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◆対独戦勝60周年式典 大戦当事国一堂に 歴史より現実 和解半ば
モスクワで九日行われた対独戦勝六十周年記念式典は、歴史に一つの区切りをつけ、新たな国際関係を築く出発点にするというのが主催国ロシアの主張だった。スローガンの「記憶と和解」にはそうした意味が込められ、第二次大戦の戦勝国、敗戦国の指導者がつどった理由もまさにそこにあった。しかし、たとえば中韓両国と日本の関係をみても、歴史の記憶は現実政治と密接に絡んで、新たな関係構築よりも、歴史問題の複雑さを浮き彫りにしている。
プーチン・ロシア大統領は式典での演説で、第二次大戦で最大の犠牲者(二千七百万人)を出したソ連が、ナチス・ドイツを撃退、連合国側の勝利に決定的役割を演じたと述べた。この事実は、ロシア人が今日も誇りにしているが、その部分だけ切り取って歴史を語ることはできない。
一九三九年のスターリンとヒトラーのポーランド分割で始まった第二次大戦で、ソ連は最も大きな戦勝の分け前を得た国の一つだった。ソ連は四五年八月、敗戦間近の日満に侵攻して南樺太などを併合した上、旧満州にいた数十万将兵を抑留しただけでなく、フィンランドも侵略してバルト三国を併合した。
ソ連は四五年二月の米英ソ首脳によるヤルタ会談で、領土拡張の密約を得た上、後の冷戦構造を導く東欧の支配権を確保したのだった。ヤルタ体制は、九〇年の冷戦終結で崩壊、ソ連邦も解体していくが、ソ連全体主義の後遺症は消え去ったとはいえない。
プーチン氏が今回の式典について、政権の権威を内外にアピール、国内での指導力と対外的発言力を高める狙いがあったとみられる。プーチン政権の中央集権化は、多くの抵抗に遭い、独立国家共同体(CIS)の中でロシア寄りの指導者が相次いで選挙に敗退した。
バルト三国がプーチン政権に併合以降の抑圧の歴史の反省を迫るのも、チェチェンが過去三年連続で、戦勝記念日にあわせてテロなどを起こしたのも、大戦後のロシア支配の歴史を背景に、民族問題もからみ現実の利害の衝突を生んでいることに起因する。
ロシアが対独戦の勝利を誇っても、大戦後の抑圧の歴史は消せない。それ以上に民主主義制度に移行しながら、強権政治を引きずっている。ハベル前チェコ大統領ら知識人約七十人は九日付の英紙で、ロシアを「欧州で最も非民主的で抑圧的」と批判したが、政治や社会の現実のありようが歴史の「記憶」より重要ということだ。
しかし、ロシアにしても中国にしても、ブッシュ米大統領の掲げる「自由と民主主義」をそのまま受け入れる気はない。中国の胡錦濤国家主席が、プーチン大統領との信頼関係を深める一因だ。どの国にとっても歴史問題は微妙な要素を抱える。今回の式典はそれを浮かび上がらせただけで、歴史を超えた和解への道は遠いと感じさせられた。(モスクワ 伊藤正)
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