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今月はやたらめったら忙しく、かつラホール(パキスタン)、デリー、KLと出張も続いたことから、本ブログへ書き込みたいものは山ほどあったが、一つも出来ずに過ごしてしまった。最後に一つだけ入れることにする。日本の政治図絵である。もっと言えば小沢一郎についてである。 前にも書いたが、小沢一郎氏は92年だったかもう15年も前に「我々は何故改革を目指すか」という一大論文を文藝春秋に掲載、それに先立つベストセラー「日本改造計画」もあり当時の閉塞状況の政界で「改革派」の名をはせていた。故江藤淳氏は改革が為されない政治状況では、岩手・水沢に帰りなさいなどと嘆いたものだ。 マスコミは頻りに親小沢、反小沢と議員のレッテルをはった。私も同氏の著作は殆ど読み、赤坂に出向き1500円払い新進党にカンパしたこともあった。それ以来同氏がテレビに出る時は必ずチャンネルを回しじっと聞き入ったものだが、それがちょっとおかしいなと気付き始めたのが、多分自自政権崩壊の時期からだろうか。 その後小泉政権が発足、小沢氏主張の幾つかが小泉氏により逆に実行された時期に、当の小沢氏はそれから長い間埒外に置かれることとなってしまったのは歴史の皮肉というものだ。当時の状況比べ今を比喩的に述べれば、反小沢=小沢、親小沢=安倍とまで言うのは小沢氏に酷だろうか。 「側近と言われ、最も身近にいた人がいつのまにか仇敵になる」。小池百合子氏をはじめ何人も挙げられる。 NHK朝の討論などで見る限り参院選の些末な論議には辟易ものだが、選挙戦最終週にやっと石井英夫、櫻井よしこ氏といった論客が「何たる選挙戦」として現状を嘆いている。年金問題で現政権が批判の矢面に立つのも筋違いだが、百歩譲っても、年金「問題」だけが国政の要諦ではなかろう。 魔女裁判化した世論は、安保闘争で岸政権が窮地に立たされた時、民意を煽った朝日・毎日も含めた主要紙が連名で「落ち着け」と一面に軌道修正記事を載せたときと似ている。小沢一郎氏はこの辺も熟知した上で、政権を取りに動いたのであれば、その罪は大きい。 ◆【2007参院選】何たる選挙戦(5)どこへ行ったマニフェスト さすがは小沢一郎である。 昨年4月、民主党の最後の切り札として代表に選ばれた小沢氏はすぐに29ある参院選の1人区巡りを始めた。 民主党議員の何人もが「勝ち目のない地方をこまめにまわっても意味がない。人口の多い大都市対策にもっと力を入れないといけないのに」と陰口をたたいたが、その戦術を疑う者はいま誰もいなくなった。 これまで自民党を支えてきた郵便局や農家、建設業界が、小泉純一郎前首相が推進した構造改革によって既得権益を失い、自民党離れを始めたのを見逃さなかったのだ。 「私の政治生命すべてをかけて戦う」と言い放ち、野党が過半数を獲得できなければ、政界を引退すると退路を断ったのも効いた。 それに比べ、安倍晋三首相率いるチーム安倍は、「小沢との戦い」以前に政権運営の未熟さを露呈してしまった。 くどくどと書かないが、赤城徳彦農水相の「絆創膏事件」がすべてを象徴している。 野党が閣僚のスキャンダルや失言を攻撃するのは当然としてもメディアの一部がことさら大きくとりあげ、与党がその対応に追われ続けたのは、有権者にとっても不幸だった。与野党双方による誹謗中傷合戦もひどかった。小紙もその風潮に惑わされかけ、警鐘を十分に鳴らせなかったことは、率直に反省したい。 残念ながら、憲法改正や教育改革といった山積する重要な政治課題は、ほとんど論議されずに選挙戦は終わろうとしている。与野党ともに最大の争点として位置付けた年金問題でさえ、将来的に年金制度をどうするか、その財源として、消費税率を上げるのか上げないのかといった具体的論議は生煮えのままだった。 その結果、ようやく定着したかにみえた各政党が具体的な数値目標を伴った公約を提示して政策を競い合う「マニフェスト選挙」は大きく後退してしまった。 がっかりしたのは、これまで意欲的な試みをしてきた民主党のマニフェストがすっかり退化してしまったことだ。 まともに議論をすれば党が割れかねない憲法問題にはほとんど触れず、消費税率引き上げも封印した。むろん、安全保障問題もだ。 8年前、小沢氏は雑誌「プレジデント」(平成11年2月号)のインタビューにこう答えている。 「国政とは国民の生命や生活を守ることにほかならず、それは突き詰めれば国防、安全保障ということになる。国政から安全保障をマイナスしたらゼロになる、と言ってもいい」 だが、遊説で「生活第一主義」を繰り返し強調する小沢氏は、安全保障に触れようとしない。政策論議よりも政権交代、つまり権力闘争にすべてを集中した「小沢戦略」はある意味立派だが、かつて本人が「国政の基本」と強調した安全保障政策を詳しく示さなかったのは、どうしたことだろう。 「側近と言われ、最も身近にいた人がいつのまにか仇敵になる、小沢氏が描く人間模様の不可解なところだ」 かつて渡部恒三氏から「小沢親衛隊」と呼ばれた元側近記者の田崎史郎氏は13年前、文芸春秋誌上(平成6年10月号)で小沢氏の人物像をこう記している。 歳月を経て、人格円満となり、党首として懐が深くなったかどうかも小沢氏が目指す二大政党制が日本で根付くかどうかを占うポイントとなろう。 平成5年、小沢氏主導によって誕生した非自民連立政権は、敵と味方を峻別する小沢手法に反発した社会党とさきがけの離反によって翌年、あっけなく瓦解したからだ。 本紙を含め報道各社は参院での与党過半数割れは濃厚と予測している。そうなれば、与野党対決法案は参院でことごとく塩漬けとなり、国政が停滞するのは必至だ。 27日、東京株式市場の株価が急落した。参院選後の政治情勢が不安定になるとの市場の読みが下げ幅を広げたとの見方が強い。 当面の政治の混乱という痛みを承知で政権交代に望みを託すか、ミス続きの安倍政権に再チャレンジの機会を与えるのか、あす有権者が投じる1票はかつてない重い意味を持つことになった。(乾正人)=おわり
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2007年07月28日
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