論文

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」の研究者である前川輝光 亜細亜大学教授は、次のように述べている。(マハーバーラタの世界、5章より引用。一部変更)
 
********************************
 
カースト制度の序列が固定化し、バラモンが最上位に君臨するようになる前の時代には、宗教的特権階級たるバラモンと、世俗的特権階級たるクシャトリヤとは熾烈な対抗関係にあった。仏教文献やジャイナ教文献には、それを反映してバラモンよりもクシャトリヤを上位に位置づけた記述が散見される。
 
「マハーバーラタ」の挿話の中にも、両者の対抗関係を如実に示すものが少なからず見られる。(ヴィシュバーミトラ物語やパラシュラーマ物語など)
 
「マハーバーラタ」は最初、クシャトリヤ(戦士貴族階級)の文化や理想像を伝えるべく語り始められたが、後にバラモンの手で大幅な修正追加が行われた。紀元前400年〜紀元後400年の成立過程の間に、「マハーバーラタ」の性格は大きく変容してしまったのである。(しかし、それにも拘わらず、かつてのバラモン対クシャトリヤの対抗関係やクシャトリヤ優位を反映した名残りは随所に窺われる)
 
「マハーバーラタ」の登場人物の中で、このようなバラモン化の使命を体現しているのがクリシュナである。多くの研究者が指摘しているように、クリシュナの目的は、全クシャトリヤを滅亡させることであった。
 
クリシュナは、バラモンの至上権を認めない暴虐な現クシャトリヤ世代を一掃し、クシャトリヤを根絶やしにするために、ヴィシュヌ神の8番目の化身として登場したのである。(バラモンを敬う有徳なパーンダヴァ5王子だけは助けられた) つまり、クリシュナは、バラモンの権威を拡大するために行動したのである。クリシュナはバラモンの世界観に沿った役割を与えられたのである。
 
引用終わり
 
********************************
 
さて、元々、クシャトリヤ(戦士貴族階級)の文化や理想像を伝えるための物語が、バラモン(祭司・神官階級)によって修正加筆され、クシャトリヤ(戦士貴族階級)は、パーンダヴァ5王子を除いて、クリシュナの無慈悲な奸計によって絶滅されて行く。
 
このような、クシャトリヤ(戦士貴族階級=世俗勢力)中心史観から、バラモン(祭司・神官階級=宗教勢力)中心史観への歴史的変容は、旧約聖書の創世記についても当て嵌まる。
 
3:22
主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。
 
この記述には、明らかに、神と人との対立関係(神の人間に対する冷酷さ)が表現されている。創世記の最初の部分は、このような、神と人との対立関係(神の人間に対する冷酷さ)が主題となって成立している。(=世俗的な考え方
 
しかし、後代になって祭司神官勢力(サドカイ派・宗教信仰勢力)が拡大すると、それを反映して創世記の「神と人との対立関係」という主題は巧妙に隠されてしまい(あやふやにされてしまい)、宗教信仰勢力にとって都合の良い箇所だけが強調されるようになったのであろう。(旧約全体が宗教勢力に乗っ取られた
 
しかし、それでも、「ヤコブの神との闘い」のエピソードは、削除されずに残っている。それは、ちょうど、「マハーバーラタ」で、バラモン階級編纂者が、クシャトリヤの美しい?文化や価値観を完全に払拭できなかったことと同じである。やはり、オリジナルな主題は、いくら隠そうとしても、完全に隠し通せるものではないのだろう。
 
なお、世俗的勢力と宗教的勢力の対立関係は、インドラとトヴァシュトリ、 エンリルとエンキ、の神話にも反映されている。
 

開く コメント(0)

ヤコブの組打ち相撲は、人身供犠の一形態と考えられる。
 
しかし、ヤコブは、人身供犠の犠牲者になることを免れ、延命に成功する。
 
それが、「神と闘って勝利した」という記述の意味である。
 
この場合、「」とは、人間に人身供犠を強制する力のことである。
 
なお、ヤコブは、「神と闘った」後、びっこになるが、「びっこになる」とは、去勢の婉曲表現なのかもしれない?? (ちょうど、アッティスのように)

開く コメント(1)

インダス文明の主要都市、モヘンジョ=ダロの北西300キロmにあるバロチスターン丘陵北部の都市クエッタにおいて、BC3000年〜BC2000年頃のものと見られる母神像やコブ牛土偶が出土している。
 
さらに、この都市クエッタのダンブ・サダートIIIA期においては、高さ6m、縦横9m四方の巨大な泥レンガ積製の基壇が発見されている。
 
この基壇には、半地下式の穴と深さ1m程の排水溝が設置されていた。(排水溝は人工池に繋がっていたのだろう)
 
この基壇上からは母神像が、基壇の基礎下からは人間の下顎骨が発見されている。
 
半乾燥地帯でありながら、排水溝が設けられ、豊穣を願うための母神像や、人身供犠を思わせる骨が出土する状況は、基壇の上で、何らかの儀礼が行われた事を示唆していると考えられる。
 
(以上、引用)
 
*************************************
 
おそらく、この基壇上では、人身供犠が行われ、その犠牲者から流れ出た血が、排水溝を伝わり、人工池に流れ着いたのだろう。
 
ところで、この基壇の状況は、シュメールのエンキ神の儀礼や、ギリシャのポセイドン神の儀礼を想起させる。(さらに、ヘブライ聖書のレビ記における祭壇や、カーリー女神の祭壇も同じ。犠牲を捧げる祭壇は、絶えず血塗られていなければならなかった
 
なぜなら、アッカド神話において、エンキ神(=エア神)は、父であるアプスー(水=人工池)を殺害し、その屍体の上に自分の宮殿(基壇に相当)を建てたと言われるからである。
 
こう考える場合、エンキ神(=エア神)とは、共同体に人身供犠を促す強制力と考えることができるだろう。(そして、アプスーは、後代のドゥムジ=真の子供、の原型と考えられる)
 
 
エンキ神とポセイドーンの関係

まず、両者は、水神の性格を持つ。又、両者は最高神である、ゼウス・エンリル(嵐と大気の神)の兄弟であった。さらに、アテーナイのアクロポリスには、ポセイドーンが湧き出させた、小さな海が存在したが、シュメール諸都市の神殿にも、原初の池(アプス)が存在していた。エア(エンキ)神はアプスを殺し、その上に神殿を建てたといわれるが、ポセイドーンの海も、犠牲の血を注ぐ坑と定められていた。(W・ブルケルト)
そして、ポセイドーンは、キュクロープス(鍛冶の怪物)の父といわれている。(エンキ神も鍛冶神だった)
又、エンキ=ポセイドーン=「大地の主」という意味でもある。
これらの事から、初期のポセイドーン神は、ギリシャにおける、エンキ神の分身であったと考えられる。ところが、ギリシャ神話では、エンキ神の人間に対する過酷な部分・性格(ドゥムジをイナンナの救出の為に犠牲にすること)をポセイドーンに代表させ、一方、エンキ神の人間に対する柔和な部分・性格をプロメテウスに代表させている。

この事を図示すれば、

  
      |⇒人間を犠牲として殺害する側面⇒ポセイドーン
        |        
  エンキ神
        |
        |⇒人間を援助して存続させる側面⇒プロメテウス

となる。

この場合、「エンキ神⇒ドゥムジ犠牲」=「ポセイドーン⇒オデュッセウス犠牲」=「カイン⇒アベル犠牲」=「ヤハウェ⇒ヤコブ犠牲」という関係が成立している。
 
エンキ = カイン = 鍛冶神 (師) ドゥムジ=アベル=牧羊者 アベル(シリア語のアバル・牧羊者と同意)
 
* なお、興味深いことに、エンキ神(鍛冶神・水神・智恵の神)とプロメテウス(智恵の神)とポセイドーン(水神)とトゥヴァシュトリ(鍛冶神)は、それぞれ、儀礼行為の創始者として位置づけられていた。



 
ヤ―ダヴァ族の王であるクリシュナは、ジャラという名の猟師が射た矢に、急所である足の裏を撃たれて、非業の最期をとげる。
 
一方、英雄王アキレウスも、パリスが射た矢に、急所である踵を撃たれて、最期をとげる。
 
クリシュナとアキレウスを聖王と考えると、理解できる。

開く コメント(1)

先日、私は、人間犠牲儀礼には、強制的な人口減少策人間の間引き)の意味がある、と述べた。
 
それは、確かに、そうなのだが、聖王が共同体の代表として人間犠牲になり、新しい後継者新聖王になる場合は動物犠牲儀礼からの類推から考えると、生命の循環(古い生命が死んで、新しい生命が誕生すること)も表現している。
 
動物犠牲儀礼からの類推から考えると、聖王が共同体の代表として人間犠牲になり、新しい後継者新聖王になる場合は生命の循環(古い生命が死んで、新しい生命が誕生すること)を表現しているのだが、結果的には、強制的な人口減少策人間の間引き)の一環としての意味があるのである。

開く コメント(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事