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◆【主張】靖国神社問題 国立追悼施設に反対する
靖国神社に代わる無宗教の国立追悼施設を建設すべきだとする主張が、一部マスコミや政治家の間で再燃している。水鳥の羽音に驚きあわてるかのような騒ぎだが、中国などに迎合した議論といわざるを得ない。
もともと、国立追悼施設構想は四年前の国会で、小泉純一郎首相の靖国神社参拝を問題視する当時の民主党代表や社民党党首から提起された。「外国要人も献花できる国立墓地を」というものだが、首相の靖国参拝を認めたくないための論理のすり替えだった。
その後、福田康夫官房長官(当時)の私的懇談会も「新たに国立の無宗教施設が必要だ」とする報告をまとめたが、遺族らから「靖国神社を形骸(けいがい)化させる」などの強い反対意見が出され、事実上、建設が断念された。
懇談会の報告が中国などに配慮するあまり、毎年、靖国神社への参拝を続ける遺族の気持ちや伝統的な国民感情を十分考慮していなかったからだ。
最近、朝日新聞だけでなく、保守主義を基調とする読売新聞までが「国立追悼施設の建立を急げ」とする社説(四日付)を掲げた。≪靖国神社が、神道の教義上「分祀」は不可能と言うのであれば、「問題解決」には、やはり、無宗教の国立追悼施設を建立するしかない≫とあったが、いささか飛躍した論理ではないか。
靖国神社に合祀されているいわゆる「A級戦犯」を分祀すべきだとする意見は、中国などの政治的狙いに沿うものでしかない。靖国神社にまつられている霊を取り除き、別の社に移し替えるという意味の「分祀」は、神道ではあり得ない。そのことを理解しているのであれば、まず外国に理解を得る外交努力を求めるべきだ。
中国副首相の突然の帰国を批判した先月二十五日付社説「最低限の国際マナーに反する」で、首相の靖国参拝について「他国の干渉によって決めることではない」とした読売の論調は、どこへ行ってしまったのだろうか。
戦没者慰霊はその国の伝統的な宗教や文化と深く関係している。日本には戦没者慰霊の中心施設として靖国神社がある。外国の圧力でできた無宗教の追悼施設などに誰が行くだろうか。そんな施設に税金を投じるのは無意味かつ無駄である。
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