保守の源流を訪ねて

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◆【一筆多論】石川水穂 日本の遺産を食い潰す北

 六カ国協議を前に、韓国が北朝鮮の核放棄の条件として、二百万キロワットの電力を供給するという「重大な提案」を行ったことを明らかにした。韓国は同じ時期の南北経済協力推進委員会でも、五十万トンのコメ支援などを約束した。

 日本と同じ拉致被害国である韓国がどうして、こうも気前よく犯罪国家に支援できるのか、不思議である。韓国では、朝鮮戦争休戦以降に四百八十六人が拉致され、一人も返されていない。朝鮮戦争で北に連れていかれた韓国人は八万人を超える。朝鮮戦争は、まぎれもない北の侵略だった。

 ラヂオプレス(RP)などによると、韓国の現在の総発電設備能力は六千万キロワットで、北はその約八分の一の七百八十万キロワットとされる。だが、北は原油不足などのため、実際の総発電量は百九十億キロワット時で、韓国の三千六百七十五億キロワット時の十八分の一にも満たない。なぜ、こんなに差が開いたのか。

 六十年前の終戦直後、北と南の電力事情は逆で、北から南へ電力が送られていた。朝鮮半島が三十八度線で南北に分断された当時の模様を、トルーマン米大統領は回顧録に、こう書いている。

 「朝鮮の小さな工業のための大部分の工場は北朝鮮にあり、良い農耕地は南朝鮮にあったので、国を分割したことは国民の一般経済生活を混乱におとしいれ、国民の貧困の度を加えた」

 終戦時、朝鮮と満州の国境を流れる鴨緑江の水系には、支流の赴戦江、長津江、虚川江にダムがあり、本流の鴨緑江には水豊ダムが建設されていた。『朝鮮電気事業史』(中央日韓協会)によれば、これらの水力発電所の総出力は百七十三万キロワットに達していた。

 また、この電力を使い、北部の日本海に面した興南という地に、日本窒素肥料(現チッソ)が大規模な化学工場を建設し、硫安などの肥料を量産していた。

 同じころ、米国のルーズベルト大統領が不況対策(ニューディール政策)として行ったTVA(テネシー渓谷開発)は、よく知られているが、この「日本版TVA」は、日本の教科書にもほとんど載っていない。

 朝鮮北部の電力事業は、日本窒素肥料の社長だった野口遵(したがう)氏、土木技師の久保田豊氏らの協力によるものだった。野口氏は晩年の昭和十六年、全財産を化学研究所と朝鮮の奨学資金に寄付した。久保田氏は戦後、日本工営を設立し、ベトナム、インドネシアなどの開発も手がけた。

 朝鮮の発展に尽くした父祖たちの物語を、せめて日本人だけは記憶にとどめておきたい。

 戦後、日本から莫大(ばくだい)な工業資産を引き継いだ北朝鮮の経済は長い間、農業国の韓国より優位に立っていた。一九六五(昭和四十)年の一人当たりの国民所得は、韓国百二十ドルに対し、北朝鮮は百九十ドルだった。しかし、その十年後、韓国五百八十ドル、北朝鮮四百五十ドルと逆転した。

 それは、昭和四十年の日韓国交正常化に伴う日本からの経済協力(無償三億ドル、有償二億ドル)と、これを経済発展のために使った当時の朴正煕大統領をはじめとする韓国民の努力の成果だった。

 一方、北朝鮮はソ連の援助や朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)からの不正送金などによって、持ちこたえてきたが、ソ連崩壊後、軍を優先させる金正日政権の「先軍政治」により、経済はほとんど破綻(はたん)しているといわれる。最近、電力だけでなく、肥料も韓国に頼らざるを得ない状態である。

 日本が残した水豊ダムや興南工場はどうなったのか。北が日本の遺産を食い潰した経緯も、いつか検証されなければなるまい。

Copyright; 2005 The Sankei Shimbun
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チッソの高い技術開発

創始者に東京帝大電気工学科出身の技術者を持つチッソは、昭和30年代において、日本の化学工業の最先端を行く企業として、また技術者を大切にする企業として応用化学を専攻する学生の間では評価が高く、トップクラスの学生しか入れないという状況であった。

確かに、その歴史は、常に新しい技術を自社で開発してきたことを示している。昭和7(1932)年、橋本彦七氏らは、アセトアルデヒド製造技術(母液循環法)を独自に開発し、ここからブタノール、酢酸、酢酸エチル、無水酢酸、酢酸繊維素、酢酸ビニールなどの製品化に成功した。
昭和16(1941)年には、日本で初めてアセチレンから塩化ビニールの合成に成功している。

水俣工場は、アセチレン有機合成化学の開発工場であり、戦前の日本化学工業界の技術をリードする存在であった。
チッソは、水俣工場で開発されたこれらの技術を使って、朝鮮咸鏡南道に建設した興南工場を中心にして、東洋一の電気化学コンビナートを造り上げた。

2012/6/16(土) 午後 7:46 [ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]

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北朝鮮の国章にあるダムや送電線は、日本統治時代に、北朝鮮のコウナンで東洋一の化学コンビナートを建設のため、日本窒素肥料株式会社の子会社朝鮮窒素肥料が全額負担し、東京芝浦電気が製造した発電機や日本の建設会社が建設した水豊ダムです。

その発電機のいくつかは、ロシアが盗んで今でも使っています。

チッソは化学だけでなく発電も一流の技術を有していました。

2012/7/25(水) 午前 7:14 [ アジアや世界の歴史や環境を学ぶ ]

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