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◆【食の政治学】清蒸鴨子 袁世凱が重んじた食卓の規律と配慮
中華民国誕生の変動期に登場した軍閥政治家・袁世凱は腹黒い裏切り者で陰謀家のイメージが定着しているが、食生活には信念が一本通っていた。
例えば昼食時間はきっかり午前十一時。冬は必ず大好物の清蒸鴨子(鴨(かも)の蒸し煮)を食卓の中央に置き、その東に肉と黄ニラの炒め物、西に紅焼肉(豚肉の炒め煮)。位置関係は絶対変えてはいけない。
普通の人より大きめの象牙のはしを愛用し、それで鴨の皮をくるくると二回巻き、口に入れた…と、袁の第二夫人の三女、袁静雪の回顧録にある。中華民国臨時大総統となり中南海に暮らしていたころは、この習慣が定着していた。
清蒸鴨子は宮廷料理にもある一品だ。北京市の鴨料理店「秋油老鴨」では、レモンを加えて供してくれた。中国では若鴨には微毒があるとされ、レモンで消毒するのだという。
毎日ほぼ同じメニュー、その配置まで厳格に決めたのは、正妻以外に九人の愛人と三十二人の子供を持つ袁が、女子供たちの無駄な対立を避けるため、家長として示したリーダーシップという説がある。食卓を囲む家族は日ごと変わるが、メニューも作法も同じなら不公平感がない。
袁は清朝末期の軍近代化を進めたことでも知られるが、この規律・公平重視は軍統率にも生かされた。そのコツを「絶対服従。片手に銭、片手に刀」と語っており、規律に照らした賞罰を公平に行ったという。兵士は袁を「衣食の父母」と慕い、信頼をおいた。
この絶対服従の六万の精兵・北洋軍閥があったからこそ清の皇帝・溥儀を退位させ、中華民国を名実ともに国家として成立させることができた。孫文から民国を乗っ取ったといわれているが、袁の実力無しに民国そのものが存在しえただろうか。
昨今の反日ムードの盛り上がりで対華二十一カ条要求を受諾した袁は中国でますます嫌われ者だ。が、実は規律を重んじ、目下の者への配慮を欠かさぬ理想のリーダーだったかもしれない。
妙に親しみを感じるのは、口の中でとろけるような鴨の皮があまりに美味だったからかもしれないが。(北京 福島香織)
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だから袁世凱はあんなに太っていたのでしょうか?最近、中国のテレビドラマ「末代皇帝」を見て、もっと袁世凱が知りたくなりました。ドラマをみて驚いたのは、袁世凱は死ぬ間際83日間だけ皇帝になったとありました。当時の王朝は転地がひっくり返ったような驚きをしたのでしょうね。 悪といわれる人は本当に悪なのかどうかはわかりませんよね。純粋に国を思ってやったことかもしれないし。西太后も清王朝を宦官や官僚から守りたいが為に、皇帝を操ったのかなぁと思ったりします。肯定するわけではないのですが。
2005/6/12(日) 午前 0:45 [ あおい ]