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ずっと小沢一郎氏ファンだった。「日本改造計画」は当時何度も読み返した。文藝春秋12月号に「我々は何故改革を目指すか」という論文を発表したのもあの頃だ。Foreign Affairsというアメリカの政治外交誌が「Reformers at Bay」(改革者危うし)と言って彼を取り上げたりしていた。そして93年(だっけ)の「宮沢不信任」が通った瞬間テレビに映し出された小沢氏のふっ切れた顔は今も忘れない。他の造反派がはしゃいでいる中で、格が違う政治家だと思った。
「守旧派」の意味を真剣に考えた。江藤淳、中西輝正、田勢安弘(日経)、石川好美、等保守系論者が「小沢」を解釈、評論していた。マスコミも小沢さんにだけは言葉を選んで質問したものだ。石原慎太郎すら一目置いていた。
あれからもう12年、小沢さんも変わった。小渕内閣の自自連合が崩れて以降、小沢さん「ちょっとおかしいな」と感じ始めた。タレントを担ぎ上げても「政治は何でもあり」やと理解したが、この3年あの頃の覇気が感じられなくなった。
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◆【産経抄】
昔、自民党が総裁選びでもめていたときのこと。識者への談話取材を命じられた筆者は、サルの研究者に電話をかけ、当時の編集幹部に怒鳴られた。ボス猿選びと比較するとは、政治を冒涜するものだ、というのだ。
▼面白がることで、より多くの人が政治に関心を持つようになるなら、けっこうなことではないか。その思いは今も変わらないが、カメラマンを引き連れて上機嫌で選挙区を練り歩くライブドア社長、堀江貴文氏を密着取材する番組づくりには違和感を覚える。選挙報道が面白いだけでいいはずがない。
▼逆に、テレビに面白がってもらうことが目的としか思えなかったのが、日曜日の夕方に行われた新党日本の旗揚げ会見。代表に担ぎ上げられた田中康夫氏の長野県知事との兼務に問題はないのか。そんな疑問はさておいてのパフォーマンス。
▼背広の胸にやっしーバッジを着けた田中氏をまんなかに、「チーム、ニッポン!!」と雄たけびをあげ、五人のメンバーが一斉に腕を振り上げる光景に、寒けを感じたのは筆者だけだったろうか。
▼「自民党を敗北させないといけない」。某テレビ局報道局長のこんな豪語も、まだ記憶に新しい。新進党時代の小沢一郎氏が、野村沙知代さんらタレント候補を押し立てて総選挙を戦ったのも、テレビの威力を計算したうえでのことだろう。果たして結果はどうだったか。
▼それまで小沢氏を弁護してきた曽野綾子さんは「選挙と選挙民をこの程度になめている人なのだな」と感じて、見限った(『部族虐殺』新潮文庫)。有権者としてまっとうな反応である。テレビとなれ合うのが、当選への近道。そんな了見の政党や候補者は、まっとうな選挙民のしっぺ返しを覚悟しておいた方がいい。
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