文楽を見に行きませんか?

人形を見ますか?大夫の声を聞きますか?義太夫三味線も良いですよ!

素浄瑠璃

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 2005年8月21日東京都渋谷区セルリアンタワー能楽堂。新作 文楽+能 能シテ方の野村四郎、人形浄瑠璃文楽座の豊竹咲大夫、舞踊家・演出家 村 尚也が挑戦した文楽と能のコラボレーション、作曲に文楽三味線の鶴澤燕二郎も一枚加わりました。清元の名曲や能「隅田川」の完成度を越えられるや否や?特に清元を越える義太夫には苦労したと聞いております。同日NHKの特集番組の取材班が来ておりまして、その解説者を予定してか客席には坂東玉三郎や山川静夫らの顔も見られました。山川さんは咲大夫の父である8代竹本綱大夫と懇意でありましたので、よく文楽の紹介をして頂いております。

 このときは能舞台上で咲大夫・燕二郎が素浄瑠璃を演奏し、野村四郎が舞いのパフォーマンスをしました。ただ残念なことには能を見に来た人からは幽玄性にかけたと言われ、文楽・素浄瑠璃のファンからは能の部分が堅苦しいという声が聞かれた。プレイヤー達からは思いの外上手くいったような声も聞かれた。料金設定は少し高かったようにも思いましたが、客層のほとんどは「能楽の会」組織風の方が多かったようなので「満員御礼」ではありました。

 翌年(2006)8月12日、同じくセルリアンタワー能楽堂で演奏者も前回と一緒(鶴澤燕二郎→鶴澤燕三)で、「二人の俊徳丸」という公演がありました。前回の反省にのっとったか或いは出演者が忙しかったかのいずれかで、昨年のように同時に舞台上に居るというのがありませんでした。能が「弱法師(よろぼうし)」で文楽が「摂州合邦ケ辻 下の巻 合邦庵室の段」をやりましたが、これだと合同稽古が無くても済むのと通常の演目であるためそぞれ良さが見られて良かったように思います。この年は「俊徳丸」が流行で、蜷川幸男版の「身毒丸」もやっていたように思いました。それぞれ演目にするとコラボでないという人もいますが、良いものを見る聞くということならこちらの方が間違いが少ないし、稽古の時間も無理なく、それぞれのファンが何時も余り見ないものを見られるのと、2つ遣るのだとチケットを高く感じないかもしれません。正面が1万円、脇正面が8000円でした。

 ここで会場のセルリアン能楽堂ですが、規模・調度・座席・格と見るに、熱海のMOA美術館のそれといい勝負かなと思いました。

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 2004年10月1日、<第59回文化庁芸術祭オープニング国際音楽の日記念「唄と語り」京舞を迎えて>というイベントがありました。チケットが一般使いではなかったので知らない方が多いはずです。場所は国立劇場大劇場でした。関係者チケットしかない中で、いつものとおり鶴澤燕三(当時は燕二郎)さんに取ってもらったチケット(略して燕チケット)で友人と出かけました。豊竹咲大夫+鶴澤燕二郎は出演者なので関係者でありました。催し物の名前のとおりこの時は京舞の5世井上八千代とのコラボレーションでした。文楽側から見ると「素浄瑠璃」なのですが、普段は人形が舞う舞を井上八千代さんが舞うということでしたので、コラボレーションと捉えたのでした。プログラムは以下のとおりでした。

上方唄 東山名所  祇園甲部歌舞会 (芸妓・舞妓・地方の方々を省略します)

義太夫 弓流し物語 舞   井上八千代
          浄瑠璃 豊竹咲大夫
              豊竹咲甫大夫
          三味線 鶴澤燕二郎(現・6世燕三)
              野澤喜一朗
          鳴り物 藤舎名生
              中村寿鶴
              六郷新之丞
              六郷新之助
地唄 雪      舞   中村雁治郎(現・坂田藤十郎)
        唄・三味線 菊原光治
          琴   菊重精峰
          胡弓  菊央雄司
手打ち 廓の賑 
    (七福神・石橋)
          祇園甲部歌舞会 (芸妓・舞妓・地方の方々を省略します)

 義太夫は井上流に伝わるもので、解説によると「義経が波間に落とした弓を敵に奪われまいと活躍した『弓流』に始まり、平景清(たいらのかげきよ)と三保谷国俊の『錣引』、熊谷直実の出家など合戦の名場面が舞によって描き出される。鬘桶に腰掛けて舞うなど井上流らしい振り付けがなされている。」とありました。この義太夫に咲大夫門下と燕二郎・喜一朗が選ばれている所以は幾つかありましょうけれど、そのひとつに、燕二郎と祇園甲部歌舞会の仕事上の付き合いがあります。祇園甲部歌舞会では毎年4月に歌舞練場において「都をどり」という発表会を行なっています。祇園の芸妓・舞妓の内で祇園甲部歌舞会に所属する全てが舞台に上がるのですが、数ある長唄の中で毎年第五景だけが義太夫浄瑠璃で、女流の浄瑠璃語り・三味線の伴奏で舞われます。その曲目は毎年新作が鶴澤燕三から提供されます。この流れは、先代の燕三の師匠だった鶴澤友次郎の頃から続いております。因みに2005年は『牛若弁慶五条橋』で、2006年は『浦島太郎物語』、2007年は『昔物語かぐや姫』、2008年は『葵上六条御息』でした。

 尚、この時のイベントには現・坂田藤十郎さんも地唄舞で参加されており、夫人の当時国土交通大臣をされていた扇千影さんもロビーに挨拶に出ていたため、福田康夫・阿倍晋三・森喜朗・町村信孝などの閣僚が観劇に来ていました。また皇太子殿下も見に来ておられました。

 2004年5月30日、紀尾井ホール(小)。「鶴澤寛治を聴く会」6世鶴澤寛治を7世と国立文楽劇場部長の古谷忠弘氏で偲んだ後、一谷嫩軍記(いちのたに ふたばぐんき)を豊竹咲甫大夫・鶴沢寛太郎で、摂州合邦辻(せっしゅう がっぽうがつじ)を竹本津駒大夫・鶴澤寛治で聞かせていただいた。

 前半は、有名な熊谷二郎直実が沖の船へ馬を持って渡ろうとする平家の公達敦盛を呼び止め名乗りを上げて組討にする場面。咲甫大夫が彦六系の語りに挑戦した。太平洋戦争後、松竹の文楽は組合活動の関係で「因会」と「三和会」に分かれますが、それ以前の明治時代にも「文楽座」と「彦六座」に分かれて興業をしていたことがある。その後文楽座が松竹に譲渡、彦六座開場10年で閉場した。彦六座は三味線の2世豊沢団平と共に推移したといっても過言ではない。団平は、彦六節と呼ばれる独特の弾き方を創作し、また3世竹本大隅大夫を指導した。つまり、咲甫大夫が挑戦したのは、3世大隅系の語り方ということになる。これを聴いた時はまだ初心者中の初心者だったので、咲甫大夫がどのくらいそれに近づけたかは解らない。しかし、若手の中では期待されている人だけに解りやすい語りだったと記憶している。咲甫大夫は三味線の2世鶴澤道八の孫で、早いうちから大夫になることを予定されていた。弟は三味線の鶴沢清馗、今年の蝠聚会では、鶴澤清介を相手に良い音色を聞かせていた。

 後半は、津駒大夫・寛治の出番でまさにメインイベントである。本来なら切り場大夫が語るような1時間以上の長丁場を熱演した。素浄瑠璃でない場合は人形の動く舞台に釘付けで演奏方の床を見る人は少ないらしい。私の観賞は三味線を見ることから始めてしまったので、今回もそれを中心にレポートする。

 私は津駒大夫さんが床本を読み始める前の幕間に、配られた印刷の床本にひととおり目を通した。取敢えず粗筋を合点しておいて、本番では大夫さんの語り口調や三味線方のスイングを楽しむことにしようという魂胆だ。見れば、他のファンの方たちは床本とにらめっこをしながら観賞していて、時々ページを繰る音がいっせいに聞こえる。津駒大夫さんの音域は広く若干高音部に特徴があり、華やかだ。床本を広げ
て確かめなくとも会話をする登場人物たちを演じ分けや、その人々に情を通わせて人々同士の動きを背景に載せ、人形という具体物や背景・情景などの大道具の力を借りずに見事に場を表現した。

 間という大きな感覚、時間を味方に使える余裕、美しい音色の和楽器、時には大胆華麗にまた時には微細流麗にそして、太棹が適する魅力の全てを存分に描く、寛治さんの手は自然で「圧倒的存在感」が邪魔にならないような美しい音を奏でた。

 この公演のあとで舞台上で寛治さんがしていた所作について6世鶴澤燕三(当時は燕二郎)さんにメールで質問をして教えていただいた。その質問は以下のとおりである。

 >「摂州合邦ヶ辻」のときなのですが、津駒大夫さんの話芸の最中に2度ほど寛治師匠が三味線
  を置かれて、糸を繰り延べるような所作をしておられました。初めて見たのでてっきり一番下
  の弦が切れたか切れ掛かったかして、交換しているようにも見えたのですが、糸を下のほうで
  まとめてあるところを繰り出して切り離しているかのようで、その分を糸巻きから出して調弦
  をして暫く演奏し、また同じような動作をされて最後まで行かれました。これは何と言う動作
  で何をしているのか教えていただけたらありがたいです。

 鶴澤燕三さんの答>
    合邦は大曲です。時間的にも長いですし、また玉手御前の嫉妬の乱行など、激しい手も多々
  有ります。糸も痛みますので、特に一番細い三の糸は、切れてしまう前に、タイミング良く痛
  んだ箇所を送らなければなりません。是を「糸を繰る」と言います。

   それと、合邦は段切れ近くに調子を二本上げますね。「数珠の輪の中で往生せい」、の後、
  思いっきり派手に展開したと思います。その前に、三味線弾きは駒を替える作業をします。
  先月の私の最初の役「万歳の段」(質問をしたのが6月なので、これは2004年5月東京
  国立劇場小劇場の「妹背山婦女庭訓」>いもせやま おんなていきん<の2段目のこと)で
  もしていましたが、お気づきになりましたか?駒とは、いわゆる「ブリッジ」ですね。皮の
  上に置いて糸を浮かせている黒い小さな物です。この駒、特に義太夫三味線の駒は、中に一
  対鉛が仕込んであります。この鉛の匁数が、一分単位で変えて有るんです。軽い物は「一匁
  八分」位から、一分刻みで「四匁二分」位まで、ずらっと揃えてあります。高い調子、又は
  薄い皮、には軽い駒、低い調子、又は厚い皮には重い駒、と基本的には理解して下さって良
  いです。是にその日の天候とかが関わって来まして、結構セッティングには気を使います。
  その為、三味線弾きは大抵大夫よりは早く楽屋入りするんですね。

   話がそれましたが、ですから、寛治さんも、一回目は糸を繰り、二回目は駒を替えていた
  のでは無いでしょうか?ただ、余程糸が痛んでいれば、稀に二回繰る事もあります。駒を替
  える時に、ついでに糸も繰っていた、のかも知れませんね。

 最初の頃はよくこんな風に質問をしては、ホームページへの掲載許可も戴いて載せていた。今回ブログに載せるに当たって、その後の調査により加筆した。人形が無くても人形が見えるようになるのは多分随分先になるだろうが、70歳代くらいになったらそんな耳と情景の見える目を持っていたいと思った。


 

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