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◆【教育】フジ系報道2001「歴史教科書問題」 侵略/遠征、「二重基準」失笑も
元寇の虐殺は“遠征” 秀吉は侵略
十日放送されたフジテレビ系「報道2001」で教科書問題が取り上げられ、扶桑社の中学歴史教科書の監修者を務めた岡崎久彦元駐タイ大使と扶桑社教科書の不採択運動を行っている「子どもと教科書全国ネット21」の吉田典裕常任運営委員が論争。多くの中学歴史教科書が豊臣秀吉の朝鮮出兵を「侵略」と書く一方、元寇を「遠征」と表記する二重基準をめぐっては、吉田氏の発言に出演者から失笑も漏れた。やり取りは次の通り。
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島田彩夏キャスター 現在使われている多くの中学歴史教科書は豊臣秀吉の朝鮮出兵を「侵略」と表現しています。そして元の襲来を「遠征」としています。日本が攻めるときが侵略で、攻められるときは遠征ということは、近隣諸国条項で近隣の諸国の皆さんに気を使っているからこういう表現になるんでしょうか。
岡崎氏 左翼思想を何とか教科書の中に入れようというのが、近隣諸国条項で勇気付けられている。これは間違いですね。
黒岩祐治キャスター 吉田さん。「侵略」「遠征」の表現は正しいんですか?
吉田氏 私は歴史の専門家ではありませんし、著者でもありませんからコメントする立場ではありませんけれども、著者が歴史の評価として書いたものだと思います。
岡崎氏 コメントするとどうなんですか。あえて。
吉田氏 実際に、秀吉の場合は朝鮮に出兵して現地の農民を殺したりもしてるわけですね。元の場合は日本を征服したという歴史的事実はないわけですから、そのあたりを配慮したという気はしますけど。
竹村健一解説者 だけどテレビを見てる一般の人は、両方とも同じ言葉で言うべきであると。
島田キャスター うふっ、そう思いますよね。
竹村氏 と思うのが国民の気持ちだと思う。
島田キャスター なんで違うのかなあ(笑)。
岡崎氏 その通りだ(笑)。
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【注】元寇で元軍は壱岐、対馬を占領し、多数の住民を虐殺している。
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【18年度版中学歴史教科書の元寇記述】
≪東京書籍≫
「攻め入ってきました」「ふたたび攻めてきました」「この二度の襲来のあとも、元は日本への遠征を行おうとしました」
≪大阪書籍≫
「上陸しました」「再び九州北部に攻めよせました」「3度目の日本侵攻を計画しました」
≪教育出版≫
「遠征軍を派遣しました」「上陸し」「再び遠征を決行し」「その後も侵攻を計画しました」
≪帝国書院≫
「遠征を大幅に遅らせました」「上陸しました」「ふたたび北九州をおそいました」「3度目の遠征を計画していた」
≪日本書籍≫
「遠征しようとした」「上陸した」「おしよせた」「その後も日本遠征を計画した」
≪清水書院≫
「日本遠征はおくれた」「攻めよせた」「おしよせた」「3度目の日本への襲来を計画した」
≪日本文教出版≫
「襲ってきた」「大軍を送ってきた」
≪扶桑社≫
「征服しようとくわだてた」「おそった」「略奪と暴行の被害を受け」
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※秀吉の朝鮮出兵は日本文教出版と扶桑社以外は「侵略」と表記。
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私も産経新聞すきです。私のブログとネタがかぶりそうですが、お互いに頑張りましょう。産経新聞、正論 万歳!
2005/4/21(木) 午前 0:26
たった約七百年前、我が国は元の侵略を受けた。
無論、この日本侵略に参加したのは蒙古軍だけではない。
南宋軍、女真軍、高麗軍。
つまり、今のモンゴル、中国、旧満州、韓国、北朝鮮である。
この元寇で彼奴らの猛威を被った対馬、壱岐、鷹島、長門、平戸、博多の惨劇は、口にするのもおぞましい。
博多は火の海になった。
間違いなく言えるのは、これは侵略戦争であったということである。
明確に我が国を高麗などに続き侵略せんとする明確な意図があった。
が、私の記憶する限り、中国首脳が元寇に関して、一度も謝罪などした記憶が無い。
そして、口を開けば日本に対して「謝罪せよ、反省せよ、靖国に参るな、経済援助をよこせ」である。
元寇の命令を発したのは今の中国である。
中国らは物事の理を知らないのか。
元寇で多くの民が無残に殺され大陸に拉致された。また、元寇防塁などで多くの出費が必要である。
元寇で犠牲になった人々達の供養は今なお続いている。
中国こそ元寇を謝罪しその損害を賠償すべきである。
2011/10/15(土) 午前 6:46 [ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]