|
東南アジア人の優しい知恵。インド人にも中国人にも韓半島人にもない、穏やかでおっとりした人のよさ。曽野さんがシンガポールの好きなわけがわかった。
◆【透明な歳月の光】曽野綾子(167)マレーシアの盆踊り 人種・宗教超え、集う3万人
マレーシアの首都クアラルンプールの郊外で毎年、「三万人の盆踊り大会」が開かれていた。戦争中の一九四四年七月十七日、クアラルンプールの西海岸、ワンファザムバンク海域で、イギリスの潜水艦「テレマカス号」の攻撃を受け、今も八十八体の遺体を乗せたまま沈んでいる帝国海軍の伊号第166号潜水艦の六十年祭に出席するために、私はクアラルンプールにいたので、盆踊りにも出席した。
会場は松下電器の所有する運動場である。毎年クアラルンプール在住の日本人や日本人学校の生徒たちが、踊りや太鼓を土地の人に指導するという形で開催してきていたらしいが、今年は日本民謡協会の有志が現地に出掛けて、踊りの達者なおばさまたちが揃いの浴衣で参加して華を添えた。
初め私は、三万人なんて本当に集まるのかなと思っていたが、周囲に住む人々がぞくぞくとやって来るのには、びっくりした。どこから手に入れるのか浴衣を着ている娘さんたちも多い。ただしマレーの人はイスラム教徒が多いから、浴衣の上にスカーフを被っている。トラックの周囲には、屋台の食べ物屋やかき氷などを売る店も出て、家族連れも恋人同士も、あまりお金をかけずに一晩の遊びを楽しめる。
中央のステージの上で日本人が踊りの型を見せると、宣伝用の団扇(うちわ)を持った人たちが何重もの輪を作ってステージを見ながら、けっこう手慣れた様子で上手に踊る。団扇が高く掲げられて揺れ、三万人かどうかは別としても圧倒的な数の人たちが芝生を埋めつくして、一人一人が輝きながら動くさまは壮観であった。
かつて日本でもゼネストがはやり、外国でもいつ果てるともない内乱騒擾が続くと、私は素朴に国を挙げてカーニバルか阿波踊りをやればいいのに、と思った瞬間もある。戦うより踊る方が楽しいに決まっているから、暴力行為が止みそうに思ったのである。
しかし現実はそうではないだろう。テロリストたちはそういう集会場を標的に爆弾を仕掛けるだろう。パレスチナとユダヤの子供たちをいっしょに教育する学校を作ってもらうことを考えたこともあるが、そういう学校にはまた、ユダヤ人の極右が攻撃を仕掛ける可能性もある。しかしこの盆踊りの輪には、少なくともマレーのイスラム教徒、中国系の仏教徒、インド系のヒンズー教徒、日本人や中国人のクリスチャンや神道も加わりながら少しの摩擦もない。
私は「アジアは一つ」と言った岡倉天心には同意できなかったが、こういう光景を見ていると、東南アジア人の優しい知恵のようなものを感じる。インド人にも中国人にも韓半島人にもない、穏やかでおっとりした人のよさである。こういう東南アジアの精神的風土になら日本人として加わりたいと思うのである。
Copyright; 2005 The Sankei Shimbun
All rights reserved.
|