保守の源流を訪ねて

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◆【戦後60年】終戦記念日 還暦ニッポンを語る(3−2)「人とは共存、不便も我慢 それが国なんだ」 事実を見つめ「靖国は国内問題」と言えばいい

 櫻井 戦後の日本人は平和を守ることを重視するあまりに一切の戦争を否定し、戦争に突入した日本、あるいは日本人に対してひたすら反省を強いてきました。原爆を投下された広島に行くと、慰霊碑には「やすらかにお眠りください。二度と過ちは繰り返しませぬから」と書いてあります。犠牲者の方の霊をお慰めしたいと思って私もお参りしますが、「二度と過ちは繰り返しませぬ」というのは、原爆を落とされるような悪いことを二度としませんといっているわけですね。どう考えても、あの言葉はしっくりきません。
 小野田 ぼくも中野学校の仲間とお参りしました。仲間に「これ、誰に対して書いたの」っていいました。ぼくは、今度やるときはこんな間違った戦争しない、つまり負けるような戦争はしないって意味で書いているのだったら許しておけるわな、と話しました。そうとでも気持ちを落ち着けなければ、あれはそのまま受け止められないですよ。
 櫻井 私は、事実をよく見ないで反省する人の反省は、本物でありうるんだろうかといつも思います。事実をしっかり見つめて、因果関係も分かって、反省するのは恐らく本物だと思うのですが、事実関係の認識や認定があいまいなままで反省しても、本当の反省とはいえないのではないか。情緒的な反省は、情緒的な自己主張につながり、却って理性を忘れて戦争に走る危険性があるのではないか。外交でできることをすべてして、徹底的に戦争回避の術(すべ)を探る努力は、もっと冷徹な目から生まれるのではないかと思うのです。
 小野田 私もそう思います。戦後六十年たって戦争に関する情報はたくさんあるのです。それを見れば簡単に答えが出ると思うのですが。
                 ◆◇◆
 −−戦後から還暦を迎えた現在の日本の姿はどのように映っていますか
 櫻井 「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」といった状態でしょうか。例えば、北朝鮮に拉致されている日本人を、これほど経済力もあり、多くの制裁手段を持つ日本がどうすることもできないでいる。本当にもどかしく思います。小泉さんは「対話と圧力」と言いますが、対話はしても、圧力はかけようとしない。でも、郵政法案を否決されると、殺されてもいいという思いでやってきたと述べて解散する。拉致問題のときはどういう気持ちで交渉したのか。殺されてもいいという思いで、国民を助けることを優先させてきたならば、多くのことができたはずなのにと思えてなりません。
 国民の命を守るということより、郵政問題のほうにより死に物狂いになるとしたら、政治の根幹が間違っています。戦うときには断固戦うという姿勢は国内の政治問題でも大事ですが、対外関係における国家としての戦いの場面は最も先鋭的に認識され、対処されなければならないはずです。そういう気持ちが一番なくなっているのが今の日本だと思います。
 小野田 確かにおとなしくなったのかもしれませんね。戦争で懲りておとなしくなったのかもしれませんけれど。とにかく、戦前というとなんでもかんでも悪く言うんですね。だけど、戦前でひどいのは終戦間際のことで、昭和十二年ごろまではいい時代だったんですよ。景気もよくなっていた。そういうことはまったく言わないで、国家というものは人民の自由を束縛する悪の存在くらいにしか考えていない人もいます。国家というと、すぐ軍国主義だ、右翼だといいますが、それは違うのではないでしょうか。
 日本人は個の弱さを知らないと思います。またキャンプの話になりますが、ぼくは子供たちを一人ずつ離して夜道を歩かせるんです。だんだん怖くなってくるんですね。「なぜ、怖くなったの。死にたくないからでしょ。死んでもいいんだったら怖くないでしょ」っていうんです。向こうに人影があるとほっとする。一人というのはこんなに心細い、それが初めてわかる。「だから、人とは共存しなきゃいけない。少し不便があっても我慢しなきゃいけない。それが国なんだよ」っていうんですけどね。
 櫻井 一人で生きていけると思っていても、実は親に、社会に、国家に守られているということを認識できていないのですね。
 小野田 わがまま一方のことを言ってる人が多い。街に防犯カメラをつけるといえばプライバシーの侵害だという。だったら、空き巣に入ってもらえばいいのに、空き巣もいやだという。考えていることや、やっていることが矛盾しています。それでいて、その矛盾に気が付かない。自分がおとなしくして、事を荒立てなければすべてが安全、平和にいくんだと誤解しているんですよ。
 櫻井 時代の変化とともに新しい価値観が生まれてきたことは尊重しなければならないと思います。ただ、小野田さんの指摘なさる身勝手な考え方は占領生活の下で生まれてきた。占領が終わって独立を回復した後も、私たちは軌道修正しないでそのまま、やってきたということです。
 小野田 戦後の米国の戦略が功を奏したというか、個人主義、利己主義になってしまったから、そういうことになった。今、子供の犯罪が増えていますよね。「キレる」っていうのは、ぼくが若いころはほめ言葉だったのですが(笑い)。キレる子供たちが増えた原因は、親が子供をしからなくなったこと。社会人としての基本を、子供のうちにたたき込んどかなきゃいけないのに、それができていません。
 櫻井 今は、家庭教育が欠落した時代だといわれます。日本の家族のあり方も、倫理観も変わってきて、良い意味での家庭教育の伝統が敗戦を境にして失われてきたとつくづく感じます。小野田さんはご両親によくしかられましたか。
 小野田 よくしかられましたが、ぼくは負けず嫌いだったから「悪くない」って言い張って我を通してました。とうとう戦争も負けずに、引き分けにして終わりました。敗戦国の将校で兵器を持って自分の国に帰ったのは、ぼくぐらいのものでしょう(笑い)。
 櫻井 日本軍は武装解除されましたものね。
 小野田 僕は自分の分と戦友の分と銃を持って帰ってきましたから。だから勝たなかったけど、負けなかった。
 櫻井 日本軍は無条件で武装解除に応じましたけど、この無条件が拡大解釈されてしまった。占領軍によって日本政府全体が無条件降伏したと喧伝された。それを日本人は信じ込んで、無条件で降伏したのだから何をされてもしようがないと諦めてしまった。
 小野田 でも本当は軍事の方の無条件。国全体じゃないですよね。
 櫻井 そのことさえも戦後六十年たった今、正確にどれだけの人が知っているでしょうか。私たち日本人は過去のことを良い意味でも悪い意味でも振り返らない。
 小野田 ただ、若い人たちの中には本能的にこんなはずじゃないと思う人もいるんじゃないですか。中国や韓国に文句を言われても、こんなはずじゃないと思って調べてみると、やっぱりそうじゃなかった、と。
 櫻井 中国や韓国には日本人が嫌いという人が多くいます。その半分の責任はあちらの反日教育、誤った認識を植えつけることにあると思うんですが、もう半分の責任は私たちの国にある。事実の認定に関して間違いを指摘してこなかった、日本側の立場を主張してこなかったことにある。でも今の学生たちに、南京大虐殺の大部分は作り上げられたものだとか、東京裁判は誤りで一方的に犯罪国家と断罪される理由はないんですよ、と説明すると非常によく分かって自信を取り戻していくんです。

 −−首相の靖国神社参拝については、どうお考えですか
 小野田 小泉首相の参拝は当たり前のことなんです。惜しむらくは最初の時、八月十五日に行かなかったこと。国民との約束だから、その通りやったんだといえばよかったんですよ。最初に十五日に行かなかったから、今ではいつ行ってもいろいろ言われる。
 櫻井 中国の側の靖国批判は理が通っていない。A級戦犯は東京裁判でつくられたもので、あの裁判は間違いだとマッカーサー司令官やウイロビー中将さえも言っている。私たちはA級戦犯を罪人ととらえる必要はまったくないわけです。逆に当時の日本に対する批判を一身に浴びて処刑され、日本再生の礎となってくださった人たちに感謝をささげるのが筋です。中国はその時々の政策によって、靖国に文句を付けたり付けなかったりしているのであり、日本人は歴史の事実を見つめることに集中すればよい。靖国神社やA級戦犯の議論を日本から提起して、「中国の主張こそおかしい。靖国問題は日本の国内問題です」と言えばいいのです。
 小野田 拉致問題もそうですが、国権、主権を蹂躙されているんですよ。本当に日本という国は、国であるという感覚が抜け落ちているのかなと思います。ただ、若い人がみんなこんなはずじゃなかったと目覚めてくれると思いますよ。
 櫻井 私も若い人たちに希望を持っています。東京裁判の実態、南京大虐殺が作られていった経緯が近年の研究で明らかになってきましたから、それらを学んでいきさえすれば、日本が一方的に責められるのはおかしいと分かる。反省は日本自身がすればいい。他国から一方的に悪く言われることはないということが分かってくる。その情報を共有することで、立派に立ち直っていくことができると思います。

Copyright; 2005 The Sankei Shimbun
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閉じる コメント(3)

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小野田寛郎さんー敗戦国の将校で兵器を持って自分の国に帰ったのは、ぼくぐらい
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軍事を美化するのは強盗のセンスからですよ。
こういう話は、心得違いを自慢して何を次の強盗をねらっているのか?てなものです。

2009/2/5(木) 午後 5:09 jimmy

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、「二度と過ちは繰り返しませぬ」というのは、原爆を落とされるような悪いことを二度としませんといっているわけですね。どう考えても、あの言葉はしっくりきません。
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それはあなたが人道の基本について無知なためです。
私にはあなたの心得違いはとんでもないなと思いましたよ。何のために生きているのか?
人は殺し合うために生きる存在ではない。

悪は悪人がやったと言う失敗の記録は大切にしなければならない。悪人に二度とその失敗を繰り返させないためです。悪人に善人が誤魔化されないためもありです。
あなたは、こういう反省する気持ちより仕返しの恨み心しか考えないから原爆碑に刻まれた、
曰く、

「安らかに眠ってください。過ちは二度と繰り返しませぬから」

という言葉があなたに正しく見えなくされているのです。
しかし、悪は悪人がやったと言う失敗の記録を自虐史観などと何をごろつき言葉をしゃべっているのか?てなものでしょう。

あなた方は心の中に矛盾を同居させて生きるものではないと言うのです。

2009/2/5(木) 午後 5:23 jimmy

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人の世にたのしみ多し然れども酒なしにしてなにのたのしみ
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【返句】

「鶏の 卵を産んで 肉にされ 何のためかも コケコッコー(知らぬ存ぜず)」

ですな。
私たちはダーウィンが言う猿の惑星を普通にされて生きるものではない。人は不明を答えにされ気休めだけで生きるものではない。命が使い捨てられるのは獣の報酬であっても人間の報酬ではないというのです。

2009/2/5(木) 午後 5:34 jimmy


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