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◆【主張】英誤認射殺 不幸な事件に多くを学ぶ
ロンドン警視庁の武装警察官が同時爆破テロ事件を捜査中に、ブラジル人男性を誤って射殺した事件は、警察の対応、英国社会の受け止め方、メディアの反応、政界の動きなどの面で、日本としても学ぶべき点が少なくない。
ロンドン警視庁のブレア総監は、事件から二日後に、誤射事件であったことを認め、公表し、「警視庁にすべての責任がある。家族には深い遺憾の意を表する」と謝罪した。
今回の誤射は、連続爆破テロ事件直後という緊張の中、男性も捜査員の職務質問を振りきり、突然逃げ出したととられても仕方がない行動をとるなど、いくつかの要因が重なって起きた不幸な事件であった。
結果としてテロ事件とは関係のない男性を射殺してしまった警察の責任は免れ得ず、誤射事件の全容の解明が待たれるが、学ぶべき点というのは第一に、ロンドン警視庁の失敗の後の処理の仕方である。
ロンドン警視庁は内部調査で誤認と判明するや、直ちに公表し、トップの総監みずからが謝罪したが、これがもし、事実を隠したり、公表・謝罪を遅らせていたらどうなっただろうか。犯罪捜査に不可欠な市民の警察への信頼は失墜していたに違いない。
ブレア警視総監は、謝罪の一方で、自爆テロ犯に対しては、自爆を防ぐため、頭部を撃つ方針は今後も貫くと断言した。こうした姿勢に、世論調査によれば英国市民の七割以上が支持していると伝えられたが、テロ事件に対する冷静な態度とも合わせ、英国社会の成熟度を見る思いがする。
人権団体ですら「性急な結論は避けたい」とコメントし、多くの英国メディアも日本の一部メディア、評論家などとは異なり、単純な警察批判、権力批判は行っていないという。
これが日本だったらどうだっただろうか。メディアは責任追及の大合唱となり、トップは引責辞任に追い込まれ、捜査員は萎縮してしまうだろう。批判対象を間違えてはいけない。
日ごろは激しく論争する英国の政界も、テロ事件後は超党派的な団結を見せているという。そこには国家や自由社会の根底を崩すテロに対しては、党派を超え、一致団結して戦う民主国家本来の姿が見える。
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