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バブル崩壊後あたりから日経はちょっとおかしいと思っていた。中国への迎合(今でも続いている)、大企業への無批判記事(ソニー出井氏をどれほど賛美していた? 今はユニクロ柳井氏あたりに的を変えているが)、記者の横柄さ(日経シンガポールの前々駐在は鼻つまみ者だった)等々挙げればきりがない。日経の経済記事は読まないほうが良い(社会・文化面は逆に良いが)。
◆作家・高杉良 大塚将司著『日経新聞の黒い霧』 講談社
■揺らぐマスメディアの現場で
本書を読了した私は、しばし呆然自失しました。深い感動にとらわれ、柄にもなく涙腺がゆるんだのです。
たった一人の反乱によって、折あるごとにクオリティー・ペーパーを強調し、巨大新聞社の大物社長を自認していた鶴田卓彦氏を退任に追い込んだ大塚将司さんのエネルギーの源泉は奈辺にあるのでしょうか。
日本経済新聞社が言論報道機関から情報サービス会社に変質してしまった危機感が、本書の執筆に駆り立てた動機づけだ、と大塚さんは語っています。
三年半ほど前に発覚した日経の子会社、ティー・シー・ワークスの巨額手形流出事件が、ついきのうのことのように想起されますが、大塚さんは同事件を精査して、当時の超ワンマン社長の鶴田氏(記者会見に一度も応じたことがない)を告発しました。
鶴田氏は名誉毀損で刑事告訴し、大塚さんを懲戒解雇する挙に出たのです。裸の王様と言わざるを得ません。
大塚さんは直ちに地位保全仮処分を申請しましたが、司法の判断は冷酷で、社員にとって極刑に等しい懲戒解雇を支持し、却下しました。
大塚さんは心ある日経OBや現役記者の支援もあって、鶴田氏の解雇要求と株主代表訴訟で対抗し、鶴田氏を退任させ、日経新聞社とは和解による復権を果たし、事実上の全面勝訴を勝ち取りました。
日経新聞の敗訴を予期していた執行部の面々は、さぞや胸を撫でおろしたことでしょう。このことは、株主代表訴訟における巨額の請求額に思いを致せば、指摘するまでもないことです。
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それにしても、本書でも触れていますが、会社を私物化した鶴田氏に何億円もの退職金を支給したのは、何とかに追銭どころの話ではないとしか言いようがありません。
経済史に残るイトマン事件(ヤミの勢力に蝕まれた住友銀行と系列中堅商社倒産劇)をスクープした大塚さんは、モミ消しに加担し、一千万円を受け取った日経社員が存在した事実を本書で暴いていますが、日経新聞の体質について、十五年前から、危機感をいだいていたと察せられます。
いま、第四権力と称されるマスメディアが日本を含めた先進国で脅かされ揺らいでいます。「報道の現場はつねに揺れている」と私に手紙をくれた若い新聞記者は気骨のある人ですが、批判精神、野党精神を喪失し、権力(政府)に迎合するサラリーマン化したジャーナリストに、私は大塚さんのような誇りと自信を取り戻してもらいたいと切実に願っています。残念ながらないものねだりに等しいのかもしれません。
「和解し復職した人が何故、ここまで……」と本書に疑問符をつきつける人たちも少なからず存在することも承知しています。
しかしながら、アメリカかぶれの竹中平蔵氏の売り出しに一役も二役も買い、日本をアメリカ化し、行き過ぎた市場原理によって、この国を傾けさせた日経新聞に反省を促す契機になったことはたしかでしょう。
◆◇◆
ただし、こうした傾向は日経新聞ほどではないにしても、産経新聞を含む他紙にもうかがえます。テレビ局も然りで、強きを助け、弱きを挫くことで知られるニュースキャスター、田原総一朗氏の官邸一辺倒の権力迎合ぶりは目に余ります。
ノーベル賞経済学者のジョセフ・E・スティグリッツ氏は『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(徳間書店)の中でアメリカのエゴとIMF(国際通貨基金)の偽善を検証し、告発していますが、日経新聞は同書を書評欄で採り上げたのでしょうか。
日経新聞社が、大塚さんを名誉毀損で告訴するとは思えませんが、鶴田氏は小説(拙著『乱気流』)でさえも訴えたのですから、そうしなければ自家撞着に陥り、整合性が取れません。
自身のおかれている立場をわきまえていない鶴田氏のことですから、当然、大塚さんを告訴するはずです。
一方で私は、大塚さんに先を越されたような嫉妬心めいた気持ちにもさせられました。
等身大の鶴田氏をドキュメント・ノベル化したい誘惑に駆られていたからです。
本書は衝撃の書ですが、警世の書でもあると思います。
サラリーマン諸氏が同書によって大いに啓発されることを期待します。(たかすぎ・りょう=作家)
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