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W・ブルケルトは、以下のアルテミスの所業のうちに、アルテミスの狩猟を統べる大地母神としての性格と、その儀礼行為を見て取っている。
 
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アクタイオーン  は、ギリシア神話の中の登場人物の一人。長母音を省略してアクタイオンとも表記される。父は太陽神アポローンの子アリスタイオス、母はテーバイの王カドモスの子アウトノエーとされている。
ケンタウロスケイローンに育てられて狩猟の術を授けられた。一説には狩猟を教わったのは実父からであったともいう。
 
50頭の猟犬を連れてキタイローン山にて狩猟中、女神アルテミス入浴中の裸体を誤って目撃してしまったために、報いとしてかの女神によって鹿へと姿を変えられ、連れてきていた自分の猟犬に食い殺された。一説にはわざと鹿皮をアクタイオーンに被せて猟犬に襲わせたともいう。

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ヤコブの組打ちの意味

http://koshigaya.s375.xrea.com/kisetsu/jan05/204.jpg
 その夜、ヤコブはヤボク川の渡しを渡ろうとしました。ヤボク川はギレアデ山地から曲がりくねって、死海から約40キロ北の地点でヨルダン川と合流している川です。ヤコブはそのヤボク川を女子供を渡らせ終えて、さて自分も渡ろうとしたその時、いきなり人影が現れてヤコブに組み付いて来たのです。その人はとても強い人でしたがヤコブも負けてはいませんでした。一晩中二人は組みあい闘いました。夜明けが近づき、その人はヤコブに勝てないとみるとヤコブの関節に触り、ヤコブの股の関節をはずしました。それでもヤコブは彼を放しません。
 「もう夜が明けるから、わたしを帰してくれ」
 「いいえ、わたしを祝福してくださらないうちは放しません」
その人は命じました、
 「神と争って勝ったのだから、これからはヤコブではなく、イスラエルと名を改めなさい」
 
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上の絵画では、天使を模して描いてある人物は、創世記32章の記述から解釈すれば、明らかに
神そのもの>に違いありません。
 
だから、<イスラエル>という言葉の意味は、<神と闘う者>となります。(神 対 人間の闘い)
(ヘブライ語の文法にも適う)
 
私の主張によると、旧約聖書の根本思想は、この「イスラエル=神と闘う者」であります。

人間が、「神と闘う」とは、どういう事なのか?

この点に、人類の歴史の全てが凝縮されているのです。

人間は、「神と闘って、(神が炎の剣で守る)生命の木の実を掴まなければならない

旧約聖書には、そういう普遍的な意味が含蓄されています。

しかし、ユダヤ教・キリスト教信仰者は、誤った解釈により、この最重要思想を台無しにしてしまいました。
 
ヤコブ(イスラエル)は、この闘いで負ければ、命を失わなければならないのです。
 
神 対 人間の闘いとは、命を懸けた闘いなのです。
 
そして、あなた自身の闘い、でもあるのです。
 
 

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禹について(引用)

見事な繋がり
 
 
前回の記事後半ではスキタイの男たちが生殖不能となって“女”として暮らしていた話を紹介した。彼らはエレナスと呼ばれ「男が女になる病気」としてギリシア人からは見られていた。スキタイ人の風習を今日でも残すオセット人占い師(シャーマン)の例を通じて、男が女になるような現象を説明した。
 
前回の続き
 
 
・・・このような例を考えてみると、スキタイの「男が女になる病気」は病気ではなく、エナレスというシャーマンのことだったかのようにも思えてくる。まだ古代ギリシアが遊牧民や西アジアの宗教儀式を知らなかったため、それが病気や“神の病”として解釈されたのかと思われてくる。
 
ふむ。
 
一般的には、男性のシャーマンが多かったが、農耕社会におけるシャーマンはむしろ女のシャーマンが多い。シャーマンイズムにおいて、シャーマンが霊などと交信する際には、性同一性は問題とならなかった。男性のシャーマンが女性の服装を着たり、女性のシャーマンは男性シャーマンと等しく敬われた。儀式を行うにあたっては、呼び出す彼の守護霊が男性であればシャーマンは女性に変身し、霊が男性の場合は女性になるという原則が働いていたという。
 
ところで、このエレナスの話を聞くと、個人的にはヘラクレスがリディアの女王オムパレーのところに奴隷として仕えた時、女装した事を思い出す。ひょっとしたら何かしら関連があるのかもしれない。
 
 
 
 
ところで・・・
 
いろいろと調べているうちに面白い記事を見つけた。
↓ 
「夏」という字の部首は「夊(すいにょう)」だそうでして、「夏」の下の部分です。足をひきずるさまを描いた象形文字で、「足が進まない」という意味なんだそうです。「憂」(心配で足が進まない)や「愛」(胸がいっぱいで足が進まない)などの下部にも含まれますね。
 
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「夏」の上の部分は、「頭上に大きな飾りをつけた大きな面」を表しており、これをかぶり足をずらせて舞う人を描いた象形文字が「夏」だということなんだそうです。仮面をつけるシャーマン(巫女)の姿であるといいますから、なかなか呪術的な文字であります。
 
 
シャーマンが跛行であったことを考えれば、
 
夏という漢字は「上の部分」も「下の部分」も、
 
まぎれもなく・・・ シャーマン を表したものだろう。
 
 
それに、シャーマン(巫女)が本領発揮するのは、おそらく夏場に行う雨乞いであったに違いない。
 
 
夏・・・ それはシャーマンが踊る季節・・・
 
 
漢字の変遷を見ると次のようになる。踊ってるかな・・・
 
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おもしろいね。
 
ところで、中国の歴史で最古の王朝と言えば伝説の夏王朝(紀元前2070年頃〜紀元前1600年頃)だ。『史記』『竹書紀年』などには、初代の禹(う)から末代の桀まで471年間続いたと記録されている。「夏」という名は次の殷王朝によってつけられたようで、自分たちでそう名乗っていたわけではない。
 
ウィキペディアには次のような記述がある
漢字学者の藤堂明保は、「夏」の字を甲骨文字・金文からの形成の変遷を分析した上で、「大きい人(鎧をつけた大柄なひと)」という美称ではないかとの説を提出している。

岡田英弘の解釈に依れば、夏(か)とは「賈(か)、価(か)、牙(が)」と同音で商売を意味し、元は洛陽盆地の首都から来た商人・貿易者が夏人(賈人)であり、その使用言語を夏語(雅語)といい、元々現在のインドシナ半島の諸民族の言語に近い「夷」の言語(南方系言語)を基礎にしたものであったとする。
 
このウィキペディアで紹介されている説は、残念ながらどれも説得力にかけている。
 
 
どうだろう・・・
 
 
卑弥呼(シャーマン)率いる邪馬台国と同様に、
 
 
夏(シャーマン)率いる何らかの有力な国が
 
 
 
 
中国にも存在していたと解釈しては・・・?
 
 
 
 
 
ん?
 
 
ちょっと待った。
 
 
 
 
夏王朝の始祖となる禹(う)だが・・・・
 
 
こいつも確か跛行ではなかっただろうか?
 
 
 
禹(紀元前2070年頃)は中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。名は、文命、大禹、夏禹、戎禹ともいい、姓は姒(じ)、夏王朝創始後、氏を夏后とした。
 
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帝堯の時代に、禹は治水事業に失敗した父の後を継ぎ、舜に推挙される形で、黄河の治水にあたった。『列子』楊朱第七によれば、このとき仕事に打ち込みすぎ、子供も育てず、家庭も顧みなかったので、身体が半身不随になり、手足はひび・あかぎれだらけになったという伝説がある。

『荘子』盗跖篇巻第二十九には「尭は不慈、舜は不孝、禹は偏枯」とあり『荀子』巻第三非相篇第五には「禹は跳び、湯は偏し」とある。白川静は『山海経』にみえる魚に「偏枯」という表現が使われていることから、禹は当初は魚の姿をした神格だったという仮説を立てた。

実際「禹」という文字は本来蜥蜴や鰐、竜の姿を描いた象形文字であり、禹の起源は黄河に棲む水神だったといわれている。
 
 蛇身の王だとも。
 
 
禹歩(うほ)
そしてこの「偏枯」という特徴を真似たとされる歩行方法が禹歩であり、半身不随でよろめくように、または片脚で跳ぶように歩く身体技法のことを言う。歩は道教や中国の民間信仰の儀式において巫者が実践したやり方であり、これによって雨を降らすことができるとか岩を動かすことができるとか伝えられている。
 
 
ふむ・・・ここまで来たら禹がシャーマンでないことを証明する方が難しいかもしれない。
 
 
さらに、マーラーーさんの解釈では
 
禹 も 鍛冶神 であるという
 
・・・と言うのは、古代中国における王権の象徴である九鼎(きゅうてい)をつくったのは他でもない禹だからだ。
 
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鼎(かなえ)は鍋釜に相当する古代中国の三本足の金属器具で祭器としても利用された。伝説によれば夏の始祖禹王が九州(中国全土)に命じて集めさせた青銅をもって鋳造したものという(史記・封禅書)。(ウィキより)
 
さて、せっかく『山海経』の話が登場したので、そこに登場するいくつかの怪物についても言及しておこう。
 
『山海経』のなかの製鉄と鍛冶の技術にふれた中山経という書があるらしい。読んだことはないのだが、『山海経』の中には様々な怪物が登場するが、大荒北経という書には「少昊(ショウコウノコ)」という一つ目の怪物が登場する。
 
人がいる。ひとつの目が顔のまんなかにある。ある本によれば、これは威という姓で少昊の子であり、黍を食べる人という。(大荒北経)
 
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            http://www.chinjuh.mydns.jp/sengai/mito/m002.htm
 
少昊というのは、中国の伝説上の帝王の名前で、帝王といっても人ではなく、神に近い存在である。金天氏と呼ばれることもあって、方位でいうなら西を、季節でいうなら秋を、五行(五大元素)でいうなら金をつかさどる存在だという。
 
金属をつかさどる神・少昊の子孫はひとつ目だというのだ。少昊の子孫がひとつ目なのも偶然ではなく、製鉄術を持っていたことを意味しているのではないだろうか?
(右リンクより抜粋 →http://www.chinjuh.mydns.jp/sengai/mito/m002.htm
 
ギリシア神話のキュクロープスに相当する怪物だろう。
 
 
さらに・・・多分次回の記事で述べる事とも関連するのだが、三本脚のゲンという怪物も登場する。ゲンは鉄の産地で見られる三本足の牛である。
 
山の南には金・玉あって、北には鉄があって水がない。獣がいる、そのかたちは牛のようで三本足、その名はゲン。名乗るように鳴く。(北山経三の巻)--208
(右リンクより抜粋 → http://www.chinjuh.mydns.jp/sengai/bovo/pa03.htm
 
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これは・・・? 一応次回の記事で別な形で登場するので覚えておきましょう!
 
 
それにしても・・・ 
 
夏の夊(すいにょう)が跛行を意味し、上の部がシェーマンの服装に由来するというのは面白い。
 
中国史における伝説に夏王朝の「夏」がシャーマンを意味し
 
 
その祖である禹が跛行であったのは偶然だろうか?
 
 
禹は間違いなくシャーマンであり鍛冶を司る存在であったのだろう。
 
 
では、シャーマンは なぜ跛行するのだろうか?
 
 
 

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秦氏と八幡信仰

秦氏と八幡信仰
 このような八幡信仰を日本に最初にもたらしたのは,5世紀前後,新羅・加羅から渡来した<秦氏>であるとされている。秦氏は宇佐地方に<秦王国>を築き,ここを拠点としてさらに近畿地方にも進出していき,仁徳天皇陵など巨大古墳の築造,山城国の開発などを行い,勢力を伸ばしていった。

 宇佐地方には香春山を神体山として崇拝する信仰があり,もともと八幡宮は香春山の麓の<秦王国>にあったようだ。ここで、秦氏が持ち込んだ信仰を原始八幡信仰と呼ぶことにする。香春は「かはる」と読む。もとは<カル>と発音していたそうだ。そして,<カル>とは古朝鮮語で金属、特に銅のことをさしている。ちなみに,奈良,飛鳥の天香具山の「カグ」も「カル」のことであり、この山から出た銅を使って鏡(カガミ)や矛を作ったのである。

 鍛冶とは、古代においては神と交わり、火と風と水と金属を制御する技術,いや<秘術>であり、とても神聖なものとみなされていた。そして,金属器を鋳造することが古代シャーマンの仕事でもあった。古代では職人、技術者は祭祀者でもあったのだ。特に,火を制御する鳥が鍛冶シャーマンのシンボルであり,秦氏の場合、神の鳥のシンボルは「鷹」だった。

今では八幡神の眷族はハトになっている,秦氏が渡来した5世紀頃は鷹が眷族だったことになる。韓国に今も残るソッテにも,そのてっぺんに魔除けの鷹の形象物が据え付けられている事例がある。

いずれにしても,古代シャーマンは,鍛冶や鋳造を神のなせる業として神聖視し、金属神の使いである鳥のしぐさをまねる儀式を行っていたようである。銅鐸に,鳥装のシャーマンの線刻画が掘られているのも,単なる農耕儀礼だけではなかったのではないだろうか。
 鍛冶に使うふいごを<タタラ>と言う。『古事記』の神武天皇の段には、「三輪の大物主神」が丹塗りの矢となって、三島溝咋(みしまのみぞいく)という人の娘である勢夜陀多良比売(せやたたらひめ)と通じて、富登多良伊須須岐比売(ほとたたらいすすきひめ)を生んだ,とある。この姫は別名、比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ)といい、のち神武天皇の皇后になるという記述がある。

 この記述の中の<タタラ>の名をもつ女性も鍛冶,金属器鋳造にシャーマンが関わっていたことを暗示しているのではないだろうか。日本には、原材料となる鉄鉱石は乏しかったわけだが、火山が多いために良質の砂鉄が大量に採掘されていた。このため、砂鉄を加熱して溶かして,鉄塊を精製する特殊な製鉄技術が発達した。この独特の製鉄技術を「タタラ製鉄」と呼んだ。そして,このタタラ製鉄を行っていた人々を稲作農民たちは「山の民」として異人視し,「タタラ者」,「山内者」と呼んでいた。いうなれば,タタラ者は古代朝鮮から渡来してきた金属鋳造技術者集団の末裔なのだ。

 実際,香春山には古い採銅所があって、今では閉山しているが,かつてはここで採取された銅から八幡宮の神鏡が作られていた。採銅所には「元宮八幡宮」がある。ここが本来のヤハタの宮があった場所と考えられる。香春山の一の岳は今ではセメント材料の石灰を採集するために半分にまで削り取られているが,その昔は<金属神の山>だった。

 この秦氏の朝鮮風の習俗=原始八幡信仰が次第に日本化していって、応神八幡信仰、八幡大菩薩信仰、武神八幡信仰の順に変わっていったものと考えられる。
 

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鍛冶神と跛行

鍛冶神の跛行の原因を追求することは、創世記理解の上で最重要と考えられる。
しかし、私は、いまだに決定的な理解には到達していない。
*以下に興味深い参考文献を転載する。
 
まずは炎と鍛冶の神であるヘーパイストスなのだが、この『鍛冶』という職業は、宗教的にもかなり奥が深い。。。
 

ヘーパイストス(炎と鍛冶の神)

鍛冶の神であるヘーパイストスは、オリンポス12神の中でも唯一の手工業を司る神である。ヘーパイストスは工房で武器や道具だけでなく、ありとあらゆるものを作り出した。ゼウスの王笏やヘーリオスの戦車、アポローンやエロスの矢やアルテミスの弓、そして世界で最古のロボットも彼によるもので、跛行(はこう・ひこう)の彼を助けるために黄金製の二人の機械仕掛けの女助手がつくられた。
 
ヘーパイストスの象徴は円錐形の帽子、武具、金床、金鎚などである。彼の名の由来はギリシア語と言われているが、火山に関係することからアナトリア半島やレームノス島、シチリア島などの火山帯で崇拝された神ともされている。
 
 
しかし、オリンポス12神の一人が・・・
 
なぜ 「鍛冶」 で、おまけに 「跛行」 なのか・・・?
 
 
実のところ、
 
金属加工を生業とする民族の伝承には「鍛冶」と「跛行」が常につきまとう。
 
 
ヨーロッパから中国にいたる、ユーラシアを横断した神話や伝説、儀礼の比較検討を通じて、ギンズブルグは、跛行、傷ついた足を引きずること、踵に弱点をもつこと、片足だけ裸足で歩くこと、躓くこと、片足で跳ねることといった歩行の障害を示す特徴が、一時的ないし恒久的な死者の世界との関係を意味することを見いだしている。

歩行障害を示す神や英雄は、生者の世界と死者の世界をつなぐシャーマン的形象にほかならないのである。たとえばシンデレラ物語が象徴的に示しているように、他界に行った者は、跛行になったり、靴をなくすなど、歩行の不均衡を印づけられる。ギンズブルグはこうした象徴的形象の幅広い分布から、ユーラシア大陸のシャーマニズムが共有する神話的基層の存在を推測している。
右リンクより抜粋→ http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/1097/
 
シンデレラ物語とシャーマニズムの関連については過去記事(下記リンク)も参照ください。↓
 
 
ところで、日本語には『たたらを踏む』という言い方がある。的が外れたために、勢い余ってよろける様(跛行する)を表す言葉であり、歌舞伎や芝居にも『たたらを踏む』という動作がある。本来、たたら(踏鞴)とは、鍛冶屋が金属加工する時に必要な空気を送り込む送風器の事で、たたらを勢いよく踏む姿と似ていることに由来する。
 
歌舞伎などで登場するオットットと片足で横に飛ぶような動きがあるが、あれが「たたらを踏む」という動作だ。
 
いずれにせよ、日本においても「鍛冶」と「跛行」というのは何らかの関連をもって考えられていたようである。
 
ちなみに映画「もののけ姫」には古代の製鉄所が舞台となるが、たたらを踏んでいる女たちが描かれている場面がある。
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ギリシア神話でヘーパイストスが跛行であったのではあるが、彼の鍛冶工房で働いている、キュクロープスという優れた鍛冶技術をもつ巨人は単眼であった。この単眼と鍛冶というものの結び付きも非常に深いものがある。
 
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「不思議なことに、西洋でも冶金神は独眼や独脚で表象される例が多かった。例えば北欧神話によると、万物の父オーディンは『片目の神』という添え名を持つ鍛冶神でもあったし、アイルランドの伝説では、天の鍛冶師月の男神(ルノ)もまた片足が不自由で、豪勇をもって鳴る英雄フィンの魔法の剣を鍛えたと伝えられている」
山内昶『ものと人間の文化史 もののけI』p.210
http://d.hatena.ne.jp/m-toroia/20040925 
 
 
あまりメジャーではないのだが、日本神話の中にも天津麻羅天目一箇神金山彦神などといった鍛冶の神が登場する。
 
天津麻羅
『古事記』では岩戸隠れの段に登場する。「鍛人(かぬち)天津麻羅を求(ま)きて」とあるだけで、何をしたのかは書かれていない。その前に「天の金山の鉄(はがね)を取りて」とあることから、伊斯許理度売命(いしこりどめ)が鏡を作るための製鉄を行ったとも考えられる。
天津麻羅の「マラ」が、片目を意味する「目占(めうら)」に由来することと共通している。
 
天目一箇神
天目一箇神(あめのまひとつのかみ)は、日本神話に登場する製鉄・鍛冶の神である。神名の「目一箇」(まひとつ)は「一つ目」(片目)の意味であり、鍛冶が鉄の色でその温度をみるのに片目をつぶっていたことに由来するとも言う。
 
 
ふむ。
 
更に・・・
 
ゲルマン神話に登場する屈指の鍛冶職人ヴェルンドは、やはり脚の腱を斬られ、跛行を余儀なくされている。
 
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また、跛行ではないのだが、父なる天への信仰と鍛冶という要素が垣間見える神話もある。
 
フィンランド神話にはイルマリネン (Ilmarinen) という鍛冶神が登場する。イルマリネンの「ilma」という語は、「空気」、「空」や「暴風」、「雷雨」を意味しているそうで、古くは神として崇められ、その後天空を鍛えて造る鍛冶屋として文化的英雄となった。
 
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スラブ神話にはスヴァローグという火と鍛冶神がいる。イルマリネンと同じく「天空」とも関係するらしいのだが、民話においては跛行の象徴である蛇(火の大蛇)として描かれている。神話においてスヴァローグは、鍛冶で使うトングで悪い蛇であるズメイと戦った。注目すべき彼の能力は、彼が深い溝を作り、あの世とこの世を切り離す事も出来たということだ。彼もまた、鍛冶屋とシャーマン的機能を備えている。
 
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これらの奇妙な関係はどう解いたらいいのだろうか?
 
 
このフィンランド神話とスラブ神話に登場する鍛冶神が「天」と関わりがあったというのは興味深い。
 
そして、スヴァローグの話でも出てきたが、
 
 
遊牧民族はシャーマニズム的な信仰体系をもっている。
 
 
・・・
話が無茶苦茶それてきたが次回はシャーマニズムと遊牧民族の関係だ。。。
 
ヘラクレスの話はいつになるやら・・・
 

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