保守の源流を訪ねて

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『信なくば立たず』

「法体系」や「監視するためのインフラ」など無くても、悪いことすればお天道様に目を向けられぬといった自己規制が昔の日本人にはあったのだ。Chineseの社会では借金を返すために泥棒するなどといった事件は皆無。彼らはただ踏み倒すだけだから。

またお互いの信頼があったから、家系関係なく有能な次を選ぶといったことが、日本社会では成立したが、他人を信じないChineseは馬鹿息子に次を任せるしかない。

言及されているフランシス・フクヤマの『信なくば立たず』には高信頼国家としてアメリカ、ドイツ、日本が、低信頼国家としてイタリア、ロシア、中国などが挙げられており、何となく肯けるが、平成になった日本は寧ろ後者に属しているかも知れない。

◆【正論】中谷巌 日本社会を蝕む倫理教育の欠如 忘れられた高度信頼社会の土台

≪日本人の美意識とは相反≫
 ライブドア・ショックと耐震強度偽装問題が日本社会を揺るがせている。関係者の犯罪の中身については厳密な検証が必要であるにしても、これほど堂々と人を欺き、裏切ることが日常化した日本という国の行く末に不安を抱いた人も多いのではないか。
 問題の根幹は少なくとも二つある。ひとつは、この十数年、様々な分野で規制緩和が推進されてきたが、それに伴う法体系の整備や企業の自由な行動を監視するためのインフラが不十分という問題だ。
 日本社会は規制による「事前チェック」の体制から、自由化と「事後チェック」の体制に移行する必要があるが、それがまだ不十分にとどまっている。これは所轄政府機関の怠慢であり、早急に「市場の番人」としての体制を創りあげる必要がある。
 もう一つのより重要な問題は日本人の倫理欠如だ。「悪いことをしても露見しないならやっても良い」とか、「隙あらば人を欺いても、うまい汁を吸おう」という考え方は、もとより伝統的日本人の美意識からすれば許容できないところである。

 『武士道』の著者、新渡戸稲造はこう書いている。
 「武士道の本性、すなわち算術で計算できない名誉を重んじるという特質は、近代の経済学以上に、はるかな真実の教えを人々に教えた」(原文は英文、奈良本辰也訳)

 ただし、倫理欠如は日本固有の問題というより、人類普遍の問題だ。プラトンの『国家』には自分を透明人間に変身させる不思議な指輪を拾った羊飼いギュゲスの話が出てくる。ギュゲスは透明人間に変身すれば悪事が露見しないことを良いことに、結局、国王の地位にまで上りつめてしまう。「悪いことをしても露見しない時に、人はいかに振る舞うべきか」。これこそプラトンが『国家』で展開した正義論の核心であった。

 戦後のいわゆる民主主義教育は、こうした倫理の基本について教えることを回避してきた。およそ教室では「人は何のために生きるのか」「どのように生きなければならないか」といった哲学的話題がまともに取り上げられることはなかった。

≪教養教育の欠如も一因か≫
 そのようなカリキュラムは意図的に切り捨てられたといってよい。この倫理教育の欠如こそ、日本社会をむしばみつつある病の温床であり、いま世間を騒がせているライブドア事件や耐震強度偽装問題の根本に横たわる問題ではないだろうか。
 明治維新を切り開いた先人たちは、今日の日本人とは違ったようである。西洋文明を吸収するため派遣された岩倉具視遣欧使節団の若き一行は、英語が流暢に話せたわけでもなく西洋流のマナーを身につけていたわけでもなかった。しかし、彼らの多くは四書五経をはじめとする古典に親しみ、教養豊かであった。
 教養とは「人はいかに生きるべきか」といった人間存在の根元について思索することで培われるものである。彼らの立ち居振る舞いは西洋流のマナーにはそぐわなかったが、「教養が滲み出ていた」ため欧米各地で熱狂的に歓迎されたという(泉三郎著『堂々たる日本人』)。

 残念ながら、現代の日本人が立ち居振る舞いの優雅さによって、あるいはその教養の豊かさによって、外国の人たちに感銘を与えたという話は寡聞にして知らない。そういう人が皆無とは言わないが、戦後教育が知識詰め込み中心で、心や倫理の問題を教える教養教育が欠如したものであったことに責任の一端があるように思えてならない。

 ここで重要なことは、市場経済を支える最重要のインフラは、市場参加者の倫理だという点である。フランシス・フクヤマは著書『信なくば立たず』(加藤寛訳)のなかで、日本の経済発展を支えた最大のポイントは、日本が高度信頼社会であったことだと指摘した。

≪相互信頼欠けば発展なし≫
 互いの信頼を裏切らない誠実な精神風土があったから、身内でもない人に企業経営を任すことができた。それがファミリービジネスを専門経営者による大企業ビジネスにいち早く引き上げる重要な要素になったというのである。逆に、人々の間で相互信頼が欠如する場合には、取引コストがかかりすぎるために市場経済は発展しない。

 ライブドア事件や耐震強度偽装問題は、高度信頼社会の土台を揺るがしかねない危うさを秘めている。日本という国を礼節を弁(わきま)えた高度信頼社会にとどめておくには何が必要なのか。これこそ今、日本が取り組むべき最重要な政策課題なのではあるまいか。

(三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長、多摩大学学長 なかたに いわお)
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ホリエモン騒動の陰に隠れているが、それ以上に由々しい事件。ヤマハ発もやはり二流会社だったことが露呈した。同社Websiteもよれば、1987年に世界初の産業用無人ヘリコプターを完成させ、1991年、「設計、開発、販売、普及、サービスを推進する為に」スカイ事業部が設立されたと。15年もこの事業をやっていて、NASAへの納入実績があるにも拘わらず、「今回の輸出が違法なものとは思っていなかった」わけはない。

◆無人ヘリ対中不正輸出 人民解放軍入手か ヤマハ発を外為法違反容疑で捜索 「軍事転用も可能」

 ヤマハ発動機(静岡県磐田市)が、生物化学兵器などの散布に転用できる無人ヘリコプターを中国に無許可で輸出しようとしたとして、静岡、福岡両県警と名古屋税関は二十三日、外為法違反(無許可輸出)の疑いで、同本社などを家宅捜索した。両県警は経済産業省が同日、同社を刑事告発したのを受けて捜索に着手。輸出済みの機体の一部は中国人民解放軍の手に渡っている可能性もあるとみて、資料の分析を急ぐ。

 捜索を受けたのはヤマハ発動機スカイ事業部のほか静岡、熊本両県、東京都などの関係二十カ所。

 調べによると、同社は昨年十二月二十一日、農薬散布や空中撮影などに使う多目的用途の無人ヘリコプター「RMAX TypeIIG」型一機を、経産相の許可を得ないで中国・北京の航空専門会社「BVE社」に輸出しようとした疑い。

 ヤマハ発動機によると、同社は平成十三年以降、BVE社に「RMAX TypeIIG」型を改良した「RMAX L181」型(全長約三・六メートル、千五百七十五万円)を九機輸出し、昨年十二月に十機目の輸出申請をしていた。

 外為法では二十リットルを超えて運搬することができる無人ヘリコプターは大量破壊兵器関連として全地域を対象に輸出許可が必要とされている。経産省は、昨年、同社に立ち入り調査を行い今回輸出しようとした「TypeIIG」型が規制対象に該当すると判断し、告発に踏み切った。

 両県警は、輸出先のBVE社が自社のホームページで、ヤマハ発動機製の無人ヘリコプターを示し、「軍事分野への転用が可能」などとしていることなどから、無人ヘリコプターの一部が中国人民解放軍に渡っている可能性もあるとみて調べる。
                  ◇
 静岡県磐田市のヤマハ発動機本社には、二十三日午前八時半すぎ、捜査員約百八十人が家宅捜索に入った。これを受けて午前九時半から会見した大坪豊生・広報担当取締役は「お騒がせしたことを申し訳なく思っている。告発、捜索を受けているが、全面的に協力していく。今回の輸出が違法なものとは思っていなかった」と述べ、違法性の認識はなかったことを強調した。

 同社によると、問題になっている「L181」型は、経産相の許可が必要な自律型無人ヘリではなく、操縦者が機体を目視して操作する「マニュアルタイプ」と主張している。同社はこれまでに「L181」型を米国三十九機、韓国十六機、中国九機、マレーシア三機、スウェーデン、フランス各二機、オーストラリア、台湾各一機の計七十三機を輸出しているという。
                  ◇
【用語解説】外国為替法
「外国為替及び外国貿易法」は、国際平和、安全維持を妨げる恐れから軍事転用可能な製品の輸出を厳格に規制。経済産業相の許可を求めている。ヤマハ発動機が無許可輸出しようとした無人航空機は、航空機部品、化学薬品とともに、輸出管理令のリストで規制品に指定。不正輸出の罰則は、5年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金。行為者のほか法人も罰せられる。

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「無策」現役大臣の妄言は置くとして、言及されている村田良平氏は外務省の「良心」。この本に先立つ『海洋をめぐる世界と日本』(2001年、成山堂)で日本の海岸線は世界八位(北方領土を含めると七位)でChina(九位)よりも長く、EEZ(排他的経済水域=要するに海の経済領域)は世界七位(これも北方領土を含めるとロシアと匹敵する6位)であることを教わった。つまり日本は領土的にも世界の小国ではないのだ。Chinaが海の権益に固執するのも納得するというものだ。その見地から『海が日本の将来を決める』という発想も肯ける。

◆【風を読む】論説委員長・千野境子

 「やっぱり」だった。東シナ海のガス田開発をめぐって、二階俊博経済産業相が地元和歌山で「私はその道(試掘)を取らない。中国側と粘り強く交渉しなければならない」と述べたこと。

 江沢民前国家主席の銅像を建てようかというくらいの政治家だから、案の定、懸念は的中した。

 試掘せよと言うのではない。交渉中のいま日本が取るべきは曖昧戦略であって、「試掘しない」と断言して失うものはあっても得るものはないと言いたいのだ。

 そもそも二階氏の「(中国側と)いきなり衝突することを考えても、ことは解決しない」とする現状認識が解せない。日本は別に衝突しようなどと考えてはいない。試掘の主張はもとより仮に試掘に着手したとしても、国際的に何ら違法でない。

 もしそれを言うなら、相手は周辺海域に駆逐艦や軍艦を派遣してきた中国の方だろう。

 国境画定をめぐる中越(ベトナム)、中印交渉や香港返還をめぐる中英交渉など対中外交に関わった各国外交官たちが異口同音に強調することは、対中交渉が(1)稀に見る耐久レースになる(2)これほどタフな(手ごわい)相手はいない−ということである。

 そんな名だたる相手に「粘り強く交渉」する。それ自体は間違いではないが当然で、大臣には失礼ながら、これでは「無策です」と言っているようなものだ。

 それにしても東シナ海、ひいては海洋資源への日本人の関心は低すぎる。元駐米大使の村田良平氏は著書『海が日本の将来を決める』で、日本の海洋政策の問題点として現状維持的な法思想や総合海洋政策の欠如とともに、他の海洋国と比べて国民の海への関心や知識のなさを指摘している。

 同感だ。いまや強靭な外交力に世論は不可欠な時代である。

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「江戸しぐさ」

「肩引き」「傘かしげ」「こぶし腰浮かせ」、何れもきれいな言葉だ。前にも書いたが、今大流行りのキャスター付き旅行鞄の傍若無人ぶりには辟易する。あれが無くなるだけで空港スペースは半分に出来るかも知れない。世界に風呂敷を勧めたら三分の一になるかも知れない。東京メトロの広告を世界の主要空港にも掲げたらどうか。

◆【主張】公共マナー 「江戸しぐさ」に学びたい

 風邪がはやっている。風邪をひけばせきやくしゃみが出るのはやむを得ない。しかし、最低限手で口元を押さえてするのがマナーというものだ。それがこのごろは密室の電車内で、かたわらに人なしといったふうにおおっぴらに無遠慮にする者が増えた。

 分別のない子供の話ではない。いい年格好の見た目は紳士淑女にしてかくのごとしなのである。

 たばこを吸ってはいけない駅構内で平気で喫煙している者がいる。杖を突く人をはじき飛ばすようにして座席を奪い取る者がいる。目の前に立っている人がいるのに、わざわざ間を空けて席に座って詰めようとしない者がいる。ドア付近にぬうっと突っ立ったまま乗り降りの邪魔をする者がいる。

 数え上げればきりがない。日本人はいつからこんなに行儀が悪くなってしまったのか。

 その昔、狭い路地ですれ違うとき、ぶつからないように互いに肩を引き合った。雨の日には、人様に滴がかからぬように傘を反対側にかしげた。舟に新しく人が乗り込んできたら、こぶし一つ分詰め合って席を空けてやる気遣いを示した。

 これらは「肩引き」「傘かしげ」「こぶし腰浮かせ」と呼ばれる「江戸しぐさ」である。

 江戸商人のリーダー格の人たちが身につけるべき心構えとして考案された「江戸しぐさ」は、単に世を渡る手立てではなく高潔な人生哲学に裏打ちされていた。

 文章にすると形式だけの学習に終わることを嫌ったのか、それはしぐさによって代々伝えられた。江戸文化の成熟とともにそれが次第に江戸庶民の生活道徳、相身互いの生きる知恵として行き渡るようになった。

 この「江戸しぐさ」が見直され、公共広告機構がマナーキャンペーンとして取り上げている。東京メトロの駅でその広告を目にした人も少なくなかろう。いま、それが企業や学校へも浸透しつつあるという。歓迎すべきことである。

 戦後、自由と民主主義を履き違えた自分勝手な生き方がはびこっている。現代人の行儀の悪さを省みるよすがとして、「江戸しぐさ」という先人の知恵を大いに活用したい。

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湯浅記者に注目している。平成16年末に石井英夫さんが降りた後の「産経抄」の執筆者のお一人のようだが、Outstandingだ。元シンガポール特派員。

こちらではホリエモンを礼賛するエコノミストやマスコミの実態など具(つぶさ)に見ていないが、推測は出来る。旺文社の受験雑誌には「お金入門」などといったものは昔はなかった。付録についていた「坊ちゃん」等を耽読した記憶がある。

大学卒業後、企業では会社のため、今は自分のため、ひたすら金儲けをしてきたが、それに疲れてきた。
一、ウソをつかないこと、
二、収入不相応の生活をしないこと、
三、純財産の十分の一以上の家屋を求めぬこと、
これに見習うこととしよう。

ギリシャの昔から「カネではかることのできない人生の価値」は確かにあるのだから。

◆【東京特派員】湯浅博 続「時代の寵児」を嗤う

 もう十カ月も前のこと、ライブドアの堀江貴文社長のことを小欄は「時代の寵児を鬼が嗤う」と書いた。軽佻浮薄の流れに乗って、若き起業家が旧型大企業に挑んでいるような幻覚を振りまいていると断じた。実際は途方もないカネで、営々と築いた会社を乗っ取るマネーゲームの仕掛け人ではないかと。

 とたんに「若者の心意気つぶすのか」と一部読者からお叱りを受けた。それは無理からぬことだった。あのころ、宮沢喜一、後藤田正晴、塩川正十郎の各氏、巨頭たちも若き起業家を持ち上げた。テレビをひねっても、流行の言論しか返ってこなかった。

 知ってか知らずか、法律家も経済評論家も、経済紙さえも、堀江氏の情報操作に一役買っていたのだから笑えない。売れっ子のエコノミストに至っては、いつ情報収集し、いつ勉強をしているかも疑わしい。

 若手の某経済アナリストは雑誌連載が月十九本、朝から晩までテレビ、ラジオに出っ放しで睡眠が三時間だと週刊誌で告白していた。商社系の研究所長はラジオ番組で、経済紙の記事とそっくり同じ「独自の見解」をしゃべっていた。

 そんな知識の切り売りや使いまわしに、主婦や若者のお茶の間トレーダーは踊らされた。インターネットの専業証券大手五社の口座数は、昨年だけで百万口座も増えたという。今回の「ライブドア・パニック」はこうした投資家を一斉に売りに走らせた。

 ところがプロは違う。阪神電鉄株を買いまくっている村上ファンドの村上世彰代表は、TBS株をさっさと売り抜けている。ホリエモンにいわせると、「勉強しないと、ずる賢い人にだまされてしまいますよ」となるのだろう。

 古いとお思いでしょうが、同じ起業家でも明治の財界に頭角をあらわして安田銀行(後の富士銀行)を創業した安田善次郎は違った。十九歳のときに江戸に出た善次郎は三つの誓いを立てる。第一はウソをつかないこと。第二に収入不相応の生活をしないこと。第三に純財産の十分の一以上の家屋を求めぬことだそうだ。

 それがホリエモン流は、第一に証券取引法にいう「偽計」と「風説の流布」だから、企業買収をめぐる虚偽の発表と利益の水増しだ。第二に自家用機に彼女を乗せて南太平洋のパラオ旅行(サンスポ紙)だし、第三はご存じのヒルズ族である。いや時代は変わった。善次郎が聞いたらビックリだろう。

 それならと、わが子に株の売り買いを勧めて「ヒルズ族」に続けとけしかける親が出てきた。小学生向けの雑誌は「お金入門」を特集した。色鮮やかな人生を、キンピカに染め上げてほしくないものだ。

 東京学芸大学の小塩隆士氏の評論は少数派なのではないか。彼は投資家は単に企業業績や経済予測を参考にして株の売買を行っているに過ぎないといっていた。

 「そこにもっともらしい解釈を見つけたのは、マスコミであり、いわゆるエコノミストだったのです」(「文藝春秋」平成十一年五月号)

 そんなエコノミストや弁護士が、東京地検特捜部によるライブドアへの強制捜査で「扇動していました。ごめんなさい」というかと思ったら、すぐに乗り換えていた。「ライブドアのやり方はカンニングと同じ。投資家は数字の偽造を見抜く力をつけること」と個人投資家に責任を転嫁した。

 二枚舌の弁護士に言われたくはないが、確かに堀江氏の著書には「人の心はお金で買える」などと露悪趣味なことをいっていた。だからカネを標的に生きるのも、そうでない生き方もまたそれぞれの人生だ。

 途中で生き方を変えた人物に作詞家、西條八十がいる。彼は早稲田大学在学中から詩人を目指していたが、どうしたわけか畑の違う兜町の証券取引所に通いつめた。八十は取引場の桟敷に、前場も後場も立ちん坊をした。

 「取引株の昂騰はめざましいものであった。有象無象が一攫千金を夢みて兜町や蛎殻町へ押寄せた。わたしもその一人だった」(『唄の自叙伝』)

 しかし八十は、そんな生活に嫌気して大正五年に小さな出版社に移り、詩作を再開した。そうしてできたのが童謡「かなりや」だ。

 歌えなくなったカナリアを山に棄てようか否かを思い悩む例の唄だ。八十はこの童謡についてこんな述懐をしている。

 「わたしは兜町通いの間にも、いくたびもこの歌詞のように自分を責める声を聞いた」「本来の使命の詩を書くことを忘れて、錙銖(ししゅ)の利に憂身をやつすようなこの男は、棄ててしまえ、鞭うて、殺してしまえと罵る心内の声を」(同)

 ホリエモンにそんな内面の苦悩などありうるはずもなかろうが。

【東京特派員】湯浅博 「時代の寵児」を鬼が嗤う [2005年03月11日 東京朝刊]

 ライブドアの堀江貴文社長は、いまをときめく「メディアの寵児」である。軽佻浮薄の流れに乗って、若き起業家が旧型大企業に挑んでいるような幻覚を振りまいている。

 実際は、途方もないカネで、営々と築いた会社を乗っ取るマネーゲームの仕掛け人である。著書によれば、大学の価値は「ブランドと人脈」だそうで、「人の心はお金で買える」と露悪趣味なことをいう。

 世間が億のカネに驚いたのは、やはり昭和四十三年の三億円事件までだったなと思う。それが、バブル経済のころは十億円単位で土地が転がされ、一ケタだと「なんだ一億か」と鈍感になった。

 それが今回のニッポン放送株の買収で、氏のライブドアが用意したカネがなんと八百億円。あまりに派手な「堀江現象」に、人の心がすさんでくることを憂う。

 いうまでもないことながら、堀江さん、世の中にはカネを標的にしない生き方もあるんです。

 いま、教養主義の復権を求める声が出てきたのは、こうした拝金現象の反動か。「高学歴・無教養」への嘆きから、早稲田大学には国際教養学部がスタートし、玉川大学や東京経済大学にも教養プログラムができた。

 同じ題名の二冊の『評伝 河合栄治郎』が最近、相次いで出版されたのも、自由主義、教養主義を渇望する文脈から偶然ではない。

 戦時下に東京帝大教授の座を追われた河合栄治郎は、堀江氏が享受している個人の自由の殉教者である。戦前の過酷な世界で「左の全体主義」マルクス主義と戦い、やがて「右の全体主義」ファシズムをも批判した唯一の知識人であった。

 河合こそは、「損得の岐路に立ったら損する途を選ぶ」ことを信条に、法廷で壮絶な言論の戦いを挑んだ。自由な社会は、米占領軍によってのみでなく、河合らの犠牲の上に築かれた。

 河合は、富や地位に背を向けた「孤高の鬼」だった。こんな先達もいた東大を「ブランドだけ」とは、なんというこの罰当たり。

 著者の一人、早大本庄高等学院非常勤講師の松井慎一郎さん(37)は近年、軽井沢にある河合の旧別荘で二千通に及ぶ書簡の入ったカバンを発見した。これらの書簡の中から、剛直なイメージの人間・河合の知られざる苦悩を導き出している。

 北千住生まれの河合は郁文館中学に進んだが、やがて府立三中に転校している。旧友の中村孝二郎氏あての書簡で触れた少年期の話には、後年の戦闘的な自由主義者には似つかわしくないひ弱さが読み取れる。

 郁文館中学は、夏目漱石の『吾輩は猫である』では、ヤンチャ坊主たちの落雲館中学として登場する。河合のような真っすぐな下町っ子は、イジメの対象になっていた。河合はこの転校をきっかけとして、自ら人生を切り開き、奮闘することを学んでいく。

 河合は府立三中から一高、東京帝大と進み、農商務省の官僚となる。新渡戸稲造の養女、琴子への恋慕と失恋は以前から知られている。ところが、松井さんが見つけた書簡の中から、琴子の前に、大阪朝日新聞の社長、村山龍平の一人娘との縁談があったことが明らかになった。

 このとき、河合は結婚まで「五年の猶予」を求める条件をだし、村山家がこれを拒んで破談になった。その後の河合が自由のために闘い続けたことを考えると、戦後の朝日新聞の報道姿勢も変わっていた余地があって興味深い。

 東大河合門下からは、社会思想家の関嘉彦、政治学者の猪木正道、新聞人の土屋清らを輩出しており、いずれも産経新聞正論欄の執筆者である。

 さて、河合は自著『ファシズム批判』『時局と自由主義』など四冊が「世を乱すもの」として昭和十三年秋、発禁処分をくい、三年にわたる裁判の結果、有罪判決を受けた。

 終戦と同時に、進駐してきた米兵が河合邸を訪れた。栄治郎がその前年に死んだことを知らされた彼は、無念の涙を流したという。門下生で九十二歳の関嘉彦さんは、河合栄治郎没後六十年を振り返り、「カネではかることのできない人生の価値を考えてほしい」と語る。

 かつてリクルート問題がおきたとき、「怒りは単なる嫉妬だ」といった大評論家がいた。しかし、人の怒りは嫉妬に由来するばかりではない。時代の寵児の浮薄を戒めるに遠慮はいらない。
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