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◆【湯浅博の世界読解】奇策縦横が煙と消えた
以前から気になっていたのだが、中国の胡錦濤主席の顔には表情というものがない。喜びも悲しみもかみ殺し、前任の江沢民氏のようにかすかでも喜怒哀楽を感じない。あれは冷徹な党官僚の顔である。
英国北部グレンイーグルズで開かれた主要国首脳会議(G8サミット)で、それを改めて感じた。ブレア首相がロンドンの同時爆破テロへの非難声明を出したとき、無表情が左側にいた。だから勝手に解釈するのだが、あれはホッとしている顔と見たがどうだろう。
もともと、サミット各国にとって「中国問題」は頭痛のタネだった。
なんといっても、エネルギー消費量がケタはずれに多い。彼の国の石油消費はここ十年で倍増している。今後も右肩上がりが見込まれるから、人の迷惑顧みず核疑惑のイランだろうが軍事政権のミャンマーだろうが、資源協力が可能とみれば「油あさり」に走る。
中国の温室効果ガス排出量は地球温暖化に間違いなく貢献している。やがて、二〇二〇年までに世界の排出量の二割近くを占めてしまうというから世界は大変だ。米国が、中国とインドを含めずに環境問題を語る無意味さを指摘したのは正しい。
人民元は改革が必要だし、主要国との貿易摩擦もひどい。軍事費は毎年二ケタ増で驀進しているうえ、カネにあかして対中武器禁輸の解除を欧州諸国に持ちかけている。こうなれば、誰でも中国を何とかしなければと考える。
そんな批判渦巻く場所へのこのこ出かけなくてもと思うが、中国にも出席しなければならない理由があった。
かつて江沢民氏は、サミットを「金持ちクラブ」と呼んで、距離を置いた。しかし、時と人が変わると評価も変わる。G8サミットが世界の流れを決定する組織であれば、中国の大国意識が許さない。ましてメンバー国の日本に国連改革でG8の同意を取り付けられてはたまらない。
さりとて、サミットの場に出る前になんとか対中批判をそがなければならない。そこは、中原に鹿をおう国柄だから、中国は三十六計、さまざまな計略をめぐらした。
直前に胡錦濤主席がロシアを訪問し、プーチン大統領と会談して米国の一国支配を牽制する「共同宣言」に署名した。次いでカザフスタンに入り、ロシアや中央アジア四カ国などで構成する上海協力機構首脳会議に出席したのも、米国の中国封じ込めを無力化する意図だろう。
しかも、この会議にブッシュ政権が対中牽制のために接近するインドとパキスタンに加え、核疑惑のイランもオブザーバー参加させた。
胡主席はなんと、一週間以上の周到な外遊を経てグレンイーグルズに入っていた。ところが、中国らしい奇策縦横のはかりごとも、実をいうと、ロンドン同時爆破テロの一撃で、すべて吹っ飛んでしまった。大規模な都市型テロの共通体験を持ったことで、サミットの力学が「対立」から「結束」にギアを入れ替えたのだ。
サミット参加者は、こぞって「反テロ」の共同戦線に並んだ。グレンイーグルズに踏みとどまり、友の肩を抱き、励ます役回りに転じた。
中国が用意した仕掛けも、G8による対中説得も煙と消えた。胡氏の顔が安堵に見えたゆえんである。ひょっとして、ロンドン同時爆破テロに救われたのは中国だったのかもしれない。(東京特派員)
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