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◆【双方向プラザ】江戸の地図に「竹島」明記
【読者から】竹島(韓国名・独島)問題で日韓両国がもめているとき、古くから自宅にある江戸時代の本に、竹島が記載された地図があることを思いだしました。百科事典のような本で、亡くなった母親が大正時代に嫁いできたときにはもう家にあったそうです。その中の「大日本国全図」には「竹島」がはっきりと、書かれています。江戸時代から竹島が日本の領土だと認識されていた証拠ではないでしょうか。=青森県八戸市 木村広治さん(85)
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■青森県の木村さん所有
木村さんが持っていたのは「永代大雑書萬●大成」という本で、天保十三(一八四二)年初版とあります。厚さが約六・五センチもあり、十二支や鬼門方位、はりきゅう、神仏、人相、天気、農業など、さまざまな事項について、詳しく解説されています。木村さんの母親は調べものをするときに、この本をよく使っていたそうです。その後は、自宅の金庫にしまってありました。
「大日本国全図」は本の中に見開きで収録されています。日本海の隠岐の北西に「松島」(現在の竹島)「竹島」(同・韓国の鬱陵島)と書かれており、そのさらに南西には「朝セン 釜山」と記載されています。
竹島問題に詳しい拓殖大国際開発学部の下條正男教授によると、「本は初めてみるものだが、地図は、安永八(一七七九)年に作成された長久保赤水の『日本輿地(よち)路程全図』をもとに書かれたものではないか」ということでした。
いうまでもなく、竹島は島根県隠岐の島町に属する日本固有の領土であり、歴史的にみても、韓国が同島を実効的に支配していたことを明確に証明するものはありません。
しかし、韓国は一九五二(昭和二十七)年、一方的にいわゆる「李承晩ライン」を設定し、竹島をその内側に含めました。それ以来、同島を不法に占拠する状態が続いているのです。
今年三月には、島根県議会が「竹島の日」条例を可決したことに韓国側が反発。新聞やインターネット上で、激しい“攻撃”が展開され、日韓関係も悪化しました。
だが、下條教授によると、こうしたときに展開される韓国側の主張はほとんどが根拠がないものです。資料の文献批判も十分ではありません。
ただ、もっと問題なのは日本政府が韓国側の主張を論破するような反論をしっかりしてこなかったことでしょう。竹島問題の研究についても、日本側では一九六〇年代後半以降、ほとんど進んでいません。
下條教授は、「竹島は根拠がないのに戦後、韓国に奪われたもの。日本側は毅然(きぜん)とした態度で、韓国側の間違いを指摘すべきなのに、日本の外交はあまりにも稚拙。ただ、今回の地図のように、多くの国民が竹島問題に関心を持つことや古典を大切にすることは大事なことだと思う」と話しています。
ところで、竹島には二十六人が本籍を置いています。隠岐の島町役場によると、「どんな人がいるのかは公表できないが、今回の騒ぎで増えたのは一人ぐらい。本籍を移したいという問い合わせもほとんどない」といいます。(青森支局 馬場紀子、特集部 喜多由浩)
●=女へんに正
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>日本海の隠岐の北西に「松島」(現在の竹島)「竹島」(同・韓国の鬱陵島)と書かれており、そのさらに南西には「朝セン 釜山」と記載されています。 これでは立証にならんな。
2005/6/6(月) 午前 3:33 [ 馬鹿鵜 ]
双方、立証にならないのであれば、1905年の日本の領有宣言が有効とされるのが筋でありましょう。
2005/7/21(木) 午後 0:35