シオンの城壁

エルサレムよ、わたしはあなたの城壁の上に見張り番を置いた。イザヤ62:6

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中田重治と日ユ同祖論 ケータイ投稿記事

現在、日本には、イスラエルの救いのためにとりなす(「ユダヤ人がイエス・キリストを信じて霊的に救われるよう祈る」「イスラエル国の平和と発展のために支援・奉仕する」「世界に離散しているユダヤ人がイスラエルに帰還するのを促進する」等)キリスト教会・団体・個人がたくさんある。キリスト教国である欧米では未だ反ユダヤ主義が根深いにも関わらず、キリスト教人口が1%にも満たない日本でこのような動きが見られることは、特筆に値する。

日本のキリスト教界でイスラエル・ユダヤ問題の重要性を説いた先駆者は、戦前のホーリネス教会指導者・中田重治(なかだ・じゅうじ)だ。ホーリネス教会は、大正・昭和時代に二度の大きなリバイバルを経験している。それは、1日に教会が30軒できるほどの勢いだったという。そうした中、中田に指導されたホーリネスの信徒たちは、イスラエルの回復を熱心に祈り始めた。まだユダヤ人が世界に離散したままであり、イスラエル国の存在していなかった時代に、ユダヤ人国家の建国を強く祈り続けたのである。
 
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だが、中田の教えを支持する一派と、これを疑問視する一派との間に分裂が起こり、ホーリネス教会はふたつの教団に分かれてしまった。これによって、日本のキリスト教界ではイスラエル問題に触れることがタブー視されるようになってしまい、今日に至っている。

しかし、中田系の人々はイスラエルのための祈りをやめなかった。当時を知るある老信徒からお話を伺ったことがあるが、他の教会から異端扱いされるという苦難を味わったそうだ。また彼らは、かの「杉原ビザ」で日本に逃れてきたユダヤ人たちを出迎え、慰問を行ったらしい。1948年のイスラエル建国のニュースが伝えられた時には、長年の祈りがかなえられたことと、聖書預言が成就したことを見て、感激したという。

そうして年月が過ぎ、恐らく1990年代あたりからではないかと思うのだが、イスラエル問題に対する理解が、日本の教会の間に広まってきた。その中で重要な存在となったのが、かつての中田重治の教え子たちである。大部分は既に二世・三世になっているが、かつて中田に学んだ人々の子孫たち、あるいは中田の教えを受け継ぐ教会の関係者たちが、現在、イスラエルのための様々な活動で主導的な役割を担っている。

しかし、今やイスラエルのためのとりなしは、ホーリネス教会・中田重治の枠を超え、今までイスラエルに何ら関心を払っていなかった新しい教会・クリスチャンへと、その輪を広げている。(かく言う私自身も、ホーリネス系のバックボーンは一切持っていない。)折しも、1990年代にはオスロ合意によってパレスチナ自治政府が発足し、2000年代には「第二次インティファーダ」が起こってテロが続発した。現在もなお、イランの核問題など、イスラエルを取り巻く情勢はますます厳しさを増している。このような時、イスラエルの助け手となるために、日本のクリスチャンが召されたのではないだろうか。しかし日本で最初に火を点けたのは、中田重治だったのだ。

ではなぜ、中田重治はイスラエルに関心を持ったのだろうか。その大きな鍵と思われるのが、1932年に中田が行った「聖書より見たる日本」という講演である。(翌年には出版もされている。)この講演の中で中田は、日本人はイスラエル人の子孫であり、黙示録7章にある「一人の御使の、活ける神の印を持ちて日の出づる方より登るを見たり」とは日本を指しているとしている。そしてユダヤ人が回復する時にキリストが再臨するのであって、イスラエル建国を支援するのが日本の使命である―――と説いている。つまり、ユダヤ人の回復(ひいては、それに続くイエスの再臨)のために働く使命を日本人は与えられているが、日本人がそのような役割に召されているのは、日本人がユダヤ人の血縁・肉親だからにほかならない―――と言うのだ。(尚、私も現在これと同じ見解を持っている。「終末に用いられるユダヤ人と日本人」
http://blogs.yahoo.co.jp/judahephraim/11270333.html参照。)この翌年に、ナチスが政権を握っている。中田の呼びかけは、ユダヤ人の危機を前にして神から示されたメッセージだったのではないだろうか。だが、この講演こ
そが、多くの信徒の反発を招き、教団分裂の直接のきっかけとなったのだ。

今日、日本のクリスチャンの間に於いて、イスラエル問題に関するタブーはかなり取り払われた。「ユダヤ人の回復とキリストの再臨が密接に関わっている」という神学的理解や、「ユダヤ人のためにとりなし祈り奉仕すること」の必要性は、だいぶ認識されるようになって来た。しかし、その前提となっている「日ユ同祖論」(日本人はイスラエル人の子孫であるという説)については、未だタブー視されたままである。怪しげなオカルトか、危険な異端としか見なされていないのが実情だ。中田重治の功績や、その教えを受けて戦前からイスラエルのために祈り続けてきた人々のことが紹介される場合でも、中田が日ユ同祖論者であったことは巧みに伏せられている。かつて、某イスラエル関連団体の出版物に載った記事(原文は外国人が書いたもの)に、日ユ同祖論を示唆する記述があった。ところが現在HPで見ることのできる転載記事では、その部分がきれいに削除されている。しかし後編の記事ではその痕跡が残っており、掲載者側の判断で意図的に削除されたことが伺える。外国人は素直に同祖論を認めているのに、日本人自身がこれをタブー視しているという構図が垣間
見えて興味深い。

確かに日ユ同祖論は、現状では多くの問題をはらんでいる。ユダヤ人支援どころか、「日本人こそ本物のイスラエル人であって、現在のユダヤ人は偽のイスラエル人である」という反ユダヤ主義に利用されることも少なくない。また日ユ同祖論は神道と深く関わっているため、異教との兼ね合いという課題も抱えている。それでも、日本に於ける「イスラエルのためのとりなし」という使命感は、日ユ同祖論から始まった。そして聖書預言を精査していくならば、それは恐らく正しい。( 「聖書から日ユ同祖論を検証する(前編)」
http://blogs.yahoo.co.jp/judahephraim/10588083.html、「聖書から日ユ同祖論を検証する(後編)」 http://blogs.yahoo.co.jp/judahephraim/10588086.html参照)そろそろ、日ユ同祖論に対するタブーも解いていい頃ではないだろうか。それとも、まだ神の時は来ていないのか。かつてナチスの台頭やインティファーダの時に、日本のクリスチャンがユダヤ人のために召されたように、日ユ同祖論の奥義が明かされるのも、ユダヤ人に新たな危機が迫った時なのかも知れない。

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