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◆【正論】動物行動学研究家・竹内久美子 貴族はなぜ戦闘の最前線に立つか
子孫の繁栄あっての優者の責務
≪貴族の死亡率は平均の倍≫
「ノブレス・オブリージュ」という言葉がある。高い身分にあったり、経済的に恵まれている者が、その有利な立場の引き換えとして、身分の低い者や貧しい者のために尽くす、その義務のことである。誰しも思い浮かべるのは福祉活動だろう。寄付や募金活動、慈善団体の総裁を務める…。ところが、ノブレス・オブリージュは時に(本来?)命懸けの行為なのである。
『王室・貴族・大衆』(水谷三公著、中公新書)によると、第一次世界大戦におけるイギリス貴族の戦場での死亡率は実に、18・95%。ところが、同大戦の全将兵の平均死亡率は8−9%であったという。貴族は逃げ足が遅かったり、どんくさいのではない。最前線で堂々と戦うことを強いられたのである。
最前線といえば、一九八二年のフォークランド紛争の際に、当時二十二歳のアンドリュー王子が最前線に赴いている。調べてみたら、何と王子は、アルゼンチン軍のミサイル、エグゾセのおとりとなるヘリコプターに乗り込むという任務に就いていた。
英国の空母インビンシブルにミサイルが命中しないよう、おとりになって海面すれすれでホバリングする。同ミサイルは海面から八メートルまでの低空しか飛ばないので、ミサイルが近づいてきたら、素早く上昇して逃げるという作戦なのである。一歩間違えば、イギリス王室は王子を一人失いかねない。それにしても、高貴であるがゆえに、なぜこれほどまでの危険を冒さなければならないのだろうか?
≪危険引き受け能力を誇示≫
ノブレス・オブリージュなどということは、いくら何でも人間以外の動物にはあり得ないだろうと思っていた。ところがあったのだ。
アラビアヤブチメドリという、スズメの三倍ほどの大きさの鳥がいる。アラビア半島やイスラエルの死海地方などの、所々に潅木が生える半砂漠地帯にオス、メス数羽ずつからなる群れで住んでいる。
群れにははっきりした順位があり、メスの直線的順位の上にオスの、やはり直線的順位が存在する。そしてタカやハヤブサなどの天敵に対する見張り役という危険な任務に就くのは常に順位の高いオスなのである。
それどころか第二位のオス(βオス)が見張りに立っている時に、第一位のオス(αオス)がやってきて交代しろという態度を示したら、βオスは譲らなければならない。
誰かが誰かにエサを与える場合も、順位の高い者から低い者へ対してでなくてはならない。もし低い方が高い方へ与えようとしようものなら、「なに考えてるんだお前。そういうことは、高い方から低い方へと決まっているんだ!」とばかり詰め寄られる。
さらにエサを与える際、当人は特別なトリル音を出し、「皆さん、ご注目! 私は今、順位の低い者に施しをしています」とアピールする。
彼らは眠る時、枝に一列に並ぶのだが、最も危険な両端に位置するのもやはり、αオスとβオスなのである。
まさにノブレス・オブリージュ! でも、彼らはなぜそこまでするのか。
このチメドリを長年研究している、イスラエルのA・ザハヴィによると、危険な任務に就くのは、危険な目に遭いながらも、ちゃんと任務をまっとうし、生き延びる能力があること、エサを与えるのはそれだけの余裕があることの動かぬ証拠。つまりはクジャクのオスが綺麗な尾羽を広げて自分の遺伝的な質が優れていることをメスにアピールするのと同じで、動物の究極の目的である繁殖のために、自分の優れた資質を示すことにあるというのである。
≪本人死すとも血縁は残る≫
実際、オスの順位と、いかに多くメスと交尾できるかはきれいに対応しているのだ。この議論を人間に対してそっくりそのまま当てはめるわけにはいかない。けれど、人間も動物の一種である以上、究極の目的はやはり繁殖にある。ノブレス・オブリージュの世界でなぜ、あれほどまでのことをするのかといえば、その目的が他ならぬ繁殖にあるからではあるまいか。
さらに人間では言語による名誉や評判という、他の動物ではありえない形で本人の資質がアピールされる。立派で徳の高い人だ、見事な戦いぶりであった、などと。そして極端な話、本人は戦死してもその名誉によって血縁者が有利に繁殖し、間接的に本人の遺伝子のコピーが残される。やはり繁殖の問題なのだ。
ノブレス・オブリージュは高貴で裕福な者の義務ではない。そうした人々の紛れもない繁殖戦略ではないだろうか。(たけうち くみこ)
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