論文

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

創世記の簡単な骨格

       ★ 創世記の骨格 ★
 
カイン(鍛冶師)によるアベル(羊飼い)殺害は、
 
エンキ(鍛冶神)によるドゥムジ(羊飼い)犠牲儀礼に対応する、広い意味での豊穣多産儀礼であった。
 
創世記において、後に、この犠牲儀礼は、「ヤハゥエ神 対 ヤコブ の組み打ち」という形で再現されることになる。
 
ところが、ヤコブは、アベルやドゥムジと同じ犠牲の立場であるにも拘わらず、犠牲死を免れて、生き残ることになる。(=神に勝つこと
 
それが 「イスラエル」=「神と戦う者」 という言葉に含まれる意味である。
 
そして旧約全体は、この「犠牲儀礼」を克服する思想を基礎として成立している。

開く コメント(0)

  ここでいう「聖書」は、ユダヤ教の聖典の「旧約聖書」のこと。この旧約聖書の舞台である、アブラハムが神から約束された地、モーゼがユダヤ民族に与えると約束された「蜜と乳のしたたる地」、ダビデ王・ソロモン王の活躍した古代イスラエル王国の地は、現在のパレスチナ地方ではなく、アラビア半島のアシール地方にあるというのが、この説の根幹である。カマール・サリービーによれば、イラクの「ウル」を出発したユダヤ民族最初の預言者アブラハムはアシール地方に到着し、この地を神から永遠に子孫に与えると約束された。その後一部はエジプトに移住したが、モーゼに率いられてアシュール地方に戻ってきた。そして、このアシュール地方で古代イスラエル王国が建国され、「ソロモン王の神殿」もアシュール地方のエルサレムつまり、現在のアール・シャリームにあったという。古代イスラエル王国の遺跡とソロモン王の神殿は、今もアシール地方の地下に眠っているはずであるという。
現在のイスラエルの建国されたパレスチナの地をいくら発掘しても古代イスラエル王国の痕跡は、ほとんど見いだせないという。無理にこじつけているのはあっても、決定的な遺跡は出てこないという。
ヘブライ語は、子音のみで表記されていた。実際の読みは、母音を入れて表現されているので、正しい発音は復元しにくかったり、変化するのでもともと古代の地名の復元はむずかしいという。
そのこともあり、前500年頃には、アシュール地方のユダヤ人達は、衰退の中で、民族意識もその歴史も失いつつあり、田舎生活者となりはててしまった。
なぜ、このようなことが起こってしまったのか。アシール地方は、大変豊かな土地で、古代イスラエル王国の二代国王ダビデ、三代国王ソロモンの時代に大変繁栄したが、その後、ユダ王国とイスラエル王国に分裂し、さらに、アッシリア帝国や新バビロニア王国の度重なる侵略をうけ、大変疲弊してしまう。そのために、アシール地方のユダヤ人たちは、当時の交易路でつながれていたパレスチナ地方に新天地を求めて多数移住していった。そして、移住したユダヤ人たちが、アシュール地方の出身地名をパレスチナ地方の移住地につけていった。
 
**************************************************************************************
 
さて、この「聖書アラビア起源説」については、次のような疑問が沸く。
 
パレスチナ(Palestina)は「ペリシテ人の土地」という意味である。
ペリシテ人、あるいはフィリスティア人とは、古代カナン南部の地中海沿岸地域周辺に入植した民族群。アシュドドアシュケロンエクロンガザガトの5つの自治都市に定着して五市連合を形成していた。古代イスラエルの主要な敵として知られ、聖書の『士師記』や『サムエル記』で頻繁に登場する。特に、士師サムソンの物語や、戦士ゴリアテと戦ったダビデの物語などが有名である。
 
ペリシテ人の起源を物語る資料は、文献史学的にはエジプト新王国期の記録や旧約聖書に見られ、また考古学によっても興味深い情報が得られている。
これらの情報から、ペリシテ人は紀元前13世紀から紀元前12世紀にかけて地中海東部地域に来襲した「海の民」と呼ばれる諸集団を構成した人々の一部であり、エーゲ海域とギリシアミケーネ文明を担った人々に起源を持つとする説が有力である。
 
聖書の記述によれば、ペリシテ人はアブラハムの時代にはすでにカナンの地に定住していたとされる
 
聖書の記述では、彼らのルーツはハムの子ミツライム(エジプト)の子であるカフトルの子孫であるとされ、「カフトル島から来たカフトル人」と呼ばれている(『創世記』10:13-14、『申命記』2:23)。さらにこれを裏付ける記述は、『エレミヤ書』47章4節にも存在する。したがって、ハムの子カナンを始祖とするカナン人とは異なる氏族であったとされる。
カフトルが実際にどの地域を指しているのかについても諸説あるが、紀元前12世紀頃までに、すでにの精製技術を有していたことなどから、クレタ島キプロス島、あるいはアナトリア地方の小島の1つであった、などの候補が挙げられている。今日ではクレタ島であるとの見解が示されることが多い。
また、ペリシテ人の築いた都市国家の王はセレンと呼ばれ、これはギリシア都市国家のテュランノス(僭主)と同一起源の語彙と考えられている。
 
    ******************
 
サリービーが主張する、「アッシリア帝国や新バビロニア王国の度重なる侵略うけて、パレスチナ地方に新天地を求めて多数移住していった」のは、いくら早くとも紀元前700年代であろうが、
 
それ以前に、ユダヤ民族は、ほぼ間違いなく地中海沿岸に在住していたペリシテ人と境界を接して、隣人として争っていたのである。
 
すなわち、ユダヤ人は、紀元前1100年頃には、すでに現在のパレスチナに住んでいたことになる。
 
だから、サリービーの説は、政治的プロパガンダと判断してもよいだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ディオニューソス・アッティス・ドゥムジ・オシーリス・アドーニス、に共通する要素は何か?
 
アッティスは、松の木の下で、自らの男根を自分で去勢したのであった。
 
アドーニスは、猪の牙によって、下半身を突き殺されたのであった。
 
 
オシーリスは、遺骸となった時に、河に投げ込まれ、魚に男根を食べられたのであった。
(女神イシスは、消え失せた彼の男根の代わりに人工的な男根模型を作って祀ったという)
 
 
ディオニューソスの場合は、文献に直接言及されてはいないが、デーロス島で行われたディオニュシア祭の祭礼においては、彼の祭司や神官達が、女性のような「しな」を採って、臀部を揺らしながら行進したらしい。
また、ディオニューソス神自体が、中性的な神として表現されている。おそらく彼の祭司や神官達の一部は、去勢神官であったのであろう。このディオニュシア祭の中心行事は、ファロス(男根)運びの儀式であった。
 
 
ドゥムジの場合も、文献に直接言及されてはいないが、エンキは冥界に捕らえられたイナンナを救出するために、男根を持たない(去勢された)ガラトゥルとクルガラという中性人間を造り、冥界に派遣する。
さらに、ドゥムジを連れ去るために、冥界の女王エレシュキガルによって派遣された「ガラ」という悪霊によって、ドゥムジは拷問されるが、その拷問の中心は、去勢行為であったと考えられる。
 
 
なお、インドのシバ神崇拝の中心は、リンガ(男根)信仰である。

開く コメント(0)

儀礼学者 W・ブルケルトによる、女神アテーナーの起源の説明を紹介したい。
 
      ********************************
 
最初期のギリシャ人の間では、戦争遂行に際して、その直前に処女犠牲を実行した。
 
アテーナイの王女アグラウロスが、この処女犠牲に相当する。
 
彼女達の犠牲死は、アテーナイ軍の出征の折に、繰り返される訳であるが、それによって戦争の勝利が保証されると考えられたのである。
 
スパルタ人は、一頭の雌の山羊を、狩の女神アルテミスに犠牲として捧げる。(この雌の山羊は、人間処女の身代わりと考えられる)  それにより、戦争開始が告げられることになる。
 
戦争が勝利に終わった場合、犠牲の雌の山羊(=人間の処女の身代わり)への、顕彰(感謝)作業を行う。
 
柏の木の柱が立てられ、そこに分捕り品の兜や楯や槍を吊るす。この戦勝記念碑は、勝利に終わった戦闘終結を記念するものである。
 
この戦勝記念碑の上に、先に犠牲になった雌山羊の皮(アイギス)を被せると、その記念碑は、女神アテーナーの像に変容したのである。
 
本来、戦闘開始に際して犠牲になった処女乙女が、その身代わりの獣(=雌山羊)の皮(=アイギス)を被り、アテーナーに変身したのだ。
 
このため、女神アテーナーは、戦争を勝利に導く女神であり、且つ、処女であったというように語られる。
 
処女犠牲になった乙女が、戦争の庭から、兜や楯(アイギスで作られる)や槍を装備した女神アテーナーとして復活する。
 
死者は、神に成ったのだ。
エフタ(ヘブライ語: יפתח‎ (Yiftach)、「(神は)開いてくださった、(神は)開いてくださるように」の意 )は、旧約聖書の登場人物。イスラエル士師マナセ族民数記 26:29、士師記 11:1)。
 
< エフタの娘の犠牲奉献 >
 
エフタは主に誓願を立てて言った、「もしあなたがアンモンの人々をわたしの手にわたされるならば、わたしがアンモンの人々に勝って帰るときに、わたしの家の戸口から出てきて、わたしを迎えるものはだれでも主のものとし、その者を燔祭としてささげましょう」。エフタはアンモンの人々のところに進んで行って、彼らと戦ったが、主は彼らをエフタの手にわたされたので、アロエルからミンニテの附近まで、二十の町を撃ち敗り、アベル・ケラミムに至るまで、非常に多くの人を殺した。こうしてアンモンの人々はイスラエルの人々の前に攻め伏せられた。やがてエフタはミヅパに帰り、自分の家に来ると、彼の娘が鼓をもち、舞い踊って彼を出迎えた。彼女はエフタのひとり子で、ほかに男子も女子もなかった。
エフタは彼女を見ると、衣を裂いて言った、「ああ、娘よ、あなたは全くわたしを打ちのめした。わたしを悩ますものとなった。わたしが主に誓ったのだから改めることはできないのだ」。
娘は言った、「父よ、あなたは主に誓われたのですから、主があなたのために、あなたの敵アンモンの人々に報復された今、あなたが言われたとおりにわたしにしてください」。娘はまた父に言った、「どうぞ、この事をわたしにさせてください。すなわち二か月の間わたしをゆるし、友だちと一緒に行って、山々をゆきめぐり、わたしの処女であることを嘆かせてください」。エフタは「行きなさい」と言って、彼女を二か月の間、出してやった。彼女は友だちと一緒に行って、山の上で自分の処女であることを嘆いたが、
二か月の後、父のもとに帰ってきたので、父は誓った誓願のとおりに彼女におこなった。彼女はついに男を知らなかった。これによって年々イスラエルの娘たちは行って、年に四日ほどギレアデびとエフタの娘のために嘆くことがイスラエルのならわしとなった。
 
 
< イーピゲネイアの犠牲奉献 
 
イーピゲネイアはアガメムノーン王とクリュタイムネーストラーの娘。
 
アカイア軍がアウリスの地に集結し、案内人も得て、いざ出航という段階において、出航するための風が凪一つ訪れず、アカイア勢は立ち往生していまいます。

というのも総大将アガメムノーンが狩猟に出たときにアルテミスの可愛がっていた鹿をそうとは知らずに射殺してしまい、あろうことか「いかに弓の名手たるアルテミスと言えどもこれほどの鹿を射止める事はできまい」と不遜な言葉を吐いてアルテミスの怒りを買ってしまったからです。しかもかつて彼の父アトレウスが、黄金の仔羊をささげると約束しながらそれを果たさなかった恨みまで背負わされたのです。

そうとは知らないアカイア軍は、事態の打開のために占いに頼る事にします。そして予言者カルカースが神意を伝えます。すなわちアガメムノーンの不遜な言動と彼の父の不遜な態度ゆえにアルテミスが怒ったために立ち往生する羽目になったこと、そしてそれを償うためには彼の娘の中からもっとも美しいものを生贄としなければならないと。

当然愛しい娘を犠牲にする事にアガメムノーンは猛反対の意を示しますが、結局はアカイア勢の士気と総大将としての責任感におされ、オデュッセウスとディオメーデースを派遣し、アキレウスとの婚礼のためと偽って彼女の母であり妻のクリュタイムネーストレーとともに愛娘イーピゲネイアをアウリスの地に呼び寄せます。

勇者アキレウスとの婚礼と喜びやってきた二人は、真実を知り絶望と悲嘆にくれます。非道な仕打ちにアカイア勢の中でも賛否両論で大混乱を招きますが、その混乱に終止符を打ったのは覚悟を決めた犠牲者たるイーピゲネイアでした。

彼女は自らの意思でアカイア軍のために生贄となることを決めます。イーピゲネイアは死を覚悟して祭壇に跪き、そしてアガメムノーンの部下テルテュビオスがそのうなじに剣を振りおろしますが、その時アカイア軍全員の前に霧が立ちはだかり、それがはれるとそこには彼女の姿はなく、代わりに一頭の牝鹿が絶命していました。

彼女の献身的な態度に心を打たれ、これを哀れに思ったアルテミスが、アガメムノーンとその父の罪を許し、彼女が犠牲になる直前に彼女と牝鹿を置き換えたのです。イーピゲネイアはアルテミスによりそのままタウリケーの地に運ばれ、生涯処女のままアルテミスの神殿の巫女として仕えたという事です。

アンドロメダーの犠牲奉献
 
アンドロメダーは母カッシオペイアがその美貌が神に勝ると豪語したことから、怒った神々によって怪物(化け鯨)の生け贄とさせられようとして、波の打ち寄せる岩に鎖で縛りつけられた。そこを、ゴルゴーンの三姉妹の一人、メドゥーサを退治してその首級を携えてきたペルセウスが通りかかった。ペルセウスは、怪物にメデューサの首を見せて石にし、アンドロメダーを救出した。アンドロメダーは後にペルセウスの妻となった[2]。その後、アテーナーが星座として天に召し上げた。
 
  *************************************************************************************
 
エフタの娘・イーピゲネイア・アンドロメダーのエピソードは、処女犠牲という共通の源を持っている。
 
エフタの娘とイーピゲネイアの場合は、戦闘行為に関係する処女犠牲である。(エフタの娘は戦闘終結後に犠牲奉献されているが、元来は戦闘開始前に犠牲にされたのであろう。士師記においては、より劇的な効果を出すために前後を逆転させたと考えられる)
アテーナイの王女アグラウロスは、アテーナイの戦争勝利のためにアクロポリスから投身自殺をしたと伝えられている。
 
アンドロメダーの場合は、海や沼に住む支配主の怪物(蛇や龍のケースもある)に対する処女犠牲である。海や沼に住む支配主の怪物(蛇や龍のケースもある)を宥めて、漁労が安全に成功し、豊漁になるように処女を怪物の花嫁として奉献するのである。
 
さて、何故、処女犠牲が実行されたのであろうか?
 
アンドロメダーの場合は、犠牲にされる処女は、海の怪物の花嫁として、豊漁を齎すために、魚達を産む母親の役目を期待されている、と考えられる。
 
それから類推すると、処女犠牲は、犠牲になる処女少女が、神的出産力を持つ母親(母神)になり、生命(や食料)を齎すことを期待して実行されたのであろう。
 
このように考えると、エフタの娘とイーピゲネイアの場合(戦闘行為に関係する処女犠牲)は、彼女達が、戦闘で戦死した自部族の兵士と冥土(あの世)で性交し、新たな次世代の部族(民族)の種を齎すために実行された処女犠牲であったのであろう。
 
犠牲になった処女(少女)は、神的世界(あの世)で、神秘的な出産力を獲得すると思われていたのである。

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事