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 この神は、メソポタミア地方で古代から信仰されてきた。紀元前19世紀以前のシュメール文明から継承され、アッシリア帝国の碑文や新バビロニアの遺跡にその名前を見ることができる。さらに時代が下り、シリア北西部に紀元前15世紀〜12世紀頃まで栄えたウガリット王国では高名な『バアルとアナト』というウガリット文学が残されている。このなかでは生命の神、豊穣多産の神バアルと死と不毛の神モートの闘いが描かれる。
 イスラエルの民が流浪したときは、フェニキア王国を始めとし、バアル神を崇める勢力が中心であった。かれらが約束の地として侵略したカナンにおいても、その影響力は多大であった。通常、この神は交合する夫婦2神として表現される。
  アッシリア帝国  バビロニア帝国     カナンの地
男神 ムル=ゲ  ベル、ベルス、バアル      バアル
女神 ニン=ゲラルベリト、ベリアット、ベルティス バアラテ
 
 バアル神は、暴風雨の神ハダドまたはアリヤンとして「深い泉の主」と呼ばれる。
 また、天のバアルとしては「雲の水門を開く」者である。いずれにせよ豊穣と多産の支配者であり、カナンに進入したユダヤ人は、このバアル/バアラテ神が泉や森のなかに潜み、ちょっとの暗示を与えることで容易に姿を現す肉をもつ神であることを思い知らされた。かれら夫婦神は農地の所有者であり、農耕民族である先住民はバアルに求婚し、バアルの意のままに耕すのでなければ、収穫を得ることができなかった。
 この地では素朴な呪術である性的な祭儀がバアルの名のもとに行われていた。乱交を含む性魔術により、バアル/バアラテ神の聖婚、神々の交合を模倣し、その絶大なる生命力を大地に移植するのである。フェニキアの人身御供も、人間の生命力を犠牲に捧げることで都市の呪的繁栄を祈るもので、この神の暗黒面を示している。しかし、多くの人身供犠の祭祀がそうであるように、フェニキア人、後にはカルタゴ人の親は、バール神、モロク神の元に喜々としてわが子を捧げた。子供の生命は大いなる大自然のサイクルに呑みこまれ、再び春には再生してくるからである。
 少し脱線したが、聖婚そのものは古代のシュメール文明から継承した信仰である。女神イナンナが牧人ドゥムジと婚姻し、おおらかに性交する場面が都市国家エレクに残されたシュメール文学のなかに歌われている。人間や獣が生殖、繁殖、多産を確保するために最も必要な熱烈な恋と欲情を女神が支配し、性交によってクライマックスを迎える子宮への「ハートの水」すなわち精子を創り出す激情を制御する。エレクの王ドゥムジと都市の女神イナンナの聖婚の儀式は、数千年後の末裔であるバアル/バアラテ神に継承される。
 遊牧民の神IHVHは、このバアルの性的祭儀を「アモリ人の悪」(『創世記』15章16)と呼び徹底的に弾圧したが、皮肉なことに聖婚そのものは『旧約聖書』のソロモン王の『雅歌』として継承している。
 しかし、定住した遊牧民が先住農耕民族の風習に染まっていくのは当然のことである。バアルと頸木をともにする者という非難が後の王国時代まで使われている。もともと遊牧民の神であったIHVHには、農耕呪術に関するノウハウがなかった。しかも、敵の都市を破壊し侵略(定住)を完了させたとき、土地神として至るところに存在する小さなバアルを早急に根絶する方法もなかった。そのためには何代にも渡る宗教教育が必要だったのである。
 しかし、王宮はしばしば民衆の要求と妥協し、バアル崇拝を黙認した。例えば紀元前7世紀のイェルサレムでは「天后」と称してウガリット人の女神アナトが、個人的に婦人たちの守り神として信仰されていた。ラファエル・パタイ博士の最近の研究によれば、このアナト女神の崇拝を次の文脈に読みとることができる。
 
「汝(エフライム)に答え汝を顧みる者はわれである。」
(『ホセア書』14章の9(共同訳では8))
 ANI ONIThI VAShVRNV
(アニ アニティ ヴェ・アシェレヌ)
 しかし、ヴェ・アシェレヌが反復表現をとっていることから、原文を次のように解釈できる。
 ANI ONTh VAShVRH
(アニ アナト ヴェ・アシェラー)
「われは(エフライムの)アナトであり、アシェラーである。」
 つまり、「民に豊穣の祝福を与える者こそわれである。」
 パタイ博士はIHVHの妻としてのアシェラー女神を導入する。これは後に表向きには根絶されたユダヤ教の女神の痕跡である。(同著『ヘブライの女神』参照)
 フェニキア人の神バアルは、子供を生け贄にする残虐な神として知られているが、かれらがギリシャに滅ぼされるまでは国家神の位置にあった。ここではカナンの農耕民族が土地神として細々と拝んでいたのとは違い、当時の地中海世界最大の経済大国の最高神に位置づけられていた。それ故に、バアルにまつわる名前は多い。例えば、フェニキアの主要港湾都市テュロスの王マルケレス(この名前自体がMLK QRTh(マラク カラス)都市の王という意味である。)は、その通り名をMLQRTh BOL TzR(マレカラス バアル ツェル)として知られていた。つまり、「テュロス(ツロ)のバアル神のごとき国王」という意味なのだ。後にマルカラス(メルカルト)という称号は、バアル神そのものを指すようにもなった。また、フェニキアの植民地カルタゴの英雄としてローマと戦い散々に苦しめた英雄ハンニバル(HNBOL)の家前は、「バアル神の恩寵」という意味である。
 

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