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◆【産経抄】(2005年2月2日)
マスコミを巻き込んだニセモノ騒動は世に多い。昭和九年の「春峯庵(しゅんぽうあん)事件」では写楽らの肉筆の浮世絵が見つかった、なんとか博士も大絶賛と、ある新聞が報じた。ところがすべてニセモノ。
▼最近では、高麗青磁の復元に成功したという研究家の寄稿を某紙が載せたが、やはり大ウソ。後日、事実を検証して軌道修正した。笑っていられないのは、南京事件で「大虐殺」のあかしとして使われてきた写真を検証したら、証拠として通用するものは一枚もなかったということだ。
▼検証の方法について異論も出よう。だが、この作業を行った東中野修道氏の言に賛成である。「虐殺の有無ではなく、写真が証拠として通用するか検証した」。反日宣伝のために使われた写真を、あまりに無批判にたれ流してきた人たちがいる。
▼数年前には笠原十九司著「南京事件」(岩波新書)で、ニセ写真が使われ、著者と出版社が謝罪して写真を差し替えた。昨年の本宮ひろ志氏の漫画「国が燃える」をめぐる騒動は記憶に新しい。真偽不明の写真を下敷きにして描き、休載になった。
▼先入観なく事実を検証する目を持ちたい。それなくしては追悼もお題目にしかなるまい。「大虐殺」写真として流布している多くは、二冊の本が源流と東中野氏はいう。南京攻略のあと間もなく出た「日寇(にっこう)暴行実録」と「外人目撃中の日軍暴行」で、いずれも反日宣伝の本だそうだ。
▼笠原という人は、このうちの「実録」にもとづいて農作業から帰る女性を「日本兵に拉致される…」とやってしまった。今回の検証では「大虐殺」のマスコミ側権威?本多勝一氏も同じ過ちをしている。お金を払って買った鶏が、氏によれば略奪品だそうだ。ふつうなら軌道修正のはずだが。
◆「南京大虐殺」流布写真143枚、証拠として通用せず 東中野・亜大教授検証 明らかな合成/日本兵と違う軍服 (2005年2月1日)
「南京大虐殺」の証拠として流布する写真の検証作業を続けていた東中野修道・亜細亜大学教授は三十一日、都内で会見し、証拠写真として入手しうる百四十三枚のうち、証拠として通用するものは一枚もなかったとする検証結果を発表した。
東中野教授は「大虐殺」に触れた著作物を可能な限り収集、そこに掲載されていた約三万五千点の写真の中から「大虐殺」の証拠とされるものを抽出して検証した。「虐殺の有無を検証しようとしたのではなく、虐殺の証拠に使われている写真が、証拠として通用するものかどうかを検証した。そこを理解してほしい」と東中野教授。
検証の結果、今日流布する証拠写真の多くは、昭和十二年十二月の南京攻略戦から七カ月後に出版された「日寇暴行実録」(国民政府軍事委員会政治部編)と「外人目撃中の日軍暴行」(ティンパーリー編)の二冊を源流としていたことが明らかになった。
この二冊に掲載された七十枚は、いつ、どこで、だれが撮ったものか不明なものが大半であり、細部を詰めてゆくと、明らかに合成と分かるもの▽軍服が日本兵のものでないもの▽初夏に撮られたとみられるもの−が多数あった。さらには、日本の写真雑誌に掲載された写真のキャプションを改竄して掲載した例も。
東中野教授によれば、こうした写真が「大虐殺」の証拠として検証されることなく次々に使用されていったという。典型的な例は、昭和十二年十二月五日発行の「朝日版支那事変画報」の裏表紙に掲載された、代価を払って鶏を買った兵士の写真。「日本軍の行くところ略奪されて鶏も犬もいなくなった」とキャプションを改竄されて「日寇暴行実録」に掲載され、さらに朝日新聞記者だった本多勝一氏の著作に「ヤギや鶏などの家畜は、すべて戦利品として略奪された」という説明をつけて掲載された。
「源流の二冊は、反日プロパガンダとして作成されたもの。そこに掲載された写真を検証なしで流布したマスコミの責任は極めて重い」と東中野教授は話している。
検証をまとめた「南京事件『証拠写真』を検証する」は、草思社から二月三日に刊行される。
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