保守の源流を訪ねて

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◆「沖縄集団自決」誤った記述 岩波と大江氏提訴 旧日本軍少佐ら 出版差し止めなど求める

 昭和二十年の沖縄戦のさなかに起きた沖縄・座間味島と渡嘉敷島での住民の集団自決について、自決を命令したとする書物の誤った記述で名誉を傷つけられたとして、旧日本軍の梅沢裕・元少佐(88)と、故赤松嘉次・元大尉の弟、赤松秀一さん(72)が五日、岩波書店(東京)とノーベル賞作家の大江健三郎氏を相手取り、計二千万円の損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こした。

 対象の書物は、岩波書店が発行した大江氏の『沖縄ノート』▽故家永三郎氏の『太平洋戦争』▽故中野好夫氏らの『沖縄問題二十年』−の三作品。沖縄戦当時、梅沢元少佐は座間味島の守備隊長、赤松元大尉は渡嘉敷島の守備隊長を務め、両島の集団自決は、米軍の攻撃に伴い、二十年三月二十五日から二十八日にかけて起きた。

 訴状などによると、『沖縄ノート』と『太平洋戦争』は名指しもしくは個人が特定できるような形で、座間味島の集団自決が梅沢元少佐の命令によるものだった▽『沖縄ノート』と『沖縄問題二十年』は渡嘉敷島の集団自決が赤松元大尉の命令によるものだった−とそれぞれ記載。

 しかし、集団自決で生き残った当時の女子青年団長や自決者の弟の証言、関係者への取材などをもとにした作家・曽野綾子さんの著書『ある神話の背景』などから、そうした軍命令はなかったことは明らかで、大江氏らの三作品の記述は「虚偽の事実を示して原告らの社会的評価を著しく低下させ、名誉をはなはだしく棄損して人格権を侵害した」としている。

 大江氏は五日、家族を通じ「訴状が届いていないので詳しいことが分からない」と述べた。

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戦後60年決議は「私たちの手で『戦後』を終わらせよう」ということだ。その意味でこのブログも頑張ります。

◆【戦後60年歴史の自縛】(5)中国に全面譲歩した後藤田談話 首相靖国参拝の足かせに

 八月十五日が近づいてきた。郵政民営化法案の動向とともに注目を浴びているのが、首相、小泉純一郎の靖国神社参拝だ。
 「日本が実際の行動で問題を解決しなければ、われわれは常に『歴史カード』を手に日本をたたける。このカードは相当長期にわたって使えるだろう。日本がなぜ徹底的に反省とおわびをし、このカードを使えないようにしないのか分からない」
 小泉が首相として初めて靖国神社を参拝した翌日の平成十三年八月十四日。中国共産党機関紙「人民日報」のネット「強国論壇」に、政府系の現代国際関係研究所東北アジア研究室研究員、馬俊威はこう書き記した。
 靖国問題で中国に「歴史カード」を持たせたのは、中曽根康弘政権だ。昭和六十一年八月、前年に靖国神社を公式参拝した中曽根は、参拝を見送った。
 官房長官の後藤田正晴は、談話で元首相の東条英機ら「A級戦犯」の合祀に言及、「(前年の参拝は)近隣諸国の国民にA級戦犯に対して拝礼したのではないかとの批判を生んだ」「近隣諸国の国民感情にも適切に配慮しなければならない」と中国に全面的に譲歩した認識を表明した。後に中曽根は、参拝中止の理由について靖国問題で窮地に陥った親日派の中国共産党総書記・胡耀邦を「救おうとしたため」と述懐したが、胡はほどなく失脚した。
 現・中国大使、王毅は今年四月二十七日の自民党外交調査会で、中国政府と中曽根政権が「首相、外相、官房長官は今後、靖国に参拝しない」との“密約”を結んでいたと暴露した。中曽根は即座に否定したが、後藤田談話が足かせとなり、首相の参拝が長らく絶えたのは事実だ。
 後藤田の中国寄りの行動は鮮明だった。六十一年六月に朝日新聞などが「復古調」と批判した検定合格前の高校教科書「新編日本史」に対する申請取り下げ工作にかかわり、「新編日本史」は検定に合格した後、修正を余儀なくされた。
 日中友好会館会長だった平成十二年九月には、同館副会長で教科用図書検定調査審議会委員だった元駐インド大使、野田英二郎に、検定合格前の扶桑社の教科書について「外交問題になれば厄介だから、審議会で議論して(不合格の)結論を出すのがいい」と指示していた。
 一連の経緯について本人に真偽を確かめようとした産経新聞記者に、後藤田は「おたくの社是は分かっているから取材は断る」と述べ、取材に応じなかった。
                      ■□■ 
 日中の歴史認識に関する摩擦の本質について、京大総合人間学部教授の中西輝政は、「国際政治の現実をめぐる争い」と喝破する。経済成長と軍備増強を続ける中国は、歴史問題をアジアの盟主の座をかけた日本とのヘゲモニー争いの道具にしているという。
 経済界の一部に中国に同調、首相の靖国神社参拝に反対する動きがあるのも事態を複雑にしている。
 日本IBM会長で経済同友会代表幹事の北城恪太郎は、昨年十一月、「首相が靖国に参拝することで、日本に対する否定的な見方、日系企業の活動にも悪い影響が出ることが懸念される。小泉首相に今のような形で靖国参拝することは控えてもらった方がよいと思う」と言い切った。
 こうした経済界の動きに中西は「日本が世界の大きな趨勢の中で圧倒的に有利な立場にあるという気持ちが大事なのに、日中二国間関係だけで考えてしまうから、戦後の惰性で謝罪したり、おもねったりしてしまう」と指摘する。さらに中西は言う。
 「進歩派ではない外交評論家といった有識者が、『国益からいって、首相の靖国神社参拝はやめるべきだ』と言い始めた。戦後日本の現実主義という考え方が、主権国家としての自立というものを踏まえないことがはっきりした」
 歴史の自縛の根は深い。

 ■「戦後」終わらせるとき
 昭和四十七年九月、首相の田中角栄が訪中し、日中共同声明に署名した。
 「過去において日本国が戦争を通して中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」
 このとき活躍したのが高島益郎だ。田中訪中に同行し、外務省条約局長として日中共同声明作成の実務に当たった。中国側は交渉で、「台湾は中国の不可分の一部であること」を声明に盛り込むよう強く要求した。
 だが、高島はこの要求を突っぱねた。共同声明では、「中国政府は台湾が中国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明し」、日本は、「中国政府の立場を十分理解し、尊重する」との意向を示すにとどめるよう田中を説き伏せた。
 国益のため頑強に法律論を展開する高島を、中国首相の周恩来は「法匪」と非難した。だが、後に「高島のような立派な部下を私も持ちたい」と言わしめている。
 「外務省に高島益郎のような国士が最近、いなくなってきた。外務事務次官も首相官邸の方ばかりみて、空気ひとつでどうにでも変わるようになってきた」
 元外交官で評論家の日本国際フォーラム理事長、伊藤憲一はいう。
 伊藤は、「高島という外交官がいたから最低限、抑えるところは抑えた。だが、もし、彼がいなかったら(中国におもねった)おかしな文章が入りかねない日中交渉だった」と語る。
                     ■□■
 衆院本会議場から自民党幹事長代理の安倍晋三、元経産相の平沼赳夫らが次々と退場した。
 今月二日、共産党を除く自民、公明、民主、社民四党の賛成多数で採択された「戦後六十年決議」の採決直前だった。
 村山富市政権下の十年前、大量の欠席者が出た末に採択された「戦後五十年決議」。今回の決議では、十年前の決議に盛り込まれた日本の「侵略的行為」や「植民地支配」といった文言こそなかったものの、民主党元代表、菅直人らの主張をいれて「十年前の戦後五十年決議を想起し」という文言が入った。
 積極的に動いたのは、議長の河野洋平だった。河野は「会期内に広島、長崎の原爆の日を迎えるので、衆院として平和への決意を示したい」と意気込んだ。
 だが、中国の態度は厳しかった。外務報道官の孔泉は決議をこう切り捨てた。
 「歴史問題を逆戻りさせる行為に未来はない。日本は軍国主義による侵略の歴史を深刻に反省し、歴史問題を妥当に処理すべきだ」
                     ■□■
 ここまでこじれた中国との関係を今後、どう再構築すべきか。
 「戦後和解」(中公新書)を著した山梨学院大学法学部助教授の小菅信子は、日本と中国の地理的近さによる近親憎悪の感情ゆえに「英国が抱えるアイルランド問題と同様に戦後和解は難しい」とみる。
 弁解の余地のないユダヤ人に対する組織的なホロコースト(虐殺)を行って戦勝国の「正義」を受け入れざるを得なかったドイツ。それに比べ、日本では、米国による原爆投下や大空襲で非戦闘員を大量に殺害されたこともあり、「加害と被害の線引きとバランスが不明確になり、日中間の戦後和解を難しくさせている」と分析する。
 それでも、戦後長く日英間のわだかまりとなった英軍人捕虜問題が、平成十年、首相の橋本龍太郎が英政府の非公式のアドバイスを受け、大衆紙に謝罪のメッセージを送ったことがきっかけで、融和に向かったことがヒントになるという。
 「首相には中国だけでなく世界にメッセージを発信する老獪さを身に付けてほしい」と注文する。
 一方、中西は根本的な問題の解決が先決だと言う。
 「いい加減に謝罪外交をやめ、日本人を罪の意識で縛り続ける憲法を変えることから始めなければならない」
 ジャーナリストの櫻井よしこは「この十年ぐらいで、新しい歴史の事実、国民の意識を覚醒するためのさまざまな事実関係が次々と明らかになってきた」としたうえで、こう語った。
 「私はこのごろ希望を持っています。まもなく私たちの手で『戦後』を終わらせることができるでしょう」(敬称略)=おわり
                   ◇ 
 この企画は佐々木類、阿比留瑠比、加納宏幸、安藤慶太、乾正人が担当しました。
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