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JRが取るべき本当の責任――安全投資に向け赤字線廃止を(中外時評)2005/06/05, 日経朝刊
「井手正敬相談役は退職金を辞退すべきだ。南谷昌二郎会長、垣内剛社長は職にとどまるならその間の役員賞与・報酬を全額、遺族に寄付すべきである」という主張を、ある地元関係者から聞いた。福知山線脱線事故について西日本旅客鉄道(JR西日本)トップの責任の取り方が不十分だという指摘である。
感情的な主張だが考えさせられるところもある。鉄道など大量輸送事業を行う会社の「責任」は特殊だ。事故を完全に防ぐことはできないからだ。最先端技術を駆使し防止に万全を期さねばならないのは当然だが、それでも間違いは起きる。理屈はともかく、そこで責任を取るためのポストが経営者なのだ。
JR西日本には苦い経験がある。一九九一年に死者四十二人を出した信楽高原鉄道事故である。長い訴訟の結果、JRの民事責任が確定し被害者に謝罪したのは一昨年のことだ。サービス業はブランド商売である。ひとたび崩れたブランドイメージを回復するには大変な労力がいることを、JR西日本はこの事件で痛切に学んだのではなかったのか。
企業の実務にとってはさらに重要なことがある。鉄道事業は現場がすべてだ。国土交通省事故調査委員会の原因究明が具体的になるほど、現場に厳しい視線が向く。そのうち警察の捜査も本格化するだろう。現場が誇りを傷つけられては新たな事故も発生しかねない。事業の再建には、トップの引責は不可欠なのだ。JR西日本はその点で後手に回った。
ただ同情の余地もある。福知山線の事故に関する論議は混乱を極めている。特にひどいのは、効率化を事故の原因とするキャンペーンである。効率を追求するあまり社内に上意下達の風土ができ――などとでたらめを言う向きもある。
効率化が問題ならトヨタ自動車やセブン―イレブン・ジャパンは事故だらけのはず。上意下達なしに事業を実行するには一体どうすればいいというのか。
無理な収益計画によってP型の自動列車停止装置(ATS)の設置が遅れたというのなら、安全志向の欠如などより、もっと重要な問題がある。JR各社は民営化後も多くの赤字ローカル線を抱えている。国鉄時代の政治との癒着の名残である。これらの不採算路線が辛うじて維持されているのは都市部の稼ぎをつぎこんでいるからだ。過密ダイヤはその知恵なのだ。
安全と都市部の事業を両立させるには非効率な赤字路線から撤退する構造改革の決断が必要だ。その努力が不十分だったことこそ、JR西日本経営者の、より重大な責任と言うべきだ。
しかし、赤字線撤退を阻んだのが地域政治と住民だったことも事実だ。JR西日本は一昨年、広島県の可部線を一部廃止した。地元は強硬に反対した。輸送密度一日五百人弱、毎年六億円の赤字だった区間の廃止に五年の歳月が必要だった。
JR各社は政治家への配慮からか路線別収支を明らかにしないが、日本全国の路線は、赤一色に違いない。とりわけ、地域経済の地盤沈下が著しい西日本の負担は大きいと推測される。
赤字線から撤退しても、自動車交通が普及した今日、おそらく地域の生活や経済に大きな影響はない。JR北海道が九五年に深名線を廃止したときに、同社は地元の不安にこたえて詳細な統計を用意した。沿線は日本有数の豪雪地帯。過去に雪で不通になった回数はバスより鉄道の方がはるかに多いというデータである。自社の商品の競争力が劣ることを宣伝するのだから複雑だっただろうが、背に腹はかえられなかったのだ。
今回の井手氏の退任は遅すぎたといえよう。しかし、巨額の借金返済と赤字線維持を強いられながら、曲がりなりにもJRを一人前の会社にしたのは民営化後の井手氏の「効率経営」の功績だ。効率化に部分的に無理が生じたとしても、そこを直しただけでは解決にならない。非効率を内蔵する全体の仕組みを改めるべきである。
JRには今後、巨額の安全投資を求め続けねばならない。それには赤字ローカル線からの撤退が不可欠だ。JR西日本は山陽新幹線と近畿圏の都市交通だけの会社になるかもしれない。それでも惨事を繰り返すよりはよほどいい。安全には、より効率的な経営体制が必要なのだ。
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