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軽視できぬ敗戦のけじめ(風見鶏)2005/06/05, 日経朝刊
靖国神社に参拝して戦没英霊に「今日の日本の平和と繁栄があるのはあなた方のおかげです」と感謝の誠をささげる。そして「二度と国民を戦場に駆り立てることは致しません」と不戦の誓いを立てる。この限りにおいて小泉純一郎首相の靖国神社参拝は個人としては立派な行いであり、他人や他国からとやかく批判される筋合いはない。
しかし、戦死したわけでもない東条英機ら戦争指導者が英霊と一緒に合祀されていたら話は別である。本来なら称賛されるべき立派な行いもすっかり色あせて批判と疑問の渦にさらされる。
小泉首相は二日の国会答弁で東条らA級戦犯を「戦争犯罪人だと認識している」と言明した。だとすれば、戦争犯罪人と英霊を一緒に靖国に合祀していいのか、英霊は合祀を本当に喜んでいるのか、A級戦犯の合祀は諸外国に「日本は戦争のけじめをあいまいにしている」と受けとられないか、戦争のけじめをあいまいにして日本は国際社会の中で生き抜いていけるのか、などの疑問が次々にわいてくる。戦争指導者たちはアジアの周辺国の人々に対してだけではなく、何よりも日本国民に対して負け戦の責任を負っていることを忘れてはなるまい。
中国と韓国は靖国問題だけでなく教科書問題でも日本を批判している。教科書問題に関する中韓の批判は誤解が多く、説得力に乏しい。問題の教科書は日本でごく一部しか採用されていないし、その内容も指摘されるような極端に偏った内容とはいえない。中韓の批判は的外れだから、日本国内でこれに反応する人はほとんどいない。
しかし、日本の戦争のけじめについて周辺の当事国が批判するのを「内政干渉」と決めつけることはできない。これはドイツも同様であって、敗戦国が甘受しなければならない宿命のようなものである。中国や韓国は事あるごとに歴史問題を対日カードに利用しようとするのだから、利用されないように日本は周到で隙(すき)のない対応をすることが国益にかなう。
靖国問題の本来望ましい解決策はA級戦犯の分祀である。これまで自民党の有力議員がしばしば分祀を神社側に打診したが、その度に拒絶されている。靖国神社は一宗教法人だから誰も分祀を強制できない。神社側は「分祀はありえない」との立場を変えようとしないから、この方法はいまのところ現実的な解決策になりえない。
首相が参拝を取りやめることが一番手っ取り早い解決策になるが、小泉首相がこの方法を選択する可能性も現時点では低いだろう。小泉首相の特徴はいい意味でも悪い意味でも、その頑固さ、一徹ぶりにあり、それが強い抵抗を押しきって構造改革で一定の成果を上げてきた原動力にもなっている。中国の圧力に屈した形で参拝取りやめを宣言すれば、威信が低下し、内閣支持率も下がって構造改革路線にも動揺が出ることを首相は懸念している。
靖国問題のカギは小泉首相が「私的な参拝であり、個人の信条の問題」と述べていることである。私的な参拝で個人の問題なら大げさな形で参拝する必要は全くない。遺族会出身の板垣正元参院議員の著書「靖国公式参拝の総括」によると、当時の宮沢喜一首相は板垣氏に「(遺族会との)お約束は守りましたよ。靖国神社に参拝しました」とささやいたが、宮沢首相参拝の事実は神社当局や首相秘書官ら関係者に聞いても確認できなかったという。宮沢氏のやり方は確かに姑息だが、これも一種の政治の知恵である。
(編集委員 安藤俊裕)
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