|
ファスナーの引手につけるホルダーです。
これで3度目の購入。バッグ・ポーチ・ペンケース。。。。。使い道がたくさん〜
前回は国連旗をみつけましたが、今回もレアものが3つ。
古代ローマ帝国・神聖ローマ帝国・イタリア王国
|
思うまま=地理
[ リスト | 詳細 ]
|
春日通りから本郷通りへ
曲がってすぐに、
こんな立派な山門?が
あります。
いつもそそくさと前を通る
だけでしたが、時間が
あったので奥へ
えっ!これだけ??? →
← 思わず振り返りました。
どうして門と参道だけが立派なまま残っているのか謎???
|
|
東大の東に隣接している春日局が
建立し、終の棲家にした臨済宗
妙心寺派の寺。
15:00に閉門するのを知らず、
前回はわずかの差で入れなかった・・・
幕府の恩に報いるために、寺の
建立を思いついたら、家光がこの地
をくれたとか。
なかなか趣のある庭を過ぎると、
「ここからは関係者以外は立ち入らない
でください」
と張り紙がしてありましたが、見たかったのは
お墓だったので、先へ進みます。
庭の手入れをしていたかたに「こんにちわ」
と声をおかけしても、制止されなかったので
いいことにしましょう。
あれれ、門でみかけた年の差カップルが
墓地の入口のベンチで・・・
葵の御紋までついている!
乳母って偉いんですねぇ。マザコンってこと?
“三”がついているほうは、夫君稲葉正成の
紋ですね。
周りには稲葉姓の墓石がいくつもありました。
|
|
先週「道具まつり」のイベント
が行われていたようですが、
昨年、それに合わせて行ったら
大混雑で、お店には入れない
ような状態だったので、今回
は終わってからをねらって。
今日は月に2回の燃えない
ゴミの収集日なのでそれに
合わせて、新調しようという
魂胆でした。
同じものが並ぶと、御鍋も
アートです。
買ったのは御鍋じゃなくて、
ボールとおたまとピーラー
とペッパーミルと湯呑。
陶磁器などはデパートや普通
の小売店の半額〜2割安。
お茶を飲む人が減ったから
でしょうか、湯呑の品揃えが
少ない〜
買わなかったのは、ポテト
マッシャー。業務用でデカい。
よくつぶれそうだけど、
収納がねぇ〜
買えなかったのが、油こし。
昨今は1回で固めて捨てて
しまう人が多いのでしょうか。
昨年はあったのに。。。
こんなものも売っています。
業務用の食材店も2軒
ここは駄菓子の卸し
“うまい棒”オンパレード
大いに触手が動いたの
ですが、食欲の秋、これ
以上の体重増加を抑える
べく素通り。。。。
|
|
この神社は1062年に源義家に
よってつくられ、江戸時代には
拡張工事の際に、崖の穴から
金銅仏が出てきて、“穴”八幡
として、北の鎮守として幕府の
守護だったとか。
尾張徳川家の下屋敷に隣接
しています。
金銀を授かるとのことで、商売
繁盛を願う人がバスをしたてて
訪れます。
吉宗は世嗣の疱瘡平癒祈願の
ため、1728年に流鏑馬を奉納
して、それが現在まで続いてい
ます。
アナウンスの説明では、流鏑馬
は平安時代には始まり鎌倉で
さかんに行われたけれど途絶え、
吉宗が復活させたけれど、文献
はあるものの、服装からして
実際どんなものか不明で、苦労
したとか。
神社で儀式を行い、この公園
まで行列してくるのですが、
最短距離200mのところを
遠回りしてやってきて、20分
遅れでスタート。
この金色の扇が投げられると
始まる、との解説でしたが、
投げませんでしたよ???
様子が分からず陣取ったのが 第一の的の手前だったので、
こんなアングル〜。
三つの的があって、全部射抜く
と恩賞がもらえるとか。
いやがってなかなか出走地点
に動いてこない馬も、着くや
いなやいきなり走り出して、
驚きました。
馬ってそういう習性なんでしょう
かね〜。
3つ射終ると、宮司がその的を
持って凱旋?行進。
最初と最後の的は大きいまま
なので、この方は1つ的中かな。
射手は源〇〇という名を持って
いるようです。
この帽子は流鏑馬の儀式用。
この後、的を小さくして儀式外
の競技も行われましたが、
そのときはこの行進はなし。
射た矢も御払い?をして
丁重にしまいます。
後ろに掲げている棒の先には
御払いに使う房々がついていて
終了、の合図のようでした。
馬は8頭。
流鏑馬にも流派があり、これは
小笠原流だとか。
こんな小さい子が引き馬に
乗って走る儀式もありました。
3つとも射たのは2人だけ。
最初のは当たる人が多いの
ですが、2つめ、3つめは
距離が短いので、矢をつがえる
のが難しいようです。
|





