保守の源流を訪ねて

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◆【正論】英コラムニスト ジェフリー・スミス 危機対応で威信回復した英首相 国の命運握る指導者個人の技量

《打ち消された早期辞任説》
 偉大な国家指導者との評価は危機への対応で決まる。ブレア英首相の立場は七月七日と二十一日のロンドンでのテロによってはるかに強固なものとなった。その厳然かつ節度ある態度はあらゆる方面から非常に高い評価を得た。

 これは五月の総選挙後のしぼんだ姿とは大違いである。労働党党首として三度目の勝利を得たものの、野党との議席差は大幅に縮小、ブレア氏個人の威信は急下降していた。四年後といわれる次の総選挙までには辞任を約していたが、選挙の結果、辞任は早まるとされた。自党内の不支持は深刻で、イラクを巡る問題の責めを追及され、選挙の勝利は党首ではなく、英国の経済発展の貢献者ブラウン蔵相がもたらしたとされた。

 さらにブレア首相は反対がまず確実とされた欧州連合(EU)の憲法批准を来年早々国民に問わざるを得ない難題を抱えていた。総選挙後の予測では、国民投票の結果が不支持なら首相は即時辞任を迫られるとされ、確実とされた強制辞任まで非常に惨めな数カ月間が待っていた。

 しかしここにきて状況は一転した。運もある。EU憲法は全加盟国が批准しない限り施行されないため、フランスとオランダでの批准否決の結果、英国は国民投票の義務を免れた。しかし、これ以外の側面ではブレア首相は自己の能力と大胆さをもって運命を塗り替えたといえる。

《危機を機会とする積極性》
 まず六月末の欧州議会での演説では、巧みな表現力を駆使してよく練られた論点を展開した。「あらゆる危機は機会となる」と述べたブレア氏は、仏蘭の憲法拒否が欧州にもたらした危機はEU改革の機会となると積極姿勢を打ち出した。これはEU政治への情熱に欠けるというブレア氏への批判に対する効果的な反撃であり、英国世論の支持を得ると同時に他のEU加盟国からもかなりの評価を得た。

 その約十日後にはシンガポールに飛び、ロンドンへの二〇一二年オリンピック誘致のために国際オリンピック委員会委員の説得にあたったが、この積極的な関与が四票差での誘致成功の大きな鍵といわれている。これは首相に期待された役割ではなく、もし努力が無になっていたら浅はかな行動と蔑(さげす)まれていただろう。しかし結果は大成功。勝利は政治的ライバルたちも文句のつけようのない国民の熱狂をもって迎えられた。

 この翌日からはスコットランドでのG8先進国首脳会議の議長を務め、ブレア氏が力を注いできたアフリカへの拡大支援、さらにそれまで米国が頑なな姿勢をとってきた地球温暖化対策でも一定の成果を得ることに成功した。

 会議の途中でロンドンでのテロが起き、ブレア氏はその対応に追われたが、テロリストには断固とした態度を取りながら、一方でイスラム社会の不安に配慮し、同時にその支持を得る努力をした。

 9・11ではニューヨーク市長ジュリアーニ氏が英雄と讃えられたが、英国人は自分たちが選んだ国家指導者がロンドンでのテロという非常事態に優れた対応をしたと満足することができた。

 ブレア首相は激動の数週間で、自らの政治的立場を見違えるばかりに変化させた。重要な国際問題で目立った役割を果たし、全てではないものの勝利を得、いずれの場面でも点数を稼ぐことができた。

《退任時期も自分で選択へ》
 ここから幾つかの結論を得ることができる。まず、ブレア氏は公約通りに次の総選挙までには退任するだろうが、その時期は恐らく自らが選べる状況になったことだ。

 英国外へも教訓となる点があるが、その中でも注目すべきは、近代国際政治において、国家指導者個人の技量がいかに結果を左右するかということである。

 日本の場合、小泉首相が中曽根首相以来はじめて世界の注目を集めることにより、日本への理解や知名度ははるかに改善されている。今ほど多くの案件が国家指導者間での直接交渉で決まることもないだけに、ブッシュ大統領が小泉首相に耳をかすということは単なる象徴としてではなく実質的な価値がある。

 さらに言えるのは、国家指導者が成功するための条件が変わったことである。今や指導者は自国の政策を黙々と導く単なる行政執行官ではすまされない。世界中で誰もが知っている有名人であるのも十分条件ではない。認知度を利用して他の指導者と直接交渉ができなくてはならない。

 ブレア首相がここ数週間にあげた著しい成果は、同氏がそなえている非常に高い知名度と実力の両面を総合的に活用したことによってもたらされたものである。(Geoffrey P Smith)

Copyright; 2005 The Sankei Shimbun
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◆【産経抄】

 江戸期に地震、洪水があると、郡代屋敷の太鼓が異変を知らせる。これを合図に、普請組は城に駆けつけねばならない。藤沢周平の名作『蝉しぐれ』では、海坂城下の五間川で出水を知らせる太鼓が鳴った。当主が不在だった牧家では、代わって十五歳の文四郎が組屋敷を飛び出した。

 ▼太鼓を待たずとも五間川決壊の危険を感じれば、組仲間に声を掛けて登城するはずだ。三十石以下と禄高は低くとも、それが普請組の「公」に対する使命感である。つい最近まで、警察官が多く住む都営住宅では、深夜に互いが「緊急出動!」とたたき起こして歩いたと聞く。

 ▼ところが、二十三日夕に発生した震度5強の大揺れでも、都の災害対策住宅で待機しているはずの職員の多くが登庁しなかった。当番の三十四人に緊急呼び出しをかけ、登庁したのは十三人だけ。呼び出しはポケットベルだった。言い訳は聞かなくても分かる。「ポケベルが鳴らなかった」「置き忘れて外出していた」。

 ▼震度5強なら尋常ではないから、互いに情報を交換して登庁できる。現代の普請組には、緊急登庁が可能なように都心の一等地に組屋敷が提供されている。この災害対策住宅は、3LDKで家賃五万円なり。一般職員の家賃の半額である。

 ▼緊急呼び出しが、ポケベルであったことも驚きだ。来年から携帯電話のメール連絡に代えるという。しかし、機器のたぐいではなく、マニュアルを超えた「公」への使命、気力の問題ではありませんか。

 ▼都は呼び出しに応じなかった職員に、優遇住宅の明け渡し命令を出すという。でも、緊急時にものの役に立たなかったのなら、過去にさかのぼって一般職員住宅との差額も徴収したらどうか。普請組なら切腹ものである。

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