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NHKが賛成多数の「靖国」参拝に対する意見を伏せた理由は単純至極、China・Koreaが怖かったからだ。非民主主義国家China共産党政権から抗議が来たら「面倒なことになる」と自己規制したわけだ。制作陣は反対多数と呼んでいたのだろう。こういう腰抜けのBroadcastingに毎月数千円も払わされている日本国民はお人好し過ぎる(これについては「反日」「侮日」になる)。これこそ戦前の言論封鎖と相通じていなくて何だろう。 |
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また使用するが「さすが小泉さん」。センスがよい。先のモンゴル訪問といい、地域情勢をよく見てる。ロシア・チャイナの談合機関、上海協力機構(SCO)をぶっ壊せ。インド・パキスタンには春行ったし、これでChina/Koreaを囲む全て回ったことになる。 小泉首相、28日からカザフとウズベク訪問へ(日経速報) 政府は17日、小泉純一郎首相が28日から31日まで中央アジアのカザフスタンとウズベキスタンを訪れると発表した。日本の首相の中央アジア訪問は初めて。カザフスタンではナザルバエフ大統領、ウズベキスタンではカリモフ大統領とそれぞれ首脳会談を行い、地域の安定と経済発展に向けた日本との関係強化を呼びかける方針だ。
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当のChinaが既に「不味いな」と軌道修正しつつあるのに頑迷「朝日」はまだ強弁している(16日付社説)。それを本日の産経抄が「詭弁」と断じている。 「靖国」をわれわれの問題としてこの民主主義国家日本で議論するのは誰も異論はないところ。この60年を右から左まで真摯に議論すれば良いが、それを自己の主張を通したい一点で、外交問題として「Chinaよ、吠えろ」と火を付けたのがこの新聞社ではないのか。 シンガポール政府は外務省プレスとして型どおりの「Regret」を表明しているが、これは記者質問への回答という形で述べられたもので、当国首脳がコメントしたものではない。華僑国家のずる賢いところ。 昨日のシンガポールThe Straits Timesには、北京駐在記者が、 The fact that Japan as Asia's biggest economic power does not want to improve ties diplomatically and politically, sends out a very negative signal to the whole region. などと、これも批判的な記事を載せており「そうそう、それで宜しい」と納得したが、別のページでは昨年4月スパイ容疑で捕まった同紙記者の裁判状況を伝えていた。良く読むとどうもこれは無実らしいが、(無実だとすると)可哀想に一年以上もブタ箱入りの同紙記者への会社コメントとして、 "We are glad that the trial for Ching Cheong is finally over after his detention for more than a year. We sincerely hope for the best outcome and will continue to assist him and his family in all possible way" 香港では同氏放免陳情デモが起きているらしいが、(仮に無罪だとすると)この物言いは何だろうか。「拉致」同様、人権蹂躙を何とも思わぬ共産党政権があり、片や自国民に為された人権蹂躙に対して非難、及び擁護の出来ぬ国家・新聞社がある。 正論を吐けないという意味で、正に朝日と裏表だが、我々も早く目を覚まし、我が国に対抗、及び将来は打ち負かそうと企んでいる擬似共産党政権が隣にあるという厳しい現実を認識すべきだ。 ◆【産経抄】 おがらを焚いて迎えた精霊が、送り盆の朝に帰っていった。戦没者の追悼の意を込めて精霊流しをした地方もあった。ただ、静かであるべき今年のお盆はどこか騒がしい。入道雲や蝉時雨までが、いつもの年とは違うような気さえする。 ▼九段の杜の「靖国」もそうで、小泉首相の15日参拝で大騒ぎだ。某紙の社説は「こんなにかまびすしい日になったのは、いつからだろうか」と問いかけた。その答えも用意してあって、「小泉首相の靖国神社参拝が一つのきっかけになっているのは間違いない」と非難する。 ▼これを小欄は詭弁と呼ぶことにしている。「いつから」というなら、昭和60年の終戦記念日にまでさかのぼらねばならないことは某紙自身がよく知っている。火をつけたのは「某紙」こと朝日新聞だったからだ。このことを、いま一度いっておきたい。 ▼当時の中曽根首相が戦後40年の区切りに「公式参拝」をした。ところが朝日は、直前の7日付で靖国参拝を「中国が厳しい視線で凝視している」と書いた。これを人民日報が日本国内で反対が起きていると応じると、朝日がこだまのように「アジア人民傷つける」と呼応する。かくて、自虐報道が拡大再生産されていく。 ▼戦場に散った人々の御霊をなぐさめ、国のために殉じた人々の霊を祀るのが靖国神社だ。それが日本メディアからヒントを得たのか、中国が対日圧力の道具に使うようになった。いまや「靖国問題とは中国問題」(『靖国問題と中国』)なのである。 ▼いまの中国は、日本の反中感情を意識して、首相参拝批判には抑制ぎみだ。李肇星外相は「小泉首相は日本人民の強い反対を無視した」と首相と日本国民を引き離す。中国の巧妙な外交術に乗せられまい。 Copyright; 2006 The Sankei Shimbun
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小泉さんは偉い。これで安倍さんはいつでも靖国に伺える。首相就任後、きっとChinaは来てくれ来てくれとLove Callを送るに違いない。何せ困っているのは向こうなのだから。年内には劇的な「日中首脳会談」が実現するだろう。これで「靖国」はちょん。 心ある外務省職員も拍手を送っているに違いない。そう言う意味で「構造改革」という用語は正しい。それだけの意味を「靖国」問題は内包していたということなのだろう。「眠れる獅子」を目覚ませてくれたわけだから。 それにしても江沢民以来のChinaは「靖国」を利用し「日本人の心の問題に踏み込んだことをきっと後悔する」だろう。提灯持ちをしてきた朝日・NHKを始めとするマスコミ、五十旗頭真(次期防大学長)、経済同友会幹事といった人たちは一体どう反応するのだろうか。 首相靖国参拝は日中関係の構造改革 平成13年の流行語大賞にも選ばれた「聖域なき構造改革」を掲げて登場した首相は、小泉劇場の幕を閉じるに当たり、最後の改革を成し遂げたといえる。 また、首相が5年前の自民党総裁選の公約だった15日の参拝を果たしたことは、本来は優れて国内問題である戦没者の慰霊・追悼のあり方を、外国の干渉下から取り戻し、日本人自身の手に取り戻す大きな契機にもなり得るものだ。 首相の参拝継続によって、「中国は、すでに靖国カードが通用しなくなったことに気付かざるをえなくなった」(アジアの外交官)。今月3日に死去した前上海総領事の杉本信行氏は「中国は首相が8月15日に行くことを含んで想定しており、15日に行こうが行くまいが、結果は同じだ」と語っていた。きょうの首相の参拝は、そうした中国側の事情を読み切った上でのことだった。 持続的な経済成長のために日本との協力が不可欠な中国側に、「思うような成果は上げられないのに、これ以上、靖国問題でもめ続けるのはもう辟易」(外務省幹部)といった受け止めも広まっている。 首相が、中国が最も嫌がった15日にあえて参拝することで「次期首相がたとえ春秋の例大祭に参拝しても、中国側は『小泉氏よりましだ』と対応を控えることができる」(政府関係者)のも事実だろう。次期首相への就任が有力視される安倍晋三官房長官への「置き土産」だったのかもしれない。 「中国は、日本人の心の問題に踏み込んだことをきっと後悔する」 首相はかつて周囲に、こう漏らしたことがある。その通り、中国による日本の政界、財界、マスコミ界も総動員した靖国参拝反対キャンペーンは、日本人の贖罪意識を強めるどころか、中国への警戒心や反中感情を高める結果になっている。 首相の靖国参拝は、敗戦国に対して優位に立ち続ける中国と、その言いなりになる日本という不正常な両国関係を、対等で普通の関係へと一歩近づけたのは間違いない。(阿比留瑠比)
(08/15 09:59) |
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人だかりの空港をかき分け、運良く検査官に物をせびられずにゲートを出ると、ここチェンナイは小雨に煙っていた。空港の混雑、出口での白タク(?)、周りにいる物乞いの手、手はいつもと変わらぬ風景だが、三年振りのチェンナイは以前より大分清浄であった。満席のシンガポール航空機からはき出され、機内で知り合った邦人駐在のインド暮らしの愚痴を聞いたのもつかの間、チェンナイにはそんなことは直ぐ過去の話にしてしまうような激しい「生活」がある。 今回初めて迎えを断り、ホテルのリモ(リムジン)で街に向かったが、運転手に「あなたには幸運がついている。何故なら幸運の雨に迎えられたのだから」等とよいしょされた。インド人はおだて上手、たとえ思いつきの一言だと分かっていても、悪い気はしない。 6月のムンバイ出張に続きインドは今年二度目。今回はインド亜大陸東南に位置する人口4百20万人の小振りな港町、チェンナイ(マドラス)を訪れた。シンガポールから約3時間、香港や台北より近い距離だ。インド西北部ムンバイや首都デリー辺りの猥雑さと比べ、ここチェンナイは人口も少なく港町特有の香りがし、その雰囲気が好きだ。内陸都市バンガローに車で四時間程度の距離にある。バーバリーが真似たというマドラスチェックの本場だ。 空港から街中までは数十キロ、普通であれば20数分で行ける距離だが、この「普通」が当地にはなく相変わらずの渋滞で40数分は必要だと運転手は言う。車窓から見えるいろいろな広告を見るともなしに眺めていると、意味は全く不明でも電話番号がやたらに長いことに気づく。そう言えばオフィスから電話する時もいつも苦労するななどと考えていると、車中ではたと膝を叩いた。 そうなんだ、この国の人は数字の長いのを厭わないのだ。国番号を入れて12桁にもなり、番号をのろのろ名刺で確認したりしていると、時間切れで繋がらないことが何度もあった。例えば001 91 44 4200 8051(オフィス)、001 91 98523 06758(携帯)といった番号を一度で覚えるのはそう簡単でない。さすが九九ではなく1717とでもいうのか17x17までのかけ算を諳んじることができる国民というのは凄い。時差が2.5時間(日本とは3.5時間)というのも、何となく象徴的な気がする。 こんな愚にも付かぬことを考えながらやっとホテルに着くと、ホテルではこれから新たなビジネスを一緒に始めることになる友人二人が迎えてくれた。時刻は既に夜12時近く、二人とも酒の臭いをぷんぷんさせていたが、人なつこい顔は相変わらずであった。どちらも日本の船会社の代理店ボスをしていたが、自営化の流れで切られ、自前で会社をスタートしたばかりだと言う。 翌日からは彼ら手配のマルチスズキSwiftに乗り、各社を訪問、会議の連続で延べ何人と会ったか数える気もしないが、インド人との交渉は本当に疲れる。日本では日経などが10年前にChinaに対して行ったのと同様に、「眠れる巨象インドを狙え!」などとインドを一生懸命はやしているが、ことはそれほど簡単に進むとは思えない。 よく「インド人を黙らせるのは日本人を喋らせるのより難しい」となどと言うように、話が延々と続き止まらない。話が已むのを待っていては、こちらの言いたいことの一割も言わずに交渉が終わってしまうはめに陥る。あの平坦な英語で顔を横に振りながら、延々と続く主張を遮らない限り、交渉は先ず失敗すると肝に銘ずる必要がある。如何にこちらのペースで進めるかが第一だが、これが難しい。 インド進出企業は現在286社と聞いた。Chinaに店を張っている日系企業は五千社とも三万社とも言われているが、その比較ではChinaの百分の一から20分の一と言えるが、インドに駐在している日本人から話を聞くとこの少なさは何となく肯けるような気がする。 建物はどこも汚い、不衛生、ちょっと歩けば物乞いにたかられ街中をゆっくり散歩などと言うことは全く考えられない、家族も本人も皆車で会社・日本人学校・ゴルフ場辺りを行ったり来たりするだけの生活。健康診断、食材の買い出しでシンガポールやバンコックに行くのが唯一の息抜きなどといった生活では、この駐在期間はただひたすら堪え忍び蓄財に励み、次のポジションに期待しようなどと思うのが自然の反応かも知れない。 要するに東京、倫敦、紐育、東南アジアで言えばシンガポールあたりの生活に慣れてしまうと、インドという国はどうしようもなく暮らしにくい国と写り、また先に述べたようなインド人のビジネス手法を目の当たりにすると益々「嫌になってしまう」わけだ。 それでも10億を優に超えるこの親日国家と付き合わぬ手はない。古くは「東京裁判」でパール判事がひとり日本を擁護してくれた国だ。甘いことは一切考えずに、印僑と真っ向からお付き合いするのは、戦後の「甘さ」にならされたわれわれ日本人にとっては願ってもない貴重な経験ではないか。そんな感じがしている。 週末、気の良い友人は車を走らせチェンナイ南部の津波被害の地に連れて行ってくれた。一昨年末のスマトラ沖地震による津波被害では公表1万6千人が犠牲になったというが、現地の友人達は「本当はもっと。多分5万人はいると思う」と言っていた。写真の通り、仮設住宅などとは言えない藁葺き掘っ立て小屋に今でも数多の避難民が生活している。生暖かい海風に当たりながら祈りを捧げた。
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