保守の源流を訪ねて

いざいざと友に盃すすめつつ泣かまほしかり醉はむぞ今夜

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◆【透明な歳月の光】曽野綾子(164)靖国参拝 示される平和への姿勢

 総理が靖国に参拝するかどうかについてのさまざまな人の意見は、私にはなかなか役に立つものだった。面識のない人の意見まで、いながらにしてわかったからである。

 中国や韓国が嫌がるから参拝するな、というのは、商売人の資質である。それは政治家であれ経済人であれ、一流の人格と哲学を持つ人の口にすることではないだろう。それは政治的配慮だというが、行かなければ中国や韓国が高く評価するということはないのだからおかしい。今度はうまくやっつけた。次回は何に文句をつければ日本の出ばなをくじくことができるか、ということになるだけだ。

 そんなことを考えていたら、古い雑誌の切り抜きで「ユダヤ・ジョーク」というのが出てきた。私は笑い話を集める趣味があるのである。

 ある時、ユダヤ教のラビの運転する自動車と、カトリックの神父のマイカーとが衝突した。ラビというのはユダヤ教の教師のことである。

 ひどい事故で双方の車は大破したが、幸いにも二人はけがもしなかった。これは神のご加護のおかげで、あなたとは生涯友だちとして平和に過ごすようにとの、神のお計らいに違いないとラビは言った。

 神父も心から同意した。その上、ラビの車からは奇跡のように一本のぶどう酒が割れずに出てきたのである。ラビはこれは神が二人に幸運を祝って飲むように望んでおられたからだろう、と言った。ほんとうにそうとしか思えない和気あいあいの瞬間である。

 ラビがぶどう酒の壜の口を開けてまず神父に飲ませた。神父はたっぷり飲むと、壜をラビに返したが、ラビは壜に栓をして神父に返した。

 「おや、あなたは飲まないんですか」

 神父は聞いた。するとラビは答えた。

 「いや、私は警察官を待つことにしますよ」

 神父は酔っ払い運転の犯人として、事故の責任を全面的に負うわけである。どうみてもユダヤ教の勝ちという話だ。このあざとさが政治というものの本質だろう、と思う。

 靖国の意味は、終戦後変質している。宗教を超えて、戦争賛美ではなく戦争とその悲劇を悼む場所になった。朝日新聞系のテレビの解説委員はその変化を全く解説せず、旧態依然の靖国の位置づけで中国側を代弁している。

 私が九年七カ月働いた日本財団一つをとってみても、一九八一年から今までに、関連財団をも含めた中国援助の総額は、百八十九億九千五百九十八万五千円に上っている。もちろんこれらはすべて人道と平和構築のためだ。

 私たち夫婦は今年八月十五日に靖国に参る。しかし誰も誘わず誘われず、個人の表現として行く。そうした人々がおのずと日本人の平和への姿勢を見せるだろう。

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◆【話の肖像画】浮かぶ瀬もあれ(7)前内閣官房参与 中山恭子さん 夫はもっとも親しい友人

 ≪駐ウズベキスタン大使時代、ソ連に抑留され、異国で亡くなった日本人の墓地整備に全力をあげた≫
 −−どうやって日本人墓地整備を実現したのですか。

 中山 中山(夫の成彬氏。現文科相)に国際電話をし、何とかしなくてはいけないと伝えました。中山も電話口で声を詰まらせていました。

 −−こういうときに国会議員の夫を持つと頼りになりますね。

 中山 ええ、助かりました。中山が発起人の一人になり、平成十三年に「日本人墓地整備と鎮魂碑建設基金」を立ち上げてくれ、募金活動が始まりました。

 −−募金額は?

 中山 全国から約二千万円が集まりました。ウズベキスタン政府も「これまで整備していなくて申し訳ない。こちらで整備させていただく」と作業を始めました。日本側は鎮魂の碑を建て、名前を刻み、垣根を作るなど周辺整備を行いました。さらに桜の苗木を日本から送ってもらい、すべての墓地に植えました。今年三月に行ってきましたが、私の身長(一五九センチ)を超えていました。

 ≪夫の成彬氏は大蔵省の同期だ≫
 −−成彬さんは重要な場面で中山さんの活動を後押ししてくれているようですね。

 中山 理想的な夫婦とは程遠いですが…。お互いほとんど束縛しない生活をしています。

 −−ずばり、中山さんにとって、成彬さんとは。

 中山 もっとも親しい友人。海外勤務のときも考え方を整理するときなどは相談していました。

 −−大蔵省でともに働いていたときも、相談し合う関係でしたか。

 中山 そういうのはあったと思いますけど。

 −−仕事と子育ての両立は大変でしたか。

 中山 やらなければ成り立たないことなので。私の母親も手伝ってくれました。それに、私は家の中のことはあまり苦になりませんので、大変だという認識はあまりないですね。

 −−仕事も家庭も思うままにやってきたようですね。

 中山 そうですね。

 −−政治家の妻になることを予想していましたか。

 中山 私と結婚したことであきらめるはずでした…。

 −−約束が違った。

 中山 違ってた。男性の決心を変えられる女性もいるのでしょうが、私では変えられませんでした。

 −−けんかすることは?

 中山 ありませんね。けんかするにはテンポが合わないんです。=おわり
 (聞き手 田北真樹子)

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◆【一筆多論】湯浅博 嫉妬は外交のバネになる

 日韓首脳会談後に、ソウル青瓦台で行われた盧武鉉大統領のネクタイ、背広姿を見て、余計なことを想像してしまった。リゾート地開催の慣例が崩れ、どこかギクシャクしていたからである。

 これより前の米韓首脳会談では、盧さん、よっぽどシャツにジーンズ姿でブッシュ大統領の牧場に行きたかったんだろうな、と連想した。

 この日韓に先立つ米韓会談の折に、韓国側がブッシュ大統領のテキサス州クロフォードの牧場会談を求めたと聞く。私有牧場への招待は、もちろん親しさの証明である。ところが、英紙によれば、盧大統領のRanch(牧場)はかなわず。ワシントンでブッシュ大統領とのLunch(昼食)を共にしただけであったなどと、誰かが気の毒がっていた。

 盧大統領にすれば、小泉純一郎首相やブレア英首相に牧場会談が許されて、なんで吾輩はだめなのかと不満を覚えたはずだ。盧大統領の反米的な発言が原因のはずなのに、本人は決してそう思わない。「嫉妬」はアジア外交の意外なバネである。

 こちら日本とのシャトル会談では、ノーネクタイでなんかいられるかと思ったのだろう。リゾート会談から、ホワイトハウスならぬ青瓦台に振り替えた。

 これまでの日韓会談では、韓国の済州島や鹿児島の指宿でノーネクタイの「クール ビズ」を先取りしていた。だが、そんな具合でソウルではとたんに正装に逆戻り。まして、議題が小泉首相の靖国神社参拝や歴史認識では、しかめっ面しかできない。なにしろ盧大統領にとっては、「靖国参拝が中核」だから。

 そこで、首脳会談後の記者会見も、質疑は韓国側の仕切りでいっさい受け付けない異例の事態となった。でも、盧大統領の気持ちは分かる。筆者が現場にいたら、おそらくこんな質問をしたであろうからである。

 −−大統領の支持率が低下すると、盧政権は韓国内の「反日」をあおる傾向がありますが、この会談の成果はいかがでしょう?

 −−昨年七月の会談後の記者会見で大統領は、「歴史問題は任期中には取り上げない」といっていたはずだが、どうした心変わり?

 −−続く昨年十二月の会談後の会見では、「靖国神社の参拝は日本側で判断することだ」といいながら、いまになって中国と唱和しているのはなぜでしょう?

 −−この三月の抗日運動記念演説で、突然、変わって「過去の真実を糾明し、心から謝罪し、反省し、賠償すべきことがあれば賠償し、和解しなければならない」とはどうしましたか。対日請求権問題は一九六五年の日韓基本条約の付属協定で「完全かつ最終的に解決された」とあり、賠償は済んでいるはずですが?

 こうして疑問と矛盾をあげてみると、やはり盧大統領が「会見での質疑なし」と逃げたくもなるだろう。まして、小泉首相が靖国神社参拝で「行くか否かをいわないことが最大の譲歩」なんていわれたら、なおさら困る。

 韓国の反日行動は、島根県議会が制定した「竹島の日」条例をきっかけに火がついた。ところが、韓国がどんなに怒っても、日本は柳に風でヨン様だのと韓流ブームが衰えない。「竹島はくれてやれ」という新聞まで現れると、かえって自尊心が傷つく。

 でも、日本と韓国に感情的なねじれがあったとしても、不幸な歴史を繰り返さないとの確信がどこかにある。中国とは違って、「ともに民主主義体制だから」と思うが、どうだろう。政権交代は、民主政治の「中核」だから。

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◆家族会事務局長・増元照明さん手記 動かぬ政府 命削ってでも訴える

 拉致被害者の「家族会」などが二十六日まで行った座り込みについて、増元るみ子さん=拉致当時(24)=の弟で、家族会事務局長の照明さん(49)が、座り込みの理由、成果について産経新聞に手記を寄せた。内容は次の通り。
                   ◇
 昨年十二月、細田博之官房長官が「迅速かつ誠意ある対応がなされなければ日本政府として厳しい対応をとらざるを得ない」としてからすでに半年。だが、政府は何時までたっても厳しい対応をとろうとしない。われわれの不信感は募った。

 通常国会での主要課題は「郵政民営化」であった。政府が被害者の生存を信じているなら、被害者の救出のための方策が論議されてしかるべきだ。郵政民営化と拉致被害者の命と、どちらが重要なのであろうか。

 五月十八日、五カ月ぶりに入港した「万景峰92」は、その後一週間に一度の割合で入港。「拉致」などなかったかのように、自分たちの人道・人権だけを唱えるこの船を目の当たりにし、「厳しい対応をとる」と言った政府の方針など消し飛んでしまったかのような錯覚さえ覚えた。「このままではいけない。被害者が忘れ去られてしまう。自分たちの身を、命を削ってでも訴えていこう」。家族の気持ちは一致した。

 そして私たちは座り込みを始めた。どれくらいの人たちが私たちと同じ思いでいるのかわからなかったが、日ごとに参加者が増えた。

 参加しなくとも、水や冷却シートの差し入れが増えていった。いずれも「支持しているぞ!」の声が聞こえてくる。

 米国大使館から水の差し入れがあった。私たちの抗議を支持し、思いを一つにしてくれた人々の支援は、家族を勇気づけ力を与えてくれた。五年前の「孤独な闘い」とは違う手応えを感じた。

 小泉純一郎首相は、私たちの座り込みについて「対話と圧力」を繰り返し、「経済制裁で解決するという現況ではない」と切り捨てた。では何時になったら好転し、救出できるのか。じっくりお聞きしたい。

 十分、二十分の面会ではなく、一方的な回答でもない。小泉首相に人として、日本国による救出を現在も待つ被害者をどう救うつもりなのか、聞かせてほしい。私たちは夜中でも明け方でも休日でも、小泉首相のご都合に合わせる。

 国民の生命、財産に責任を持つはずの首相にとって、「拉致被害者の救出」は緊急の課題ではないのだろうか。

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◆中国の対日強硬路線 劉亜州空軍中将の影 軍主導で改革論/政権に影響力

 【北京=伊藤正】改革者か、軍国主義者か−。中国空軍の戦略理論家で、訪日した呉儀副首相の緊急帰国事件への関与もうわさされた空軍副政治委員の劉亜州中将(52)の評価をめぐり、中国知識人の間で論議が起こっている。劉氏は一党独裁制の矛盾と限界を指摘し、軍主導による政治制度改革を主張、知識人層の関心を呼んだ。劉氏が、故李先念元国家主席の娘婿で、若手将校のリーダーとして声望高く、胡錦濤政権に影響力を有することも論議を熱くする一因のようだ。

 劉亜州氏は、反日デモさなかの今年四月中旬、少将二人を含む他の九人の高級将校と連名で、インターネットサイトに反日アピールを発表、注目された。対日戦時賠償請求の復活などを求める一方、「日清戦争以来、日本に侮られ続けている」原因を国力増強を妨げ、国民の自尊心を損なう遅れた政治体制に帰し、その改革を主張した。

 これは劉氏が数年来、発表してきた著述や講演で展開している持論。劉氏は江沢民前政権時代以来、軍や政権の国際戦略に影響力を及ぼしてきたといわれる。米国とは当面協調し、台湾独立派と日本を「仮想敵」にして、国民の団結心を高める戦略も劉氏は早くから提唱していた。

 今、中国の自由主義派学者らも巻き込んだ論議は、対日強硬論と直接的関係はなく、その体制変革論がテーマ。今年二月、劉氏が二〇〇二年九月に雲南省昆明で空軍幹部を対象に行った内部講演記録がサイトに流れたのがきっかけになった。

 その中で、劉氏は中国内政から対外戦略まで縦横に語り、腐敗や所得格差など矛盾が深刻化、総合国力で先進国との差が開く現状へ危機感を示す。国際関係でも、自由主義国に包囲され、受け身に立たされているとし、民主的政治制度を確立する必要を強調、軍が民主化と政治改革を主導するよう主張している。

 内外の各種学術系サイトに寄せられた知識人の反応は、軍内に政治改革要求が波及したことに肯定的なものが多い。在米の著名学者、朱学淵氏や南京郵電学院の樊百華氏らは、民主化や体制改革に軍人が貢献した海外の例を挙げ、過渡的な政治手法として支持。これに対し若手政治学者の王怡氏(成都大学)は、劉氏を、クーデター未遂事件を起こした林彪元国防相の子息の林立果元空軍副政治委員と同じ、太子党(高級幹部子弟)の軍国主義者にすぎず、軍事政権の下で民主化などできるわけがないと痛烈に批判。自由主義学者の呉庸氏らも同調し、これに樊百華氏が行き過ぎだと批判し再反論した。

 この背景には、胡錦濤政権が当初の期待に反し、政治改革を停滞どころか後退させていることに、知識人だけでなく、米国での留学・研修経験を持つ劉氏を中心とする若手将校グループのいらだちがあると在米ジャーナリストの張偉国氏は分析する。

 中国筋によると、劉亜州氏らは、政府当局が反日デモ抑圧に転じ、呉副首相訪日などで対日関係修復に動いたことに強い不満を示したという。王怡氏は「大国の中で最も軍国主義に遠い日本」を、「最も軍国主義に近い体制の中国」が、攻撃する背景に、劉氏の対日強硬論があると指摘し、知識人らに対し、軍が政治への介入を深める危険性を警告している。
                  ◇
 劉亜州氏 中国空軍副政治委員、中将。1952年、軍人家庭に生まれ、68年空軍に入隊。72年武漢大学に入り、74年から創作活動開始。空軍所属作家として、軍事、国際戦略を題材にした報告文学や論文を多数発表。80年代以降、米国留学や数度の訪米経験がある。北京軍区空軍政治部主任、成都軍区空軍政治委員を経て2003年現職。96年に少将から中将に昇進した。夫人は李先念元国家主席の長女、李小林中国人民対外友好協会副会長。安徽省出身。

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