なるべく新選組な毎日

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残念ながら、銃弾が貫通した柱は見られなかった・・・・


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ここも、見つけるの、大変でした!納所小学校の近く、というのは分かった、
のですが、またもや、タクシーでグルグル。
とりあえず、戊辰戦争の激戦が繰り広げられた桂川の土手沿いの細い道、を
走っていたら。
あ、あ、あ、あった〜〜!http://www.charamigo.com/blog/moco04_happy.gif

またもや、運転手さんの「ここ、ちゃうかあ???」の勘が、大当たり!!
妙に、知ったかぶりをする人よりも、実は、この運転手さん、ぶつくさ言いながら
必ず目的地に着く、ので、凄い、かも。。。。

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こちらの石柱に、この寺の本堂に、
戊辰戦争時に銃弾が貫通した柱がある、
という但し書きがありました。
ただ、お寺の方が誰もいなかったようで、
本堂のドアも閉まっていたため、
黙って上がりこむのは気が引けて、
結局その貫通の跡、は見られませんでした。
残念!









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こちらの慰霊碑の字、は
榎本武揚のものだそうです。
釜次郎さん、明治の世になってから、
本当にいろいろな場所で、
旧幕府軍の人たちの慰霊に力を
尽くしてるんですよね。。。
感謝!











この戦いの頃の日祥上人の書いた日記が残っています。
明治元年正月四日、幕兵官軍を小橋の畔に拒む。
銃丸雨の如く威集し、その寺の障壁什器一つとして丸きもの無し、
猫犬驚きて走り、身を措くところ無し。
中に巨砲有り勢迅雷の如く、響は天地を動かす。
其丸(たま)鐘の如きもの誤りて是の柱を洞軼し
玄関の屋隅に抵りて止まる。
ひろいて斬く寺に蔵す。
人来り伝へ観て以って驚き胆を破る。
爾後此柱に新造を加えず、全く其跡を存し
以て後世伝説の証と成す。嗚呼、危き哉、 妙教寺 日祥誌。
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残念ながら、とても小さいお寺さんなので、妙教寺のHPなどはありません。
こちらに行かれた方、
の本堂の写真が載っています。

京都に行かれる新選組のファンの方は多いですが、ここまで足を伸ばされる方も
なかなかいないのではないでしょうか???
京都はよくご存知のきじさんも、初めてだ、とおっしゃっていました。

もしこちらのブログを読んで下さっている方、でこの妙教寺の銃弾跡を
見られたことがある方、がいらっしゃったら、お知らせいただければ
幸いです!

さて、私たちの伏見探索はこれで、終了!!
本当はもうちょっと行きたい場所もあったのですが、とにかく暑くて、暑くて。。。。
きじさんも私も頭がぼ〜っとしてきたので、この後は【くろたにさん】に
行くことにしました。

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こちらはきじさんが持っていたガイドブックに載っていた、もうひとつの戊辰戦争
戦没者の慰霊碑です。比較的新しいもので、
セントラルハイツ淀というマンションの脇にひっそりと建っています。

この記事に

閉じる コメント(2)

妙教寺は家にあるガイドブックを見ると本堂は原則的に非公開と書いてありました。頼んだら見せてくれるのかしら?この日は本当に頭がぼ〜っとなりましたね^−^;振り返ってみるとまだ見ないと行けないところがあったかもしれないですね^^TBさせてください。

2006/8/21(月) 午前 0:13 きじねこ 返信する

きじさん、コメントとTBをありがとうございます。多分頼めば見せていただけたのかもしれませんが、どなたもいらっしゃらなかったようなので残念ですね〜!また、行きましょう!!

2006/8/27(日) 午前 8:26 jules 返信する

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