保守の源流を訪ねて

いざいざと友に盃すすめつつ泣かまほしかり醉はむぞ今夜

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

◆【日本よ】石原慎太郎 国家存亡の分岐点

 昨年高齢で物故した家内の伯父の遺品の中から、中支戦線で戦死した家内の父石田中尉から妻宛の手紙が見つかった。結婚間もなく長男が誕生し、つづいて次の子供を懐妊中の妻を残し三十過ぎての出征、甲府の連隊に参加後、中支の激戦地名だたるウースン・クリークでの戦闘で心臓への貫通銃創での壮烈な戦死をとげた。

 それまでの一年余の間、愛妻と生まれたばかりの男の子、そしてまだ見ぬ次の子供への切々とした思いを綴った百数十通の愛の形見を、これも五十前でみまかった家内の母親は死に際を看取っていた兄に自分と一緒に焼いてくれるように託したが、伯父は何を思ってかそうせずに止め置いていてくれた。中の一通には、妊娠中の妻に一目会いたくて、当時彼女のいた広島から甲府までの汽車の乗り継ぎ時間をこまごま自分で調べての案内もあった。

 最後の手紙は、前々日小隊長が戦死し先任士官として自分が指揮を取ることになったが、明日も予想される激戦でおそらく自分も戦死するだろうと記した遺書だった。そして彼は私の家内となった娘の顔を見ることなくこの世を去った。

 石田中尉の墓は横須賀の一族の菩提寺にあるが、あの戦争という国家の出来事を背景に亡き父親を想おうとする時、家内たち兄妹は靖国神社に参っている。戦没者の遺族のほとんどは同じ思いに違いない。

 今年ようやく、特攻の母といわれた亡き鳥浜トメさんからの私自身の聞き語りを元にしたシナリオの特攻隊賛歌の映画化に入るが、二十前後で散っていった若い桜たちの合言葉は「靖国で会おう」、遺族には「靖国に来てくれ」だった。

 これは戦争という出来事を背景にしたセンチメントなどでは決してない。国家の存亡の前に、もっと端的に自らの家族を守るため、その存続と繁栄のためにこそ敢えて死んでいった者たちの、時代や立場を超えて垂直に貫かれていくべき信条の唯一の証しとして「靖国」は在るのだ。それをいかなる他人も、いかなる外国も否定出来るものでありはしない。「靖国」は国家民族という枠をかまえて自らの生き方を思う者たちにとって垂直の価値、それを必要とする者にとってはいわば本質的価値の表象であって、歴史への解釈云々といった次元の価値観で左右され得るものでありはしない。かつての時代、どの国もどの民族もみんな死に物狂いに、生き残るために戦ったのだ。敗者勝者のいい分それぞれあろうが、それが嫌な者、見解を異にする者はただ靖国に行かなければいいのだし、他人事としてただ黙っていればいい。

 家内が戦争未亡人の母親から受け継いで着ていた喪服のたもとには、彼女が戦後初めて靖国に参った時に乗った電車の切符が縫い込まれていたそうな。「靖国」は彼女の人生を支える芯の芯なるもの、心意気の象徴としてあったに違いない。それを一体誰が、何が無下に否定出来るというのだろうか。

 かつて大戦を予測したローズベルトがベネディクトに依頼して出来上がった日本人論「菊と刀」に描かれている、高貴な日本人像の神髄とは、自己犠牲を厭わぬストイシズムと勇気だった。それは今日台頭しつつある隣の中国の民族的特質、その成就のためには手段を選ばぬ拝金主義とは極めて対蹠的なものだ。彼等は日本からの経済収奪のためには手を選ばず、彼等が勝手に作り上げた歴史観、戦に勝ちもせぬ自らを勝者として祭り上げ、正当性の無い国際裁判を合法とした理屈で我々を揺すぶり、ふんだくれるだけのものをふんだくろうとしている。

 この国の中にもそれに応え、経済利益を唯一の国益と称し相手のいい分に屈せよと唱える者がいるが、それは所詮姑息な手立てでしかありはせず、その結果我々は最も大切な、国家の芯の芯に在る、掛け替えなきものまでを売ろうとしているのだ。それは我々が永遠に受け継がなくてはならぬ国家としての、民族としての心意気に他ならない。そしてそれを敢えて失うことで我々が中国以外のすべての他者から勝ち得るものはただ軽蔑でしかあるまい。それにどう考えても、もし総理が靖国参拝を中止したとして、中国がそれを大いに感謝評価し、にわかに友好に転じる訳もない。さらに我々の心の内にまで手をつっこんでの露骨な干渉となるのは自明のことだ。

 常識のレンズをかざして眺めれば、現今の関わりの中で中国の方が日本を失えないのは自明である。よしんば我々が市場としての中国を失ったとしても、日本の技術を含めた経済力をもってすれば他の代案はインドやシベリア等々優に有り得よう。中国を切り捨てることでしばしの経済停滞があったとしても、この豊かさの氾濫の中でそれを甘受出来ぬというなら、我々は実はすべての価値を失うことにもなりかねまい。

 国家はその芯の芯にある価値を阻害された時、取り返しがつかずに腐れ果て、蘇ることはありはしまい。それは歴史の工学が多くの事例で証しているところだ。

 そして「靖国」が今後の日本にとってどのような意味を持つかを大きく決めるだろう瞬間は、今年のこの事態の中で、小泉総理の靖国参拝にかかっているといっても過言ではあるまい。

 歴史の分岐点というのは過去にも多々あったが、いずれにせよ、その時点で国民がいかなる価値観にのっとってそれにいかに対処したかにかかっている。

 我々は今性根を据えなおし、いかなる掛け替えにおいても守るべきものを自らのために、そして国家民族の将来のために守る決心をすべきに違いない。

Copyright; 2005 The Sankei Shimbun
All rights reserved.

独仏の国益: 武器を売って儲けること。
米国の国益: アジアでChinaが強くなるのは不味いこと。
Chinaの国益: アジアでひたすら影響力を増すこと。
何れも人権など考えていない。
はて日本の国益は?:エゴの渦巻く世界でも利害の近い米国と手を携える(例え「ふり」であっても)こと。米国は依然影響力はあるし、相対的に考えも近い。

◆【正論】拓殖大学海外事情研究所所長・佐瀬昌盛 許すなEUの対中武器禁輸解除 首相自らが強く反対の声上げよ

《商売第一で人権は二の次》
 四十年以上も前、池田勇人首相が欧州諸国を歴訪したとき、ドゴール仏大統領は「まるでトランジスタラジオの商人に会ったような気がする」と酷評した。唇をかみ締めた日本人は少なくなかった。だが、池田首相は「商売の道は平和の道」とつぶやいていたはずだ。そういう侮蔑の言葉に耐え、日本は通商大国になった。
 この故事を語るには理由がある。欧州連合(EU)は昨年暮れ、一九八九年の北京・天安門事件の直後から課してきた対中武器禁輸の解除に向かう旨で北京と一致、年が明けると議長国のルクセンブルク首相が自国の議長任期中(六月末まで)にもそれは実現されよう、と語った。解除の策謀は一昨年十二月から顕著化した。先鞭をつけたのは仏独の指導者である。シラク仏大統領、シュレーダー独首相の言動が、私に故ドゴールの言葉を思い起こさせた。
 EUが対中武器禁輸を決めたのは、天安門事件、および事件後の中国政権の殺戮をも含む民衆弾圧、人権抑圧に対する抗議としてだったが、今日の仏独指導者は、中国の人権状況は当時よりかなり良くなり、ゆえに武器禁輸の継続は「時代に合わない(アウト・オブ・デート)」と言う。
 だが、両指導者の姿勢は、これを「商売第一、人権は二の次」と評するのが正しい。これは私の腹だちの言葉ではなく、EUの言論機関の随所で聞こえる評論なのだ。とくに見苦しいのは、五百万人超の失業者を抱えて国内的に八方塞がりのシュレーダー首相である。在任六年で訪中六回、昨年十二月の北京訪問では、温家宝首相から「家族の会合」と持ち上げられて商売に熱中、見識ある言論機関(ツァイト紙)から「連邦外商首相」と皮肉られている。

《ロシアの輸出意欲も刺激》
 だが、故池田首相と今日の仏独指導者とを同列に論じるのは大間違いである。前者では「商売の道は平和の道」だったが、後二者の場合、「武器商売は平和の道」ではないからだ。仏独首脳はなぜか中国の人権状況の改善を説く際の熱心さをもって、北京の軍事強勢化の道程を眺めようとはしない。この十五年、中国の公称国防費は前年比10%超の伸びを常態とした。その結果、人民解放軍はかつての領域内武力行使型から、領土外での対外威圧、対外武力行使型の兵力へと大きく変貌した。
 米国は一昨年暮れから仏独による対中武器禁輸解除の策謀に警戒の色を強めている。北京の人権状況もさることながら、米国がはるかに重視するのは、欧州からの武器、軍事技術の輸出が人民解放軍のこの新傾向を強く後押しするとみられる点である。プロの世界では、中国の「お買い物希望リスト」の詮索さえ始まっている。台湾に対する中国の武力行使があり得る場合、台湾海峡で米国製とEU製の兵器が矛を交えることにならないか。という次第で、米欧間軍事技術協力まで見直せとの声がちらほらしている。
 今後の米国にとり中国問題の大きさ、長期的重圧感は、イラク問題の比ではない。だから、対中武器禁輸解除をめぐり米欧関係はより深刻に対立する可能性がある。そのうえ、ことはロシアの対中武器輸出にも波及する。モスクワは対中武器輸出で巨利を得ているが、それでも「最新兵器は売っていない」と主張する。だが、やがてはEUとロシアが北京の寵(ちょう)を求めて競争し、ロシアも最新兵器を売らざるを得なくなろう。

《関心薄いマスコミと官邸》
 不可解なのは、日本の安保にかかわるというのに、わが国の関心の薄さだ。産経新聞は二月三日の『主張』に見るように例外だが、全体的にマスコミと官邸の反応は微弱である。だからシラク大統領は、日本が「とくに反対していない」ことに「満足」だと語った(昨年十月八日、ハノイでの記者会見)。これはウソである。中川昭一経産相や町村信孝外相は、幾度もEU勢に日本の「反対」「懸念」を伝えているからだ。
 が、無論、それで十分ではない。EUで旗を振るのが仏独最高指導者である以上、日本の最高指導者たる首相が彼らに劣らぬ音量でわが国の反対を内外に向けて語るべきなのだ。EUはそれを嫌うだろう。だが、かつて一九八〇年代中期、中曽根康弘首相がソ連中距離核削減で欧州勢の迷惑顔を尻目に日本の立場を堂々と主張、レーガン大統領が共鳴し、ひいては中距離核全廃に貢献した。それなくして冷戦は終わらなかった。
 「商売第一、人権二の次」に加えて「他国の迷惑三の次」を決め込む気配のEUに対して、首相が「待った」を叫ぶべきだ。ゆくゆくはそれがEUで日本が真に評価される道である。(させ まさもり)

Copyright; 2005 The Sankei Shimbun
All rights reserved.

全1ページ

[1]


.
Juliamn1
Juliamn1
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事