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◆【2005世界は日本・アジアをどう伝えているか】5月(上)安保理拡大だれが「日印共闘」を阻むのか
小泉純一郎首相のインド訪問(四月二十八−三十日)を受けて、両政府は「アジア新時代における日印パートナーシップ」といささか大仰な名の共同文書を取りまとめた。日中間で高まる不協和音を背景に、日本側では対印接近を「唐(から)の代わりに天竺(てんじく)か」とみる向きもあるが、こうした東京の空気は、同じ四月に中国から温家宝首相を迎えたばかりのニューデリーにもちゃんと伝わったようだ。
インド側での関心だが、華僑とならび商才にたけた印僑の故国らしくインフラ(社会基盤)開発など経済分野の日印協力には新聞各紙が言及している。
また、日印がドイツ、ブラジルを巻き込んでめざす国連安全保障理事会の常任理事国入りへの論評も、国際的な英字紙への寄稿を含めて多かった。
安保理議席をめぐっては、日印ともに中国、パキスタンなどそれぞれの隣国から受ける激しい横やりが念頭にある。この国連改革と、冒頭に俗な表現で挙げた中国をにらむ日本の対印外交については、インドの著名ジャーナリスト、スナンダ・K・ダッタレイ氏が、「二重戦略−日本はインド、そして国連に求める」としてインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙(五月五日付)に寄稿した内容が興味深い。
《インド経済は好調であり、日本は中国の不機嫌さを埋め合わせるべくアジアのパートナーを求めている。(中略)ブッシュ米大統領は、拒否権を持たず、国連の力がさほど弱められないのであれば、いくつかの国が安保理入りすることを気にかけないだろうが、パキスタンはインドがそこにいることを認めまい。より重要なことは、中国が世界的な重責を担う地位に日本が就くことを容認しないであろう点だ》
こうした状況の下で、ダッタレイ氏は日本が対印外交を通じて世界、地域それぞれの枠組み内で戦略目標を定めている、と分析する。
すなわち、(1)世界戦略=日印などいわゆるG4を加えた安保理拡大により既存五大国の重要性を低減させる(2)地域戦略=地理的概念ではなく機能レベルでの東アジア共同体にインド、オーストラリア、米国を参加させることで、中国の影響力を弱める−というのが、同氏のいう日本の「二重戦略」である。
対中抑止のカードとして自国が利用されることには、インド国内に懸念や警戒感がなくはない。
しかし、ダッタレイ氏は戦略分析にとどまらず、「小泉首相のような熱心な靖国神社への参拝者には、見えざるインド人の気持ちをよく知ってほしい」として、戦後の東京裁判でただ一人「勝者の正義」にくみさなかったインドのパル判事の例を挙げる。「歴史的なきずなこそが、国連改革に向けた日印の外交工作という政治に重きを加えている」というのだ。
中韓などの対日批判からみれば、逆説的ともいえる歴史認識は、ダッタレイ氏のほか、小泉首相の訪印当日のインド紙ヒンドゥスタン・タイムズ(四月二十八日付)に掲載された「東京の呼びかけ」と題するインドの安保専門家、K・スブラマンヤム氏の寄稿が目を引く。
スブラマンヤム氏は、やはりパル判事や欧米諸国と同時にサンフランシスコ講和条約に調印することを拒んだ当時のネール首相の事跡に言及する。そして、さきの大戦でチャンドラボースが率いたインド国民軍(INA)への支援など、インドの反英独立闘争に対する旧日本軍の協力までも論じ、「アジアにおける欧州植民地支配を終結させた日本の貢献を客観的な歴史は記録にとどめるだろう」と言い切った。
スブラマンヤム氏の指摘する日印のきずなは、決して過去への追憶にとどまらない。
《最近の中国における反日感情の高まりは、日本の安保理常任理事国入りに拒否権を行使することを正当化するために企図されたものに相違ない。われわれは日本が認められない限り、インドが安保理常任理事国の席を得ることはほとんど不可能であることを銘記すべきである》
英領下のデリーをめざした進撃は、インパール作戦の敗北でついえた。六十年を経た新たな日印共闘が再び阻まれるとしたならば、誰が立ちはだかったのかを克明に記録すべきだろう。(山本秀也)
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