保守の源流を訪ねて

いざいざと友に盃すすめつつ泣かまほしかり醉はむぞ今夜

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先々週19日から4日間パキスタン(ラホール)に行ってきた。当初カラチ→ラホールと予定を組んだが、カラチでの爆発騒ぎ(57人死亡)で先方から「来るな」と言われ断念、ラホールだけの出張となった。五年ぶりのパキスタン。シンガポール航空がこの二月、カラチ・ラホール直航便を再開したので大分便利になった。シンガポールから5時間程度の距離にある。

以前とは様変わりイミグレ(税関)も難なくパス、ゲートには十年来お付き合いの現地の友人が温かく迎えてくれた。ホテルチェックインもそこそこに友人から「外に行こう」と、行った先はゴルフクラブ。依然アルコールは御法度の国のようだがそこではOK、遅い時間までウィスキーをなめながら旧交を温めた。

パキスタンも大分変わったものだ。翌日昼食をとったレストラン(写真)はシンガポールやマレーシアあたりのそれと見紛うほどだ。以前は女性だけのグループを見ることなど全くなかったが、綺麗に着飾った女性たちのグループが(それでも)周りの視線を気にしながら、おしゃべりしたり、高価なNOKIAの携帯を使ったりしていた。

ムガール王朝時代から続く古都ラホールは、彼らの説明では、人口12百万人、商業港湾都市カラチ(15百万人)の猥雑さと比べ落ち着いた雰囲気があり、人々の動作も心なしかおっとりした感じがする。ムシャラフ軍事政権が9.11テロ以降米国寄りになったことから、米国の経済支援を得、日本のODAも増額され、経済は好調のようだ(この第一四半期は7%成長)。

ラホールは市内から一時間以内でインド国境に到達する場所にあり、友人が土曜日に国境まで案内してくれた(写真)。市内を30分も郊外に出ると車窓から見る風景は煉瓦作りの家屋とご覧の通りのマーケット(写真)。学校もこの廃屋もどきの家屋の一角にあった。一握りの富裕層と圧倒的な数の貧困層が依然現実なのだろう。これでも前のシャリフ政権時代よりは「大分増しになった」と友人は言うが。アルジャジーラ一派はこんなところにも潜伏しているのだろうか。

眠りから目を覚ました「巨像インド」の陰でパキスタンは依然取り上げられることが少ないが、当国の自動車市場はスズキ(6割)、ホンダ(2割)と日系の独壇場(在留邦人は全国で八百数十人しかいないが)。親日国である。

47年のインド、パキスタン分離前はムスリムがヒンディーより優位にあったようで、インド人に対する優越感(とそれに相反する現在の僻み)が強い。三月のブッシュ印パ訪問ではインドに先を越されたようだが、インドネシアに次ぐ世界二位のイスラム国家が一体何時立ち上がるものか、シンガポールへの帰りの機内でカンパリを飲みながら、しばし考えさせられたものだ。

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