保守の源流を訪ねて

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◆【主張】原爆投下60年 占領史観から脱却しよう

 戦後六十年目の広島原爆の日を迎えた。小泉純一郎首相は平和記念式典で「原子爆弾の犠牲者の御霊に対し、謹んで哀悼の誠を捧げます」とあいさつし、「国際社会の先頭に立ち、核兵器の廃絶に全力で取り組んでいく」と誓った。

 広島の原爆による犠牲者は今年、二十四万人を超えた。長崎の原爆による死者を合わせると三十万人を超す。二度とこうした残虐な兵器を使わせてはならないとの思いを新たにしたい。

 式典で秋葉忠利・広島市長は、平和宣言の最後を「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」という原爆慰霊碑の碑文の言葉で締めくくった。河野洋平・衆院議長もあいさつで、この言葉に言及した。

 しかし、東京裁判で判事を務めたインドのパール博士は生前、この碑文を見て、「原爆を落としたのは日本人ではない。落とした者の手はまだ清められていない」と批判した。原爆投下で謝るべき国は日本ではないという意味だ。秋葉氏や河野氏がいまなお、謝罪の呪縛にとらわれているとすれば、残念である。

 原爆は通常の戦争犯罪と異なり、一瞬にして多くの非戦闘員の命を奪った非人道的な行為である。だが、戦後、GHQ(連合国軍総司令部)は原爆投下に対する日本国民の批判を極力封じ込めようとした。

 昭和二十年十二月八日から、GHQが新聞各紙に連載させた「太平洋戦争史」では、広島の原爆投下について、こう書かせた。「TNT二万トン破壊力を有するこの一弾は、広島の兵器廠都市の六十パーセントを一掃してしまった」。NHK番組「真相はか(こ)うだ」でも、長崎の原爆について「長崎軍港の軍事施設と三菱ドックに投下されました」と言わせ、原爆投下の目標が一般市民ではなく、軍事施設であったかのように印象づけた。

 このような原爆に対する屈折した見方は、日本が主権を回復した後も根強く残り、前長崎市長の「原爆容認」発言や、原爆投下をやむなしとする教科書記述となって現れている。

 九日には、長崎でも戦後六十年目の原爆の日を迎える。原爆投下についての歴史認識も含め、「すべて日本が悪かった」式の占領史観から脱却すべきである。

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