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数学者岡潔は戦前フランス留学から帰国の途次、船がシンガポールに寄り数日過ごした(のだろう)際に、そこで波音を聞いているうちに突然ある種の「懐かしさ」に襲われ、砂浜に暫しうつ伏せた(?)と。そしてわが日本民族はこの辺りから数万年前に北上したに違いないと確信し、「涅槃経」の「日本民族は常住にして変易なし」とつぶやいたと。
岡潔先生ほどの強い感受性は当方持ち合わせていないが、96年以来この土地で八年余、朝な夕な実業に追いまくられ、夜乾いたアパートに帰還、窓を開放し外の空気を一杯に入れた後、タバコをふかしながらぼんやりする時の気持ちは、それに近いか。気軽に「海外旅行」など無かった戦前であるから、仮に当時生をなしていたら私のような凡才でも同様な感慨をおぼえたかも知れない。
厳寒の信州・小諸で生まれ、東京で学生生活→就職、海外生活も経験、油の乗った25年目に会社を辞め、シンガポールに住みついた。正確に言えば退職に先立つ四年間のシンガポール駐在を終えた後、会社を辞め独立した。さしたる動機はなかったのだ。ひとに聞かれれば「また丸の内まで一時間半かけて通勤したくない」という一番分かりやすい(しかし幼稚な)返事をすることにしている。
理由は他にあったと今では考えている。大企業の「歯車論」を出す積もりは更々ないが、まあそれに近いものがあったと思う。それプラスやはりシンガポール。この土地に魅せられてしまったのだ。そう簡単にひとは儲けさせてはくれない。事業立上げ時の苦労をこの土地の気象天象は暖かく包んでくれたと真面目に感謝している。
そしてこの南国の港市国家から日本を観れば、実業面でも、それ以外でも言いたいことが沸々と出てくるのだ。ハンチントンの例を出さなくともひとつの「文明」として独立した(それ故孤立した)日本がますますDIMになって来る。「産経新聞を読んで」を立ち上げた一番強い理由がこれだ(備忘録として使ってもいるが)。
この「シンガポール通信」はアーカイブたる「読んで」を補強する意味で、また「実験国家」的な色彩の強いシンガポールの現場で起きていることも参考にしながら、硬軟取り混ぜ「言いたいこと」を随時掲載していくこととします。
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