲蔵は上杉に仕え直江山城となり、兄弟は敵味方に別れる。 <引用は以上> 物語の中とはいえ、先祖が甲斐の国人で信玄の親衛隊も勤めていたことのあると聞いている私には、板垣信方が背くという筋には従いかねるものがある。赤糸おどしの甲冑が板垣隊のシンボルだったが、信方が戦場に出なくなってからは武田太郎と仮親の飯富(おぶ)虎昌が赤甲冑を使い、諸角(両角)が戦死した川中島の戦いの時に鶴翼の陣の左端に居て信玄の作戦を無視したことで反感をかい、後に誅されたことから、そのことと混同しているかのように感じる。あまり面白くない筋である。史実では信玄の育ての親(仮親)が板垣信方、勝頼の育ての親が山本勘介とされる。 「本朝二十四孝」の通しは、未だに文楽の舞台で見ていない。三姫のうち他の2つ(「祇園祭礼信仰記」の雪姫、「鎌倉三代記」の時姫)は既に見ているので、次回機会があるときに八重垣姫が見られるようにしようと思う。 |
全体表示
[ リスト ]

文楽にわかファンではありますが、こちらに...



今日大河見ていて、最後に「菊姫」が八重垣姫のモデルと出ていて???になってしまったのですが、そういうことだったんですか。これ読ませてもらうまで、なんだかすっきりしませんでしたけど、おかげさまで納得できました。
続編も読ませてもらいますね!
2009/4/19(日) 午後 11:54
Shinsho様
本朝二十四孝の八重垣姫の台詞がヒントになり、昨日より曲作りに入り九分通りの仕上りで、一気に書き上がりました。
分類としては、ポップなブルースでしょうか。
いや、多分正統ブルースで仕上げて、今年中にレコーディングを済ませたいと思います。簡潔なブルース調で仕上がりますよ。
私は '73に日本での歌手活動を停止し、以来米国在住ですが、最近スタジオのみの仕事をこちらで活動再開しました。
拙曲2曲のデモ・ソング Sayonara bye bye Sammie the moonを YouTubeにアップ・ロードしています。
日本語入力で、さよならバイバイ サミーザムーン 或は サミー&チャイルド でも検索できます。
気が向かれましたらサイトでお聴き下さい。
益々の御活躍を!
Sammie the moon
2011/9/26(月) 午後 3:55 [ サミー ]
御ブログへ
御免なさい、一気に書き上げた曲、先に進みません。
ウォーク・アウトしているプロジェクトに時間が掛かってしまって。
この先2曲、まず先にフィニッシュして、その後にもう一曲割り込んでいますから、可哀想な八重垣姫は益々心の内が燃えて悶える事になります。どうぞ少しの御猶予を。 サミー
2011/12/3(土) 午後 1:25 [ sammiethemoon ]