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平成14年1月「ウェーブ産経」講演会に大手町サンケイホールまで出向いたことがある。開演の20分も前に到着したのに、既に多数の人々が着席していた。さすが産経抄人気コラム子石井英夫さんの講演会だなと感じた。
時は同時テロの翌年、世界が緊張のうちに年を明けた頃だ。アフガニスタンの復興が緒に就き、国内では依然田中真紀子外相が世間を騒がせ、その後更迭された頃だ。内容は殆ど忘れたが、記者仲間でも「四社会」のようなものがあり、意見の違いはあってもお付き合いがあることを知り、やはり日本だなと思ったことを記憶している。
講演会後、石井さんに御礼のメール(下掲)を差し上げたところ、丁重なお葉書を頂いた。何の問題もないと思うので掲載します。併せて産経抄この数年の最高傑作と考える(メールにも触れた)同時テロ直後の産経抄全文を下欄に転用します。
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件名: 楽しい時間をありがとうございました
1月29日「新春・ウェーブ産経のつどい」を拝聴いたしました。開演の20分も前に到着したのですが、既に会場は七割強埋まっていました。案内や受付の方の冷静かつ親切な対応に接し、「さすが産経だ」と納得しました。
時間があったので、着席後一旦受付に戻り、石井さんの「産経抄この五年」を3割引で購入し、「ああこんな記事もあったな」等と懐かしく読みながら、開演を待ちました。隣席では60前と思われるご婦人方が楽しく会話をしていました。30歳前の若者も結構目に付きました。
開演時間となり、愈々石井英夫講師のご登場。意外な(失礼)お若さ、御身のこなしの軽快さにびっくりしました。毎日接する「産経抄」や雑誌正論等の記事内容から、もうちょっと落ち着いた「重厚」な方ではと、勝手に想像していたからです。
しかし「コラムの窓から見た時代」と題されたご講演内容は、やはり石井英夫さんの本領発揮、極めて系統だった骨太い論調で感銘を受けました。昭和39年が時代の転換点であったというお説は、帰ってから色々調べてみると、ああ確かにそうなのかなと理解しました。「ケネディ暗殺」が前年の11月でした。
9月11日同時テロに対し、政府及び大方のマスコミが事の本質を掴みあぐね、日本人の「被害者」救出等とあたふたとしていた時に、真っ先に論調を統一し、正論を述べたのが産経新聞及び産経抄でした。9月13日「産経抄」終段はこう記されています。
「この未曾有の事態に、日本政府は日本人の安否を確認することを最優先課題とした。...一体、これは同盟国である仲間としての友情ある態度だろうか。日本がいまやるべきことはアメリカを脱出することでない。かの地に踏みとどまり、自由と民主主義を守るためにテロと戦う友人の肩を抱き、慰め、励ますことではないか。」
当初腰の引けていた小泉政権の対応が、この他紙と際立った論調により、刺激され、スタンスを転換したこと、想像に難くありません。4月から朝刊単独紙になるとのこと。産経新聞には、世論に迎合せず事の本質を的確に見抜き、かつ常に余裕ある記事を期待しております。
楽しい時間をありがとうございました。
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(平成13年9月13日産経抄)
あのテレビは、正直にいうと銀座の小さなおでん屋で見た。歌舞伎座で『米百俵』を見たあと立ち寄ったのである。テレビが映し出した光景を特殊撮影映画の一コマか何かのように、客たちは信じられぬ表情で見ていた。
ニューヨークの摩天楼を爆破すると脅して身代金を要求する小説や、超高層ビルの大火災の映画があることは知っている。しかしハイジャックした旅客機を武器として、高層ビルへ衝突させるなどという悪夢のテロをだれが予想していただろう。
アメリカの経済と政治と軍事の象徴である中枢機関をねらう。この狂信的テロに、ハンチントン氏が書いた『文明の衝突』(集英社)を思い浮かべた人は少なくなかったはずである。東西冷戦は終わり、イデオロギーの対立は消えて、世界は均質化したように考える人がふえた。
しかしいま、それぞれの民族が自分たちのアイデンティティーを主張し、自分の存在を他者に認めさせようとしはじめた。西欧対非西欧の対立である。「その最も激しい対立は、イスラムやアジア社会と西欧のあつれきであり、儒教−イスラム・コネクションの存在である」と同氏は主張していた。
このテロがその“文明の衝突”であるかどうかはともかく、九月十一日が歴史的な日となったことは間違いない。この未曽有の事態に、日本政府は日本人の安否を確認することを最優先課題にした。日本人をアメリカから脱出させるために?政府専用機を待機させた。
一体、これは同盟国である仲間としての友情ある態度だろうか。日本がいまやるべきことはアメリカを脱出することでない。かの地に踏みとどまり、自由と民主主義を守るためにテロと戦う友人の肩を抱き、慰め、励ますことではないか。
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